第6話

黒羽を家まで送った後の帰り道、途中で僕は結界の件をどうやって対処しようか悩んだ。家につくまでこの世界の真理を解き明かそうとする哲学者のように考えぬいた結果、一番、近い場所を下見することに決めた。まずは結界がどんな状態にあるのかをこの目で確認してからじゃないと先を考えられないからここは計画的にいこうと思った。そして現在、僕はその目的の場所に来ていた。

時刻は午後二十一時過ぎ。

街の中心から少し西側、青南高校から二キロほど離れた場所にある小さい神社。小さな山の頂上に位置していて、その山を遠くからみると楽に思えるが実際、嫌になるほど階段を上らなければたどり着かないくらい面倒な場所にある。

ここにつくまで山の麓つまりは階段の一段目から一番上まで十分はかかり、午後二十一時だから辺りは暗く大きな口を開けた化け物のように闇が広がっている。明かりは手持ちのライトと少しだけ光を放つ街灯だけ。人は見当たらず虫の鳴く音と木々の揺れる音以外せず不気味な感じし僕はビクビクしながら頂上まで登った。神社の名前は『御尊神社』。管理はされているのだろうが近くには人が住む家が見当たらない。階段を昇り初めたときに民家が一軒だけ建っているのを見た。人がいそうなのはあそこだけか……だから今、現在この神社にいるのは僕一人ということになる。

「静かだな……」声に出してみても返答はない。当たり前だ。今、僕は鳥居をくぐった所で一人、ポツンとバカみたいにたっている。

「さてどうしたものか……」辺りを見回す。境内には変わったものはなくテニスコート二枚分くらいの広さで、一番奥に神様を奉る社と入り口にある鳥居。そして稲荷をまつる小さな社があるだけで後は何もない。結界の装置となるものは見当たらなければそれなりの雰囲気もない。モッチーからもらったこの情報がデマの可能性もあるのを考えたが取り敢えず境内を周ってみることにした。

…………………………。

………………。あの嫌な感じが全然しない。ということは何もないのか?そう心の中で呟きつつ一番奥の社の裏手に回ったときだった。街灯の明かりが届かないため真っ暗とまではいえないがライトで照らさなければ足元がみえない暗さ。僕はそこをライトで照らす。すると三メートル先に置物のような何かが視界に入った。

目をこらしみてみると何かと僕が呼んだのは人だった。

両膝を両手で抱え込み顔をふせ小さくなるように座りこんでいた。僕は人がいるとは思わなかったので警戒しながら座りこんだ人に近づく。不死身の体だというのにやはり黒羽の言った通り僕の心はチキンハートらしい。

近づくと踞っている人は中学生くらいの女の子でなぜそれが分かるかというと制服をきていたからだ。灰色のスカートに高そうな薄茶色のブレザー。この学生服は見覚えがあるな……。確か、この近辺でも有名な学校のだったと思う。それにしてもこんな時間にしかもこんな場所で制服を着た女の子がいるとは一寸も考えなかった。まさか死んではいないよな……。不安な僕はさらに近づき耳をすます。スースーと一定のリズムで心地よさそうな寝息を立てていた。死んではいなかったから良かったが一体どうしよう?この子を起こそうか……?それともほっぽたままにしようか?普通なら怪しいから声はかけないのだが。僕は能のない空っぽの頭で考えどう行動するかを判断する。やはり起こしておくほうがいいだろうな。

「そんなところで寝てると風邪ひくよ」僕は女の子に声をかけつつ肩に手を置き揺さぶる。そうすると女の子はゆっくりと顔を挙げた。

「う~ん……」まだ寝たりないと言わんばかりに寝ぼけていた。前が見えるのかと聞きたくなるくらい前髪が長く、目を覆い隠している。

「大丈夫か?」僕はもう一度声を掛けた。女の子は自分の髪の毛を左右にかきわける。女の子の顔が少し暗いながらもライトのおかげで少しわかった。線が細く、なんだか気の弱そうな顔をしていてクラスには必ずいそうな子だった。女の子は寝ぼけ眼で僕の顔を見つめる。

「………………」何も言わない。

「大丈夫か?」僕はどう言っていいかわからずさっきと同じことを聞いた。女の子は数秒ほど僕の顔を見続け、とろんとした眼は一瞬で大きく開いた。

「きゃああああああああ!」突然、マイクのハウリングのような耳に響く声をあげて女の子は物凄くびっくりしていた。

「ど、どうした?」狼狽える僕。

「ああ、えっ、えっ!?どうして?」女の子は僕の問いに答えず訳がわからないといわんばかりに動揺しまくっていた。

「あれ、なんでおろした筈の髪の毛が!?ど、どうしよう!人に見られちゃった……」何を見られたというのだろうか?そしてこの状況はどうすればいいだろう?

「おっ、おい……」

「ご、ごめんなさい!」そういうと女の子は目にも止まらぬ速さで駆け出した。「おい!」僕は呼び止めたが女の子は振り返ることなく社の裏から走り去った。「……行っちゃったよ」僕はまた一人になった。辺りには木々が揺れる音だけが虚しく響きわたる。どうしたもんか……。結界の装置となるものを探しにきて知らない女の子に叫ばれるとは思わなかった。たしかに端からみたら変な奴に見えるだろうけどあそこまでビビられたら凹むな。ん…………?ふと女の子が座っていたところをみるとファンシーで可愛らしい手帳が落ちていた。いかにも女の子が持ちそうな手帳だ。落としたのだろう。少し土がつき汚れていた。とりあえず、手にとり拾い上げた。

プライベートが書かれているであろう中身を見ないようにしながら土を払う。そのとき中から一枚の紙が落ちた。「なんだ、これ?」裏返しに落ち何がかかれているのかわからない。僕は拾いライトを当てる。「これ……」僕はびっくりした。紙に書かれていたのは五芒星だった。しかしただの五芒星なら僕は驚かない。五芒星は正しく使えば自分を邪から護ってくれるものになる。けれどここに書かれていたのは悪魔を呼び出す為に書かれた上下を反対にした五芒星だった。通称デビルスター。これを使えば悪魔を呼び出し使役したり自らの望み、願望を叶えることができる。しかしそれは対価を払ってのことだ。一歩でも間違えれば身を滅ぼすものになる。そんなものをなんであんな女の子が持っているのか?

下手をしたらまたあの時、一ヶ月前のような出来事が起きてしまいかねない。これでまた面倒くさいことが増えたな……。

壊されているとモッチーは言っていたけど何も破壊された形跡がなければ何も変な感じもしない。今回は本当に関係ないのかもしれない。けれどなんでこんなものがここにあるのだろうか?

そう思いつつ、僕は手帳をポケットにしまい裏手から出る。ライトのスイッチをオフにし本殿の近くの石畳に座る。ひんやりとした感じが手と尻に伝わる。薄暗がりの中頭を上げ空を仰ぐ。黒く染まった空には小さく光るいくつもの星と黄色の月が一つ浮かんでいるのが視界に入る。本当にどうしたものかねぇ……。

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