第25話

────次の日、金曜日。

六月の空にしてはやけに曇り、今にも雨が降りそうだった。

天気予報では雨だと言っていたがいつ降ってくるのかわからない。

柊からのメールはいつものように来ている。

いろいろと考えすぎたせいか朝から頭が少し重い。

しかし、思考自体を止めてしまっては何の意味もない。

放課後、モッチーに会いに行こうか黒羽を待とうかと選択に悩む。

けどこの二つの選択肢以外の選択肢は大量にあるのだろう。

その中で選択したのはこの二つ。

というかこの二つしかイメージできなかった。

なんという残念な思考方。

まさに友達いない思考だ。

下駄箱に向かい、靴を履き替えどうするか悩んでいると右肘の辺りを後ろから引っ張る感触。

ん……?僕はふとふりかえる。

ここは高校だというのに小学生位の女の子が笑みを浮かべ立っていた。

「……?」

「お兄ちゃん、結城さん?」

なんで僕の名前をと思ったが顔には出さず、笑顔で答える。

「そうだけど君は?」

女の子は自然なのだが、なにか違和感を覚える。

それに彼女の笑顔は作り物じみた笑顔だった。

「お兄ちゃんにこれ、あげる!」

女の子はポケットから一枚の紙をとりだす。

紙を受け取り、開いてみる。

『黒暗堂へ』とだけ書かれていた。

僕は紙から顔を上げる。

すると立っていた女の子はその場から消えていた。

「あれ……?」

僕はアホヅラをして辺りを見回す。

誰もいない。

ふと玄関の方向を向くと一羽の雀がチチッと鳴き声をあげ飛び去っていくのが目に入った。

僕はなんとなくもう一度、紙を凝視し、ポケットに入れた。

───『黒暗堂』と書かれた暖簾をくぐると「いらっしゃぁい」とこちらまで気の抜けそうな鼻抜け声が店の奥から聞こえた。

「どうも」

「何日ぶりかしらね、結城」

「知らないですよ」

僕は刹那に答えた。

「それにしても使い魔を寄越すって面白いことしますね」

さっきの女の子は雀を媒体にした使い魔だった。

違和感を覚えたのは魔力のせい。

「そう?いいじゃなぁい、使い魔。使い方ではメールとやらよりは便利よぉ」

そうだこの人、世俗的なものには疎いからメールや伝達機械に関してはあまり使わないんだ。

唯一の連絡手段といえば電話だけ。

カウンターの横に置かれた黒いダイヤル式の電話。

「たまには機械で連絡してくださいよ」

「結城の番号知らないものぉ」

「この前、渡したじゃないですか」

「そうだったかしらぁ?」

刹那はキセルを口に加え、煙を吐き出す。

何だか僕の扱い雑じゃないか?

「で、ここに呼んだ理由はなんですか?」

「はい、これぇ」

刹那は説明も無しに何かを取り出した。

「なんすか、これ?」

僕が受け取ったのは液体の入った茶色い小さな瓶。

「簡単にいぇばぁ忘れぐさ、みたいなものかしらぁ」

「忘れ草?」

液体なのに?

「そう。使い方はわかるぅ?」

分かるぅと聞かれても使ったことがないからわからない。

「これは記憶を消すことができるのよぉ」

「記憶を消す?」

「そうよぉ。記憶を消すというよりも一時的に記憶を書き換えると言ったほうがいいかしら」

刹那はゆっくりと番台から立ち上がり、僕の方へと寄ってくる。

彼女は胸元が空いた黒いドレスを着ていた。

店に漂う甘い匂いと刹那の吐くキセルの紫煙が交ざり頭がクラクラとする。

「匂いっていうのは一番、記憶に定着しやすいのよぉ。鼻の中に通っている神経は他を通らなくても直接、脳に繋がっているから一番、記憶に残りやすいのよぉ」

刹那は僕の肩に手を回し、片手で顔を撫でる。

「大脳辺縁系を刺激するような匂いになってるわぁ。だからこれを嗅がせれば忘れてくれる仕組みよぉ」

「な、なんでこれを?」

頭がボーッとするが質問する頭は残っている。

「結城に力を貸すためよぉ」

力を貸すため?そしたら、代償とかを求められそうだ。

「それにこれから必要になるだろうしねぇ」

必要になる?どういう意味なんだ?

「結城。人を救うのは無謀だと思わないかしらぁ?」

「ど、どういう意味…?」

「人は一人でしかない、外側の世界も内側も。だからいざこざが起きるし、争いも絶えない。悲しいわねぇ、最初から分かりあおうとして一人だからこそ最終的にはわかりあえないなんて。そんな運命なのに人を救うなんて無理じゃないかしらぁ。救おうとすれば自分が傷つくだけなんて虚しいわよねぇ」

「だから、なにを……」

僕には刹那が言っていることがよく理解できない。

ただ師匠に同じようなことを言われた気がする。

「これから起こること、過ぎ去ることかしらぁ」

「だから何を……」

僕が口にしたときそれを遮るように手に振動を感じた。

機能停止直前だった頭は眠りから覚めたように一瞬で活動を始めた。

いつの間にか手の内に携帯を握っていた。

「ほら、来た」

刹那は口元を歪め、妖しく笑った。

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