第24話 ずっと欲しかった言葉

 全ての買い物を終えて帰りの馬車に乗り込む頃には、ネリネはすっかり疲れ果てていた。


「はうぅ……疲れました……」

「すまないな、ネリネ。つい楽しくなって買いすぎてしまった」

「いえ、そんなことは……。それよりすみません、こんな高価なものをたくさん頂いてしまって……」

「気にしないでほしい。俺はただ、君を喜ばせたかっただけなんだ」

「アーノルド様……本当にありがとうございます」


 アーノルドの気持ちが嬉しかった。ネリネは感謝の念を込めて頭を下げる。……だが同時に不思議にも思った。


「でも、どうして急にこんなに贈り物をしてくださったんですか?」

「それは……」

「?」

「……ネリネが実家でどんな仕打ちを受けていたのか、調べさせてもらった」

「え……?」

「まさかあれほど非道な扱いを受けていたとは思わなかった。だというのにネリネは、おくびにも出さず屋敷の仕事に励んでくれている。君の人柄と生活魔法には、俺も部下たちも領民も助けられた。だから無性に何かしてやりたくなった」

「アーノルド様……」

「迷惑だっただろうか?」


 ネリネは慌てて首を横に振る。アーノルドが自分を思い遣ってしてくれた行為だと知って、胸の内が温かくなる。


「いいえ、嬉しいです、とても……。その、今まで贈り物なんてされたことがなかったので、凄く嬉しいです」

「ご家族は本当に一度も君に贈り物をしてくれなかったのか」

「はい……誕生日も星祭りの夜も、プレゼントどころかお祝いの言葉もかけてもらえませんでした」

「そうだったのか。……君には婚約者がいたそうだが、彼も何もしてくれなかったのか?」

「……ローガン様とは形だけの婚約でしたから。彼は地味でみすぼらしい私を嫌っているようでした。だからお祝いや贈り物なんて、一度もありませんでした」

「……そうか」


 アーノルドは沈痛な面持ちになる。彼はしばらく黙り込んだ後、ネリネの手を優しく握った。


「俺はいつも君に辛い過去を思い出させてばかりだな。すまないことをした」

「いいえ、もういいんです。今はこうして幸せですから」

「だが、もう二度と君を傷つけさせない。辛いことがあればいつでも頼ってくれ」

「アーノルド様……」

「これからは俺が毎年祝ってやる。来年も再来年も、その先もずっとだ」


 アーノルドの大きな手が、ネリネの小さな手を握る力が強くなる。ネリネを見つめる瞳はとても優しげで温かいものだった。ネリネの心臓が大きく跳ねる。


「血は繋がっていなくても、私は君を家族だと思っているから」

「……っ! あ、ありが――」


 それはずっと、ネリネが欲しかった言葉。

 『家族』。ずっとその存在に憧れて求めていた。

 実家ではついに得られることはなかった。けれどアーノルドは、ネリネを家族と言ってくれた。

 きっと彼にとっては、同じ屋敷で暮らす人々はみんな家族なのだろう。だからこそ自分の寿命を削ってまで、家族の為に尽くそうとしていたのだ。

 ――そう思った途端、ネリネは彼を他人とは思えなくなった。

 涙で視界が滲む。ずっと欲しかった言葉をもらえて、自分も彼らの輪の中に加えてもらえたことを知って嬉しかった。

 御礼を言おうとした、その時。突然、馬車が大きく跳ねる。ネリネはバランスを崩し、アーノルドの体もぐらりと揺れる。


「アーノルド様……きゃっ!?」

「おっと!」


 アーノルドは咄嵯に手を伸ばして、ネリネの体を引き寄せる。

 馬車は一度大きくバウンドしただけで、すぐに問題なく走り続けた。

 だが大きな揺れが収まっても、アーノルドはネリネを抱き締めたまま離さない。


「あ、あの……アーノルド様……?」

「……君は軽すぎるな。まるで羽でも生えているようだ」

「えっ……!?」

「華奢で柔らかくて、今にも壊れてしまいそうだ」

「あの……!?」

「このままずっと抱き締めていたい」

「!?」


 ネリネの心臓が早鐘を打つ。その鼓動はきっとアーノルドにも伝わっている。

 彼の鼓動と体温も伝わってくる。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


「あ、あの、アーノルド様……! も、もしかして、また暴走なされているのですか? でしたら『浄化(ピュリフィケーション)』の魔法をかけないと……!」

「……ああ、そうだな。これは暴走だ。魔物の衝動だ。そういうことにしておいてくれ。だが『浄化(ピュリフィケーション)』は必要ない」

「ええっ!?」

「今はこうして、もう少しだけ俺に抱きしめられていてくれないか」

「で、ですが……!」

「頼む」


 アーノルドはネリネをきつく抱き寄せる。ネリネは抵抗することもできず彼に抱き締められる。

 しばらくそうしていると、不意にネリネの方もアーノルドの背に腕を回したいと思った。

 だけどさすがにそれはできない。というかそんなことをすれば、ますます密着することになる。

 結局、ネリネはアーノルドの腕の中で身を強張らせ続けることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る