第42話 父と娘と
後日、王宮の会議室にて緊急会議が開かれた。
議題はもちろん、今回の事件についてである。
「――以上が、今回の事件の顛末となります。魔国は主力部隊の大半をウォレス侯爵に壊滅させられたことで、直接的な武力侵攻ではなく、内部崩壊を狙って工作員を送り込む手段に切り替えていたようです。ですが、ウォレス閣下とネリネ嬢が共同開発した『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』により、潜入した工作員を検知できるようになりました。あとは『聖域の盾(サンクチュアリシールド)』を王都および主要都市に配備すれば、もう安心です」
「……うむ、ご苦労であった。これで我が国の安寧も保たれるであろう。本当に良くやってくれた」
内務大臣の報告を受け、国王は安堵のため息を漏らす。
内務大臣は恭しく頭を下げて感謝の言葉を受け取ると、次の議題に移る。
「それで陛下、魔国の件は片付いたとして、次に問題なのはアンダーソン子爵の処遇についてです」
「うむ、そうであったな」
「アンダーソン子爵の行いは到底許されるものではありません。ネリネ嬢への虐待、今回の怠慢が招いた被害、部下への威圧的な言動の数々……あらゆる観点から貴族・平民の双方から非難の声が上がっています。進退を問わねばなりますまい」
「無論、そうなるだろうな。だがアンダーソン子爵家は建国当時から王家に仕える由緒正しい貴族の名門。よもや取り潰す訳にもいくまい。……となると、現当主を引退させ子女に継がせるというのが妥当だが」
「ネリネ・アンダーソン嬢は爵位の継承を拒んでおります」
内務大臣は告げる。マティアスが既にネリネに打診してみたが、本人は「私は子爵家の当主となる教育を受けておりません。妹のミディアにお願いします」と言って断っていた。
「ふむ、ミディア・アンダーソンか……しかし彼女は医療院で感染拡大させてしまった責任があるが……」
「彼女はまだ未成年です。然るべき教育係と補佐役をつければ、十分に責務を果たすことが出来るでしょう」
「そうか。それならば問題はあるまい。アンダーソン子爵には蟄居させるか」
「それがよろしいでしょう」
内務大臣は同意する。
こうしてアンダーソン子爵家の処遇が決まった。
アンダーソン子爵は地位を奪われ、僻地にて蟄居させられることになった。
***
だが、当のアンダーソン子爵は納得していなかった。
(くそっ! 忌々しい小娘め! 私を陥れやがって! 許さんぞ! 必ず復讐してくれる!)
アンダーソンは憤怒の形相で拳を握りしめる。
ネリネが浄化した魔物化の被害者たちは、正気を取り戻した後に治療を受けた。
その結果、後遺症もなく健康体を取り戻すことが出来た。
しかし負傷した人々もいれば、絶対安全と謳われた王都の結界を突破されたことに不安を覚える人々もいる。
結果、アンダーソン子爵は現職を罷免されることになった。
国王からの勅定を受け取ったアンダーソン子爵は、自宅の自室で怒りに打ち震える。
「し……失礼します、旦那様。旦那様にお会いしたいという客人が訪問されました」
「誰だ?……ふん、どうせ私の失脚を聞きつけた貴族どもが嫌がらせに来たんだろう?」
「いえ、それが……ウォレス侯爵と名乗られていまして……」
「何!?」
使用人に連れられ、部屋に入ってきたのはアーノルド・ウォレス侯爵だった。
彼はネリネを伴っている。前回とは違い、今回の訪問はあくまでアーノルドが主体。ネリネは付き添いのようだ。
それでもネリネの姿を見た途端、子爵の頭に血が昇る。
「貴様、何をしに来た!? 私を嘲笑いに来たのか、毒婦の娘が!!」
「お父様、私は……」
「私を排除して、自分がアンダーソン家の当主になるつもりか? それで今までの復讐を成し遂げるつもりか? ……はん、笑わせるな! お前のような卑怯者が、アンダーソン家の誇りを汚した女が、この私より上に立つだと!? 思い上がりも甚だしい!」
「お父様、聞いてください。私は……」
「黙れ! それ以上近寄るな、この汚れた娘が!!」
「……いい加減にしろ」
アーノルドは剣呑な雰囲気を漂わせ、一歩前に出る。
アンダーソン子爵は気色ばんで後退る。が、すぐに気を取り直すと不敵に笑った。
「は、ははははは。今更凄んだところで通用せぬぞ! 私はもう王の勅定を受け取り、罷免が決定した。もはや失うものなどない、今更貴様如き若造に脅されたところで引き下がりはせぬわ!」
「……貴公は勘違いしておられるな。私もネリネも、貴公をどうこうするつもりはない。ただ一つ、貴公にどうしても伝えておかねばならない真実を伝えに来たまでだ」
「何?」
「これだ。目を通せ」
アーノルドは子爵に書類を押し付ける。子爵は反射的に書類へと目を落とす。
「なんだこれは……? 血液型鑑定だと? これは一体何なのだ?」
「人間の血液型は親から子へ遺伝するもので、両親の組み合わせによって子の血液型が決まる。逆に、特定の組み合わせでは誕生しない血液型もある」
「…………」
「私の屋敷にはフランツという医者がいる。彼の父は、二十年前に王都の魔術アカデミーに在籍していたそうだ。彼は当時研究の一環と称して、王都にいる魔法の使い手たちの血液を採取した。その時に全員の血液型を鑑定した。アンダーソン子爵にも覚えがあるのではないか? その研究者の名はフランケンシュタインという男だ」
「フランケンシュタインだと!? それは――」
子爵はその名前に心当たりがあった。
そう、確かちょうど二十年ほど前。魔術アカデミーに在籍する若き天才から、血液を調べさせてほしいと頼まれた。
「彼の息子とも呼ぶべきフランツ・フランケンシュタイン。彼が最近父親の資料を調査し直したところ、二十年前の血液型記録が見つかった。その中には貴公の名と、ネリネの母の名もあった。貴公がネリネの母の浮気相手と疑っていた生活魔法使いの男の名もあった。……そしてネリネの血液型を調査したところ、貴公と同じ型だった。そしてネリネの母と生活魔法使いの男の血液型の組み合わせでは、ネリネは誕生しない。よって彼女は貴公の実子で間違いはない」
「な……なんだと!? そんな馬鹿な!! その娘が私の実子である筈がない! 私の娘だというのなら、何故聖属性魔法を使えない! 何故下賎な生活魔法などという才能しかなかったというのだ!!」
「これも最近の研究で分かってきたのだが、魔法適性は隔世遺伝の確率が高い。たとえば両親共に水魔法使いでも、子に風魔法使いが生まれることもある。これは先祖に風魔法使いがいたからだ」
所謂『先祖がえり』という現象である。
「彼女の母の家系を調べたところ、大昔に生活魔法の使い手がいると判明した。……三百年前、まだこの国で生活魔法が下賎という価値観が広まる前にな」
「そんな、嘘だ……!」
「それと確かにネリネの適性は『生活魔法』で間違いない。だが彼女は生活魔法の中でも『浄化』や『応急手当』といった、聖魔法に近い魔法の威力が高い。これもまたアンダーソン子爵家の血筋に連なる者の証左であると私は思うが?」
「……っ!!」
「貴公は妄想と偏見に囚われ過ぎたのだ。妻が他の男と通じていたのではないかという妄想。生活魔法は下等であるという偏見。その二つが貴公の心を曇らせた」
アーノルドは冷たく言い放つと、子爵を睥睨する。
「ネリネは貴公の娘だ。生活魔法の適性は母方の隔世遺伝だ。そのことについて詳しく書かれているのがその資料だ。貴公とて本物の愚者ではあるまい。資料を読み、今の話を吟味すれば自ずと結論は出るだろう」
子爵は呆然と立ち尽くす。
今まで信じてきたものが全て崩れ去った衝撃で思考が追いつかない。
それでは自分は、今まで実の子を浮気相手の子だと誤解して虐げていたというのか?
そして的外れな妄執に囚われ、自らを破滅させたというのか?
子爵を見つめるアーノルドの視線に同情が混じる。
「貴公がしてきたことは許されることではない。だが、それを自覚した上で自らの罪を見つめ直し、償おうとするのであれば、私たちが貴公を裁くことはない。……もう既に、十分すぎるほど罰は与えられた様子だからな」
「あ……ああ、あぁぁぁっ!!!」
子爵は発狂したように叫ぶ。
もう何もかもが信じられなかった。
自分の愚かさも、ネリネの本当の父親も。
全てが悪夢のようだった。否、これまでの十八年間こそが悪夢だったのだろうか。自らが作り出した悪夢にずっと囚われていた。
そんなアンダーソン子爵を憐れむように一瞥すると、ネリネとアーノルドは踵を返す。
「ま……待ってくれ! ネリネ、貴様は……いや、お前は本当に私の娘だったのか……!?」
「お父様……」
「だとしたら私は、私は……なんということを……!」
「……私が実の子だと分かっていれば、あのような真似はしませんでしたか」
「あ、当たり前だ! だが、まさか本当に……」
「そうですか」
ネリネは寂しげな微笑を浮かべる。
「貴方にとって血の繋がりが全てなのですね。一緒にどんな時を過ごしてきたかよりも、血の繋がりが重要なのですね。……お父様にとっての家族とは、ただそれだけの存在なのですね」
「な、何を……!」
「私は今、アーノルド様のお屋敷でお世話になっています。アーノルド様も使用人の皆様も、私を家族のように思っていると言ってくれました。私もアンダーソン家にいた頃よりも、何倍も満たされています。血は繋がっていなくても、同じ家で暮らし、同じ時間を過ごし、心を繋いだ相手こそが私にとって『家族』です。貴方ではありません」
「……ネリネ……!」
「もう二度と会うことはないでしょう。……さようなら、今までお世話になりました」
アーノルドとネリネが部屋を出ていく。
一人残された子爵は、力なくその場に座り込んだ。
***
その後、アンダーソン子爵は爵位を剥奪された。
平民に落とされた彼は辺境の地にて蟄居を命じられた。
しかし彼は自ら命を絶つことも出来ず、ただひたすら自問自答する日々を送った。
己が何をしでかし、何を失ったのかを理解するには長い月日がかかった。
そして理解してからも、彼は二度とネリネに会うことはなかった。
彼はひたすら自分の娘にしてしまった仕打ちを後悔しながら、長い余生を過ごすことになるのだった――。
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