第16話
────「痛てぇ……」
師匠との稽古が終わり、殴られた頬を擦りながら家への帰り道を歩く。
刹那に言われた意味深な言葉が頭に残っていたが気にしないようにしていた。
色々、刹那に聞いたけれど肝心な所を聞き忘れてしまったのに気付いたのは一日たってから、つまりは今日。
肝心なことというのはデビルスターを持っていた女の子のことだ。
その女の子を刹那に聞いていれば速かったし、そうすれば探す手間もかからない筈だった。
これからどうするか?
神社で寝ていたあの女の子がどこの学校なのか調べないとな。
そう考えながら歩いていると前に黒羽が歩いていた。
早足になり黒羽を追いかける。
「黒羽」彼女に二三歩近づいたところで話しかける。
黒羽はこっちを見ない。
聞こえてないのだろうか?
「黒羽?」
もう一度呼びかけてみる。
しかし、反応がない。
絶対に聞こえているのだろうけどあえて聞こうとしてないという感じだな。
彼女の肩に手をかけ止める。
「黒羽」
彼女は僕が肩に手をかけ名前を呼んだ瞬間、僕の方に振り向いた。
その顔は無表情だったが怒っていたのは確かなのに気づいた。
黒羽が不機嫌だったりするとこういう顔になる。
「黒羽、なんで無視するんだ?」
「……」
「黙らないでくれよ。僕が何かしたか?」
「……」
黒羽は僕を真っ直ぐ見つめたまま、口を開いた。
「携帯」
「携帯?」
「携帯を見て」
黒羽に言われた通りポケットから携帯を取りだし、開いてみた。
驚くことに携帯の画面には不在着信が三件入っていた。
しかも全て黒羽からで三時間ごとに掛かってきていた。
「……」
僕は口を開いたまま黒羽を見る。
多分、その顔は誰が見ても馬鹿らしく見えただろう。
「私が三回も電話をかけて全て無視する人を無視するなって、無理な話じゃない?」マズい、完璧にマズい。
確かに気付かないのは仕方ないことだが流石に三件全部、無視って……。
土下座選手権なるものがあったなら多分、僕はスピードと形、どれも綺麗で一位になっていたくらいの速さで思わず土下座した。
地面の温度が手のひらに伝わる。
「ごめんなさい……」
頭を地面に着け、謝った。
「……」
黒羽は何も言わない。
頭を下げているから彼女がどんな表情をしているのかわからない。
この沈黙、気まずい。
「ぷっ、あはは」
沈黙を裂くように黒羽は笑った。
僕はよく分からず顔を上げた。
「やっぱり、結城くんおもしろい…」
黒羽は笑っていた。
「怒ってたんじゃないの……?」
僕は呆気にとられ土下座のポーズのまま黒羽に聞いた。
「確かに電話に気付かなかったのはムッとしたけど別に無視するほどじゃないわよ。そんな小さいことじゃ私は怒らないわよ。知ってるでしょ」
「……。じゃあ、さっきのは?」
「あれは結城くんを無視したらどんな反応するかの実験」
黒羽はさらり笑う。
「僕を試したのか!?」
おもわず叫ぶ。
「うん、そうよ」
なんて奴だ……。電話をとらなかった僕は確かに悪いが、それは不可抗力であってわざとじゃない。
けど黒羽は百パーセントに確信犯じゃないか。
「ひどい……、僕の心を持て遊んだな」
「ちょっと気持ち悪いわよ、結城くん。いや、最上級にキモいと言ったほうが良いかしらね」
「本当に傷つくからやめてください、黒羽さん……」
「うふふ、本当に面白いわよね。確か前も私が機嫌悪かったとき謝ってたよね。結城くんは悪くないのに。あのときは突然、土下座されてちょっとびっくりした」
「知ってるかもしれないけど僕は人との関わり方が苦手なんだよ。だからああいうときどうしたらいいか困るんだ」
一度、死んで蘇って不死身になったとはいえ、流石になれないものはなれない。
「結城くんらしい言い訳ね。で気付かなかったのはどんな理由?」
「それを聞くのか?」
「恋人としては彼氏がどんなことしてるか知りたいものよ」
黒羽は何か企むような表情をしながら言った。
正直、怖いです。
別にやましいことはしてないけどなんだか罪悪感を感じる。
「でなんで気付かなかったのかしら?」
「……。師匠と稽古してたんだ」
「師匠?前に結城くんが話してた格闘技かなにかを教えてくれるって人?」
「そうだけど」
黒羽は僕に顔を近づけ不思議そうにしげしげと見つめてくる。
「いつもなら、そんなかすり傷なんてすぐ治るのにね。その人は人間なのかしら?」
「あぁ、これね…」
黒羽は頬の痣を見て言ったのだろう。
いつもなら不死の力ですぐに戻るのだが師匠の攻撃を受けるとなぜかダメージが後に残るし回復がやけに遅くなる。
なぜだろうか?
師匠は本当に超人じゃないのかと思う。
本人に言ったら呆れられるだろうが。
「まぁ、その傷を見ると結城くんは本当に稽古してたみたいだし、それに結城くんは嘘つけないものね」
黒羽は口元を緩ませ自身満々に僕の方をみる。
「なんでそう言える?」
「だって結城くん、馬鹿でチキンじゃない」
「チキン言うな!そして馬鹿いうな。本当に傷つくんだぞ、この野郎」
「あら、馬鹿でチキンじゃなかったら何になるの?単なるモテない素人童貞かしら」
「モテないのは認めるけど誰とも肉体関係をもったこともねぇし、プロとか呼ばれる人にお世話になったこともない」
「童貞は認めるのね」
「……」
本当に人の揚げ足を取ろうとする。
「しかし、お前からそんな言葉が出てくるとは思わなかったぞ」
「そうかしら?私はこう見えて語彙が多いのよ」
黒羽は涼しげな顔をしてしれっと言った。
「語彙が多いのは良いことだと思うが、女の子の口からいうのもどうかと思う」
「そうかしら?別に問題はないと思うけど」
「……」
もう何も言わない。
やっぱり黒羽と話していると必ず負ける。
それに三点リーダーを使う数が最近多いな。
「で、なんで三回も電話したんだ?」
先に進まなそうだから本題へと入る。
黒羽は少しだけ口元を緩ませて僕を見る。
「なんだよ……」「なんでもないわよ。電話した理由でしょ。この前、結城君が言ってた女の子に関することよ」
「ああ、起こしたら逃げた女の子か。それがどうしたんだ?」
「本当に結城君は馬鹿みたいね」黒羽は呆れるようにため息をついた。
「馬鹿いうな」黒羽は僕の抗議を無視し続ける。
「結城君からその子の制服の特徴を聞いて、学校の名前が思い出せなかったんだけど、調べて参考になると思って電話したのよ」
それで電話したのか、三回も。
確かに重要といえば重要だがなんだか中身がないと言ったら怒られるだろうが中身がないように感じる。
もうそのまんま。
少し拍子ぬけしてしまった。
「で、その学校の名前はなんだ?」
「結城くんが見たっていうのは確か、薄茶色のブレザーに灰色のスカートでしょ?」
「ああ、あと胸の辺りに校章があったのを覚えてる」
「結城君の言ってる学校ってファリス女子学園ね」
「ファリス女子学園?」
「……。結城君、もしかして知らないの?」黒羽がジト目になる。
「…………」僕は口にチャックをしたように黙る。知っていると答えたいが本当にわからないから答えることは不可能だ。なんだかテストみてぇ。
「結城君って、何かを知っているようで意外と物事をしらないのよね」
リアルに傷つくことを言いやがる。
「そんなに名の通った学校なのか?」
少し、気分と共にトーンが落ちた声で黒羽に聞く。
「この街で知らない人がいないくらい有名よ。中学、高校の一貫式で高校の偏差値は青南高校より格段に上で、お金持ちって呼ばれてる人達が集まるみたいだし。それに都心の一流大学に合格者が出てるって聞いたわ。でもどうしてこんな田舎に作ったのかしらね?」
僕は空いた口がふさがらなかった。
意外と黒羽はこの街のことを知っている。
「でもなんでファリスってわかったんだ?」
「ファリスの制服は独特だからわかりやすいのよ。いかにもお高くしていますと言わんばかりにね」黒羽は苦笑いをし皮肉っぽく呟いた。
「へぇ、貴重な情報だな」
「貴重でもないわよ。結城君が無知なだけよ」本当に嫌みで痛いことをいうな。とりあえず、あの女の子が何処にいるのかわかったがどうやって特定の人物を探すかだよな……。そこら辺考えないとな……。あれ……?
「黒羽」
「…どうしたの?」
「そういえば途中で呼び止めたけど黒羽は何してたんだ?」
「散歩よ」
「散歩か…」いつもの感じだ。彼女が僕の問いに答えるにはこんなわけがある。彼女が住んでいる家は本当の家ではない。
住んでいる家は彼女の伯父と伯母の家だ。
一ヶ月前の春休み、彼女が悪魔を呼び出すことに決めた最大の原因と言ってもいい一つだ。
なぜか。
彼女の母親はこの世にはいない。
父親とは別々に暮らしている。
彼女の父親は出張が多く、年に数えるほどしか帰ってこない。
父親は黒羽を一人にはできなかったようで伯父と伯母に協力してもらうように頼んだ。
それ以来、二人の住む家に引っ越すことになった。
彼女の伯父は快く引き受けたらしいが伯母は黒羽のことを嫌い、邪険に扱っていた。彼女は伯父は味方だと思い、助けを求めたが彼はそれを拒んだ。
伯父は表面上ではいい伯父を演じていたが実際は伯母に逆らえない弱い人だった。
毎日のように伯母は黒羽に対してきつくあたり、伯父は表面上、彼女を心配するという関係が続いていると。
彼女にとっては地獄とも呼べるものだろう。
多分、僕が彼女の立場なら耐えられるものではない。
しかし、彼女には唯一の救いがあった。祖母の存在。僕は本人から詳しいことは聞いていないが優しい人だったらしい。
彼女は祖母から魔女になる為にいろいろ教わったそうだ。
彼女にとっては幸せだったのだろう。
そんな幸せは長く続かず祖母は出会ってから一年と立たずに亡くなった。
それから孤立した彼女は独りでも生きていけるようにと塞ぎこんだ。
それが僕が初めて出会った頃の彼女だった。
それから黒羽は少しでも伯父や伯母とは離れるように休日は外出しているとのことだ。
「結城君が゛電話にでない″から暇つぶしにしてたのよ」
「゛電話にでない″の所を強調すんなよ!確かに僕が悪かったけどさ!」
「あら、逆ギレ。やっぱり御馬鹿さんはすぐに感情的になるのね」黒羽は刺さるような視線を僕に向ける。
「もうどうにでもしてくれ」
「結城君は本当にドMよね」どうしたら悪態をつくことを辞めてくれるだろうか?しかし傷心している僕に黒羽は更に追い打ちをかける。
「結城君、今まで黙ってたけど探すより、手帳に携帯電話の番号が書いてあるならそこに電話すればいいんじゃない?」
思わず僕はその場に突っ伏した。
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