第30話

ふとポケットの中に手を入れると何かが指先に触れる。

それを掴み、ポケットから出す。刹那にもらった謎の液体。

茶色い瓶に入っている怪しげなもの。

刹那はこれが必要になるとか言って渡してくれた。

忘れることができるとか言っていた気がする。

だが疑っても話は始まらない。

怪しげでどうなるかわからないが使えるなら使ってみよう。

独りで震えている女の子に近づき、声を掛ける。

「とりあえずこれを嗅げ。落ち着くから」

僕がそう言うと女の子は頷く。

気が動転しているから人の話を素直に聞いてくれるらしい。

女の子の鼻の前に、蓋をとった茶色い瓶を出す。

彼女はそれを嗅ぐ。

匂いを嗅いだ女の子はそのまま倒れるように気を失った。

効果はあったらしい。

女の子を視聴覚室、その場に寝かせる。

これでなんとか対策を考えられる。

まず原因がわからないなら力技で解決させるしかないと思う。

僕は視聴覚室から出て、廊下に立っていた柊に向き合う。

「結城さん、なんであの子をかばったの?」

柊はテストのときにわからない問題が出てきたような表情をした。

「柊、お前を加害者にさせたくないからだ」

「結城さん、やっぱり、優しいよ……。でもその優しさが痛いよ……」

柊はハサミを構え、僕に向ける。

「だから殺す。結城さんを殺して、結城さんの彼女も殺す。そうすれば私の心もスッキリすると思う」

たとえ悪魔に取り憑かれているとはいえ、今の柊の言葉は本当と感じた。

それが嘘であろうとそれだけはさせない。

僕が死んだとしても黒羽にだけは手を出させるわけにはいかないんだ。

僕は決意を固め、柊の後ろに意識を集中する。

そこは蜃気楼のように揺らめいている。

あれを潰せば柊は元に戻る筈だ。

悪魔に取り憑かれた時に残った力。

身体の底からざわつく感じがする。

僕はもう一度、柊に目をやる。

もう一度、頭の中で目の前の彼女がなぜ悪魔に取り憑かれたのか、他の疑問を一瞬で整理する。

「結城さん、私の想い、汲んでくれるよね?」

そう言って柊は僕にハサミを突き立てつつ、突進する。

僕は構え、迎撃の体勢を取る。

「柊、すまない。それは無理なお願いだ」

柊のハサミが当たるギリギリのところで狭いドアに滑りこむように身体を半身にし彼女の横へとまわる。

勢いよくハサミを持った手を掴み、そのまま彼女の手を前に引き出す。

空いた一方の手で、彼女の後ろの蜃気楼みたいなものを掴もうとする。

手が蜃気楼みたいなものに触れると感触が伝わる。

冷たく、ぐにゃりとした気持ち悪い感覚。

久しぶりの感覚をうけ背筋に鳥肌が立つ。

しかし、掴んだ力を緩めずそのまま柊から引き離すように腕を振り抜く。

すると柊は何かが取れたようにハサミを持ったそのままの状態で前のめりで倒れる。僕は彼女の手を掴んでいるため変な体勢で倒れなくてすんだ。

彼女を仰向けに近い状態にし寝かせる。

柊になんともなくて少し安心する。

頬が緩みそうになるが口を真一文字に戻す。

まだ気を抜くわけにはいかない。

僕は柊を掴んだ手とは反対の手の方向を向き、そこにいるものに話しかける。

「なんでここにお前みたいなのがいる?」

「ゲギャギャギャギャギャギャギャ!」

そいつは笑った。

「答えろ!」

自然とソイツを掴む腕に力が入る。

「グエッエエエエ……。なんで人間がこの俺を掴める!?」

ソイツは吠えた。

蜃気楼のように霞んでいた姿が徐々に輪郭を表し、はっきりと見えるようになる。

猫くらいの大きさで人間のような顔があり、不気味さを醸し出す。

背中には翼があり、小刻みに動いている。

ソイツはよく小説やら映画などで出てくるようなイメージの悪魔の姿。

僕はソイツの首元を掴んでいた。

「まさか、お前も悪魔に取り憑かれた人間か!?ゲギャギャギャ!そうかわかったぞ!お前、人間のくせに俺らを倒したって奴だな!」

悪魔は面白そうに笑った。

「そんなことはどうでもいい!なんでお前みたいなのが此方に出てきている?」

「そりゃお前、あの娘が……」

「契約したからか?それなら柊はちゃんとお前達を呼び出す為の儀式をやった筈だ。ここにはその形跡がない。僕は悪魔の成れの果てだが同類には嘘がつけるわけないだろう」

「ゲギャギャギャギャ!ムカつく奴だ!」

悪魔は苦しそうに言う。

「質問に答えないと地獄にも戻れないよう粉々にしてやろうか?」

僕は脅しをかけた。

「ゲギャギャギャギャ!脅しのつもりか……」

悪魔は暴れる。

「いいんだな?」

僕は手に力を徐々に入れていく。

「苦しい!待った!喋る、話すから!ゲギャァァァァァ」

悪魔を掴む手の力をある程度、抜く。

悪魔はゲギャッという一声を出し、安堵に近い表情をした。

「儀式もしていないのに出てこれたんだ?」

「俺が出てこれたのはガキが持っている紙のおかげだ」

紙……?

そんなもの考えれば一つしかない。

「ゲギャギャギャ、そうだ。デビルスターだ」

「だがお前達、悪魔を呼びだすには儀式が必要な筈。それにあれは未完成……」

「ゲギャギャギャ!面白いほど勘違いだ、人間」

「どういうことだ?」

「ガキが持ってるデビルスターは完成してるんだよ。それに儀式をしなくても俺達、階級が低い悪魔は小さい場所からでも通りぬけられんだよ。ゲギャギャギャ」

「人一人なら小さい媒体で干渉できるってことか?」

「そうだ、ゲギャギャギャギャ!」

厄介な話になったな。

「ということは柊が呼び出したんじゃなく、お前が柊に契約を持ちかけたのか?」「察しがいいな人間。俺からそこのガキを誘ったんだ。ゲギャギャ!」

悪魔は嬉しそうに笑った。

僕と黒羽が倒した悪魔は僕ら人間からアプローチした。

しかし、その逆。

柊は悪魔からアプローチされその誘いに乗った。

人間からアプローチするのと悪魔からアプローチする違い。

「お前が取りついたのは柊があの女子三人に暴力をはたらきかけたときか?」

「そうだ!心が弱ってるやつほど取り憑きやすいからな!ゲギャギャギャギャ!」

悪魔の囁き。

言葉の通り。

自分のアホさに怒りが込み上げ、手に力が入る。

「おいおい、痛ぇ!感情的だな!徐々に俺たちみたいな容貌になってるぜ!ゲギ

ャギャ!」

悪魔は痛がり、そう言った。

手の力を緩め、深呼吸をする。

心を平坦に保つようにしなければ。

柊が悪魔と契約したことは確認できた。

悪魔を柊から引き離したことで負担は減ったし彼女が何を願ったのかを知る必要性も無くなった。

だが完成されたデビルスターは一体、誰が柊に渡したのかが疑問だ。

可能性があるとすれば柊が言っていた男装した女の子だろうか?

「おい、人間。お前、この事態を止めようとしているんだろ?」

事態かどうかは知らない。

僕は黒羽に危険が及ぶのを避けたいだけだ。

「ゲギャギャギャ!惚れた女を守る為ってか。泣かせるねぇ」

悪魔は笑う。

「答えろ。お前らには協力者がいて、その協力者とやらはデビルスターをばら蒔いている。協力者は誰だ?お前らは一体、何をしようとしている?」

僕は悪魔の首を絞めている手の力を少し強める。

「グギャア!苦しいな、人間。感情的になるなよ。質問が多すぎてどうしようもねぇ」

「これくらいどうってことないだろう」

「本当にムカつく奴だ。ゲギャギャギャ!いいだろう、答えてやるよ」

悪魔はけたけたと笑う。

「協力者はな、俺たちを強く信じている奴さ!」

「僕が聞きたいのは協力者自身のことだ。何ていう名前でどんな奴なのかだ」

「ゲギャギャギャギャ!ソイツは残念だな、人間。協力者の素性については俺たちは知らねぇんだ」

ということはなんの有益な情報を得られないというわけか。

「一番、お前が聞きたいのは俺たちが何をしようとしているかだろう?答えてやるよ。ゲギャギャギャギャギャ!俺たち悪魔はな人間───」

僕は悪魔が言ったこと、彼らが何を企んでいるのか聞いたとき、僕は呆然としかけた。

「だからな人間、お前みたいな奴に俺たちは止められないんだよ!ゲギャギャギャギャギャギャギャ!」

悪魔の笑い声が廊下に反響する。

「そうか、ありがとう。お前達、悪魔が考えていることがわかったよ」

僕は悪魔を見る。

悪魔の首を握った手におもいっきり力を込める。

悪魔の首が徐々に絞まっていく。

「グエッエエエエエエエエ!」

悪魔はジタバタと手足を動かす。

「奴に伝えておけ、そんなことさせないとな!」

首元がグシャと潰れる音がし、悪魔は動かなくなる。

悪魔は砂で出来ていたかのようにサラサラと身体が灰になり、原型をとどめずに消えて無くなる。

それとともに充満していた魔力も消えてなくなっていた。

さてどうしようか……。

そう考えていると倒れていた柊が目を覚ます。

「ん…………」

「気がついたか、柊!」

「結城さん……。あれ……、私……」

柊は段々と意識を取り戻していく。

彼女は自分の身体を調べる。

「私、あっ、ああ、私、わ……」

柊は怯えたように自分を抱き抱えるように両腕を身体に回す。

「わたし、そんなんじゃ……。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

頭を抱え踞り叫び、暴れる。

「柊、落ち着け!」

僕は彼女の腕を掴む。

落ち着かせようとするがどうしようもできない。

僕は困ったが、彼女を抱き抱えるように押さえつける。

「柊、落ち着け!」

「結城さん!私、どうしよう!あんなことしちゃって………」

「……………」

「私、私………」

上手い言葉がでてこず僕は黙る。

「………………」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

柊は力が抜け、しがみつくようにして泣いた。

ただ僕は彼女が泣き止むまでずっと頭を撫でてやるしかできなかった。

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