第12話

しかし、一日で終わるはずだったことが長引くことになるとは一ミリも思っていなかった。これこそまさに予想の範囲外。どうやら僕は大目玉を食らってしまったみたいだ。それにしても今回の件に彼女の感情が関与してくるとはおもわなかった。一ヶ月前の出来事もこの一ヶ月間のことだって似たようなものだ。高校入学前の僕は人の感情ほどめんどくさいものはないと知っていたが知っているのと経験したのでは雲泥の差がある。知識なんて経験におとるわけだし。他人と真っ正面から向き合ったことのない僕には一ヶ月前の事件は酷く難しいことに感じられたし同じように今までもそうだ。そんな僕のことをモッチーは『ツンちゃんのことを救ったのは他でもない君だよ』というがよくわからない。どう救ったのか、彼女の何を救済したというのだろうか。むしろ救われたのは僕のほうだったのではないか?

やはり考えるほど電気のコードみたく複雑怪奇に絡まっていく。

モッチーの言っていた通り考えすぎなのかもしれない。けれど考えてしまう。それに黒羽と僕の間にはそんな救うとか救われたなんて大層な関係ではないのだろう。考えなくてもわかること。ただ一つだけ言えるのは複雑でよくわからないことでも僕は黒羽、彼女に関わることならどんなことにでも首を突っ込むことに決めたのだ。だから今回のことはこれから起こることに繋がる何かとして頭の片隅に記憶されるんだろう。まぁ、どうにかなるとオブチミストでいくとしよう。

───「まだわき腹は痛む?」黒羽はいつもより優しい感じの声で僕に聞く。神社の一件から約二十四時間はたったであろう二十一時すぎ。僕と黒羽は同じ場所、昨日の一件が起きた御尊神社に来ていた。

「大丈夫だよ。傷は塞がったし、少し安静にしていれば今日で治るよ」

「悪いことしちゃったわね」

「いいよ、いつものことだしそんなに気にしないよ」

「でも結城くん、私がつけた傷なのに治りが早いわね」

「なんだか゛私が″ってとこだけ強調してないか?」

「そんなことないわよ。自分の彼氏を傷つけて嬉しがる女なんていないわよ」

「なら、なんで笑いながら言う?説得力がないぞ」いつもより毒は弱いが黒羽らしい会話だ。いちいち変に気を使われたら困ったが。

「とにかく……、どうだ黒羽。魔力がある感じはするか?」彼女は目をつむり黙る。

「どうだ?」

「…………。ダメみたい。ここには一切ないみたい」

「ダメか……」期待はしていたがやはりダメだったみたいだ。結果はあの紙に書かれた魔法陣が原因と考えてよさそうだな。もちろん紙はもってきていないが。

「協力してくれてありがとう、黒羽」

「結城くんにお礼を言われると気持ちが悪いわ」

「心を込めてお礼を言ったのに気持ちが悪いって言われたのは初めてだ!」

「冗談よ。やっぱり結城くんの反応はおもしろいね」黒羽はクスクス笑う。

「からかうなよ」僕は何も言えなくなる。こういうふざけあいは嫌いじゃないんだがなんかしっくりこない。

「と、とりあえずもう用は済んだし帰るか」

「そうね」黒羽はさらっというとさっき入ってきた鳥居のほうへ歩きだした。よくみると彼女の表情は浮かなかった。原因を知っている僕にとっては気付かないとは不覚。彼女はあの場所にあまり帰りたくないのだろう。あの場所には。彼女の住まいには。確かに黒羽と同じ状況だったら僕は頭が可笑しくなるだろうな。だから僕は…。

「黒羽」

「何?」僕は黒羽を呼び止め手を握る。

「えっ?」虚をつかれたように黒羽はびっくりする。

「散歩するぞ」

「ちょっ、結城くん!帰るんじゃなかったの!?」彼女の手を引きながら歩きだす。

「帰るけど少しはこういう日があってもいいだろ」

「………………」黒羽は立ち止まる。僕は手を握ったままだ。

「どうした?」少し沈黙のあと黒羽はすこし微笑む。

「なんでもない」彼女は首を横に振る。

「そっか……」

「行こう、結城君」黒羽は僕の手を握り返す。

────少し明るくなった彼女の顔を見て僕は良かったと思った。たとえその笑顔が嘘であるとしても。だから黒羽が笑っていられるように僕は彼女の側にいよう。五月の風はまだ涼しく、夏まではあと少しと言ったところだろう。それまでに滅茶苦茶な事件がまだ僕を待ち構えているのだろうな。以上、これが僕と黒羽柚香との関係、日常だ。

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