第9話 生活魔法で庭掃除

「『掃き掃除(スウィーピング)』」


 庭用の箒に生活魔法をかけて、地面に落ちている落葉をくるくると集めとる。

 ついでに城壁を覆っている植物のツタも絡め取る。

 枯れ枝や石ころなども一緒に、絡まったツタもまとめてゴミ袋の中に入っていく。

 その動きは素早く正確で無駄がない。

 ルドルフもゴミ集めていたが、ネリネほど手際よく集められない。

 集めた枯葉は、後で燃やすために一ヶ所にまとめている。ネリネは分別まで丁寧に行っている。


「は、速い……僕の動きの三倍速……」

「ふう……これで全部かな?」

「さっすがネリー、完璧だよ! 次はあの池だけど、どうしようかな?」


 ルドルフが指差したのは、毒々しい緑色をした毒沼のような池だった。

 水面は濁っていて底が見えない。時折空気がボコボコと泡立っている。近付くと生臭い腐敗臭が漂ってきた。


「あの、前にこの池の水を入れ替えたのは何時ですか?」

「さあ? 僕がこの屋敷に来てからは一度もないんじゃないかな?」

「それってどのくらいの期間ですか?」

「えーと……五、六年?」

「なるほど……この池は自然のものではなく、人工の池ですよね。水は定期的に入れ替えるか浄化しないと、枯れた植物や死んだ生物の死骸が溜まって、腐敗ガスを発生させてしまいます。そうなると水質が悪化して、病気の原因にもなりかねません」

「へえ……詳しいんだね」

「実家では色々と教え込まれていましたから。……よし、やってみよう」


 ネリネは池を掃除する為のモップを手に取ると、水に浸す。

 そして『掃き掃除(スウィーピング)』を発動させる。

 水の中に溜まっている藻や、植物の残骸、生物の死骸を集めて回収する。

 ゴミを全部回収すると、濁った水だけが残る。

 これはもう腐りきった水だ。ゴミを取り除いたところで勝手に綺麗になることはない。

 ならどうするか。答えは一つしかなかった。


「次は……『浄化(ピュリフィケーション)』」


 ネリネは指先を水につけると、魔法を唱える。

 すると池の水が光に包まれる。

 しばしの静寂。やがて光が消えると、澄みきった綺麗な水がそこにあった。


「うわっ!? 何これ!? 今のは何!?」

「『浄化(ピュリフィケーション)』という生活魔法です。生活にとって綺麗な水は欠かせませんよね。だから生活魔法には、水を浄化できる力も含まれているんです」

「え……? サラっと言ったけど、それってかなり凄いことじゃないの?」

「そうでしょうか? 何もないところから水を発生させる水魔法使いの方が優れてますから……自分ではよく分からないです」


 この国での生活魔法の扱いは、かなり低い。

 掃除や料理は使用人の仕事。水を浄化するより水を作り出す魔法の方が優れている。それがこの国の価値観だ。

 水質が汚染されている土地なら需要もあるかもしれない。

 だが王都は上下水道が整備されているから綺麗な水が使える。

 下水処理となると下層労働者階級の仕事だ。

 いくら冷遇されているとはいえ、さすがにアンダーソン子爵家の娘であるネリネに出番はなかった。

 だからネリネは自分の生活魔法が優れているとは、ちっとも思っていなかった。


「う~ん……まあいっか! とにかく綺麗になったし。次は花壇の整備だね。ネリネは花に詳しい? 僕は全然詳しくないんだ」

「はい、それなりに」


 実家では花壇の世話も任されていた。

 『園芸(ガーデニング)』や『農業(ファーミング)』も生活魔法の能力の一部だからだ。


「花壇や畑を作るとなると、苗木や種が足りませんね。買いに行かないと」

「ネリーってまだ城下町に行ったことないよね?」

「はい」

「ならアーノルド様に案内してもらいなよ。アーノルド様には僕から頼んであげるからさ」

「えっ、アーノルド様にご案内を!? さ、さすがにそれは恐れ多いような……ルドルフさんやフレイヤさんに案内してもらうのではダメなんですか?」

「んー、城下町までは僕が御者を務めるけど、街に入るのはパス」

「どうしてですか?」

「昔、人間の街にいた時にうっかり帽子が外れてケモ耳がバレちゃった時があってさー。魔物を追い払えって町中の人に追いかけ回されたんだ。フレイヤも似たような経験があるって言ってたよ」

「そ、そんなことが……」


 ルドルフもフレイヤもこの屋敷では明るく振舞っているが、相当な過去があるようだ。


「だからこの屋敷の使用人たちは買い物嫌いでね。物資は一週間に一度、業者に頼んで届けてもらっているんだ」

「じゃあ業者の方に発注を頼んで――」

「今週は業者が来たばっかりなんだ。来週頼んだら届くのは再来週だよ。そんなに待てないよね?」

「それはそうですけど……」

「ネリー一人で見知らぬ街を歩かせるのは心配だし、アーノルド様に頼むしかないよ。さあ行こう!」

「え、ちょ、ちょっと……!」


 ルドルフに手を引かれて、ネリネは屋敷の中へと戻る。彼は真っ直ぐ書斎へ向かった。


「アーノルド様! お願いがあります!」

「……なんだルドルフ。騒がしいぞ」


 アーノルドは椅子に腰かけて、読書をしていた。


「庭の掃除が終わりました。それで次は花壇作りをしたいんですが、種がないのでネリーと一緒に街へ買い物に行ってくださいませんか? 彼女はまだ城下町に行ったことがないので、案内してあげてほしいんです」

「ふむ」


 ルドルフの言葉に、アーノルドは顎に手を当てて考える。

 ……大丈夫だろうか? こんな不躾なお願いをして怒られるのではないか?

 ネリネは不安になるが、その心配は杞憂に終わる。

 アーノルドは本を閉じると立ち上がった。


「いいだろう。ルドルフ、外出の支度を。ネリネ、君も外へ行く準備を済ませておきなさい」

「か、かしこまりました」


 こうしてネリネは、アーノルドと城下町へ行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る