第35話 フランケンシュタインの研究

 ネリネが一階の廊下を歩いていると、ちょうど二階から降りてきたフランツと出会う。


「おや、ネリネさん。アーノルド様はどちらにいらっしゃいますか?」

「フランツ先生。アーノルド様なら書斎にいらっしゃると思います」

「そうですか。では失礼します」

「はい」


 フランツは足早に去っていき、ネリネは首を傾げた。


「……何かあったんでしょうか?」

「さあ?あの人たちの研究は僕にはちょっと難しすぎるんだよねー」

「うわっ、びっくりしました……」


 突然背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはルドルフがいた。


「あははっ、ごめんごめーん!驚かせるつもりはないんだけどさ、ネリーってオーバーリアクションだよね」

「もう……心臓に悪いですよ」

「ごめんね!キャンディあげるから許して!」

「わあ、綺麗……宝石みたい……」

「人呼んで『宝石キャンディ』だよ!宝石みたいにキラキラしたカラフルなキャンディの詰め合わせなんだ」

「素敵……ありがとうございます!」

「あははっ。まあアーノルド様からネリーに渡すようにって言われた物なんだけどさ」

「……つまり、ルドルフさんのお詫びではないんですね?」

「まあまあ、細かいことは気にしなーい」

「えぇ……」


 ネリネは複雑な表情をする。

 いつも賑やかな二人のやり取りを、フランツ医師は階段の上から見下ろしていた。

 そして二階にあるアーノルドの書斎へ向かう。ノックをすると返事があり、フランツは入室する。


「失礼しますぞ、旦那様」

「ああ、フランツ。どうした?」

「旦那様から頼まれていた研究に一区切りつきましてな」


 フランツは書類を取り出してアーノルドに見せる。

 『魔物と人間の血の相性』と記された資料である。


「結論から申して、やはり魔物の血は人間にとって劇薬です。投与すると拒絶反応が起こり、即死する者もいればジワジワと苦しんで死ぬ者もいるでしょうな」

「そうか……予想通りの結果だな」

「ただ、ごく稀に適合する者もいます。先日のカーム村で生き残った人々ですな。彼らには共通点がありました」

「ほう、それは何だ?」

「彼らの血液型ですよ。生き残りの十人は全員同じ血液型でした」

「血液型……血液の型か。確かお前の父、先代フランケンシュタイン博士が研究していた分野だな」

「はい」


 フランツは遠い目をする。彼の父、大フランケンシュタイン博士は王都の魔術アカデミーで将来を期待された天才学者だった。

 しかし彼はある時から、魔術で死者を蘇らせることに夢中になった。遂には死体をつなぎ合わせ、魔物の血を投与した『息子』を作り出してしまった。

 大フランケンシュタイン博士は学会を追われ、失意の果てに北極点を目指す旅の途中で死んでしまった。


「父は私を作り出す為に血液の研究をしていたのです。その過程で人間は四つの血液型に分類されると判明しました。今回の研究によると、どうやら特定の血液型は魔物血との相性が良く、拒絶反応が起きにくいようですな」

「……なるほど」

「まあ似たような事件が起きましたら、私の作った抑制剤か、ネリネさんの浄化魔法を使えばいいでしょう。それで充分対処できるでしょう」

「そうだな。ネリネの浄化魔法は副作用がないが、彼女への負担はあるだろう。フランツ、副作用を抑えた抑制剤の開発を頼んだぞ」

「ええ、お任せください! ネリネさんの協力もあり、順調に進んでおりますよ」


 本当にネリネには助けられてばかりだと、アーノルドは思う。

 思い返してみれば、最初は妻にする為にこの屋敷に呼んだ。

 しかしアンダーソン家に話を持っていく過程で食い違いが起きてしまい、ネリネは使用人になるつもりで屋敷にやって来た。

 当初アーノルドは、抑制剤の副作用もあって自分は短命で終わる可能性があると考えていた。

 だから跡継ぎを残す為に花嫁探しをしていたのだが……ネリネのおかげで長生きできそうだ。

 今はもう焦る必要はなくなった。おかげでネリネと過ごす日々を、心に余裕をもって楽しめている。


「おお、そういえば父の研究資料に目を通していたら、面白い名前を発見しましてな」

「なんだ?」

「ネリネさんのご両親の名前ですよ。まあネリネさんに限らず、王都中の王族や貴族の名がありましたが」

「何? どういうことだ?」

「父は期待の若手時代に、研究の一環として王都の魔法適性者全員の血液を採取していたのですよ。当時は稀代の天才と呼ばれていたそうですからな。時の国王も協力を呼びかけ、貴族から平民に至るまで、登録されている魔法適性者はほぼ全員血液を提供してくれたようです」

「平民もか……」


 リウム王国では、魔法適性者は大抵王族か貴族だ。

 しかし稀に平民の中にも適性者が現れる。

 魔法は上流階級の特権を裏付ける力でもある。

 そのため平民の適性者が発見されると魔法省の管轄下に入れられ、その力を不用意に扱わないよう厳しく監視されることになる。


「そこで改めて分かったのですが、やはり平民の魔法適性者は先祖を遡ると貴族が平民の女に手を出して子を産ませた末裔でしたね」

「そんなことまで分かるのか」

「親の貴族が認知しなかったせいで、平民の子に魔法適性が現れた――というパターンばかりでしたね」

「……要するにマッチポンプだな。だらしない貴族のツケを、税金で運営される魔法省が回収しているのだから……」


 アーノルドは頭を抱えたくなる。まったくもって、どうしてそんな事をするのか理解できない。

 王太子マティアスや国王は素晴らしい人格者だが、貴族の中には己の立場を履き違えた者もいる。

 特に王都でのほほんと暮らしている貴族には、本来の役目を忘れ、欲を満たすことばかりに腐心している輩もいるそうだとマティアスが愚痴を零していた。


「ちなみに私の父はその後、死体を繋ぎ合わせて生命を造るという研究に取り憑かれ、墓泥棒を繰り返した挙句地位を失って国外追放となりました。いやはや、時代が早すぎたのかもしれませんな。あるいは手段が悪かったのか……」

「…………」

「まあ、今となってはどうでもいいことですが」


 フランツは肩をすくめる。アーノルドは少し考え込む。


「その研究結果を見せてもらってもいいか?」

「ええ、もちろん。父は愚かではありましたが、父の頭脳から生み出された叡智は本物です。ぜひとも役立ててください。さすれば父も浮かばれましょう」

「ああ」


 なんだかんだと言いながら、フランツは父親を愛しているのだとアーノルドは見抜いている。

 呪われた生を押し付けられこの世に誕生したフランツだが、彼は彼なりに自分の人生を楽しんでいるのだ。

 親に捨てられ、人々から排斥されたフランツだが、こうしてアーノルドの屋敷で拾われ働くようになってからは自分の生を肯定できるようになった――と、かつて言っていた。


(俺も……ネリネと出会えたことに感謝しなければ)


 フランツたちがアーノルドの存在により生を肯定できるようになったのだとすれば、アーノルドの場合はネリネのおかげで前向きに人生を考えられるようになった。

 彼女と出会う前は、まだ若いのに己の終焉のことばかりを考えていたように思う。

 だが今は違う。今は前向きに人生を、少しでも長く彼女と過ごす時間が続くことばかりを考えている。

 ネリネは甲斐甲斐しく働いて尽くしてくれる。だからこそ、彼女の為に出来ることを自分もしようと、そう思うのだった。

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