第8話

「黒羽……」なぜここに黒羽がいるのか難しい論文みたいによく分からないが僕は黒羽に駆け寄る。「黒羽、どうしてここに?」なんだか雰囲気がなんとなく違っていた。不思議に思いつつ話しかける「偶然としかいえないな。わからないけどとりあえず来てくれて助かった。実は……、黒羽?」

黒羽はうつ向いたまま何も言わない。よく見ると笑っているのか無表情なのかわからない表情をしていた。

「どうしたんだよ、黒羽?」

もう一度、呼びかけたがやはり何も言わない。普通ならもう出会い頭に悪口を言われている筈なのにそれさえない。本当になんだか変だ。

「はぁ……」僕はため息をつき辺りを見回す。本当に今日はよくわからないことが起きる日だな。神社の裏で寝てる女の子に会うし、大事な人が変だしもうよくわからない。誰か僕の頭の中の情報を整理して欲しいくらいだ。

「黒羽、この場所で何か変わったところはないか?」僕は萎えた気持ちを切り替え、目的を見つけるため黒羽に協力して貰おうと問いかける。すると彼女はうつ向いたまま、左手をゆっくりとあげる。そのゆっくりさが少し不気味に感じ背筋が少し寒くなった。左手は神社でもなく周りの物でなく彼女の目の前にいる僕を人差し指で指し、止まった。「……?」僕はよくわからず辺りを見回した。しかしさっき境内はくまなくさがしたが変わったものはなかった。僕と黒羽にはかぎ分けられる能力があるから見落とすはずがない。「黒羽、やっぱり何も感じないぞ」黒羽は左手を僕に向けたままゆっくりと首を左右にふる。否定の仕草。

「結城くん……」ただポツリと言った。

「黒羽、どうした──」そう言いかけたときだった。左のわき腹辺りに何かが当たるような感覚が走る。

「……?」僕は目線を下に向ける。

黒羽は洒落にならない大きさの包丁で僕の左のわき腹を刺していた。刃先から根元まで深く。それを頭が理解するのに時間はいらなかった。その部分にとても小さく冷たい感覚とジリジリと焼かれるような痛みが走る。

「かっ……!?」黒羽は右手に持った包丁をわき腹から抜く。熱いような痛みが一瞬、走り、パーカーの腹部の部分に血が染みわたる。心臓は外れてるだろうけど内臓の辺りをやられたため傷口を押さえても血が止まらない。

不死身と言っても刺されたり、殴られたりと普通の人と同じようにダメージを受けるし、当然、めちゃくちゃ痛い。

再生はするが傷の度合いで回復する時間が変わってくる。けれど彼女の前では僕は不死身ではない。魔女は使い魔と契約したとき使い魔の魂を手に入れることができるらしく、そのため一ヶ月前の出来事で黒羽の使い魔になったが故に僕の魂は彼女が所有している。だから僕は今、魂がない状態なのだ。それだけならいいのだが使い魔の命の判断は魔女の自由なのだ。

つまり僕の不死身性は黒羽のおかげであって彼女がいなければ僕は明日の日の光が見ることができない。今、僕の命は彼女の掌で転がされている状態だ。

「なんで……?黒羽……」痛みを堪えながら素早く黒羽と距離を取り彼女を見る。街灯の薄暗い明かりが彼女を妖しく照らし、ゆっくりと下げた頭をあげ僕を見る。彼女の両目は不気味なまでに鮮やかで綺麗な真っ赤に染まった血の色に輝いていた。それは吸い込まれそうなほど深くて僕は一瞬、見とれてしまった。

「結城くん……」黒羽は微笑みながら僕を呼び、彼女は片手に包丁を持ちながらゆらゆら左右に揺れている。

「なんだよぉ、黒羽……。いきなり刺したりしてさ……」僕は泣き言を言う。刺された痛みで呼吸が乱れ、思考が止まりそうになる。ふと師匠に言われたことを思い出す。

『結城は弱いね。ちょっとしたことですぐにぶれる』師匠に言うことは正しい。こういうときこそ冷静にならなきゃいけない。

僕は乱れた呼吸を整える為、深く息を吸い込む。黒羽を見据え、頭をフル回転させる。この一ヶ月間で同じような出来事があった筈だ。考えろ!黒羽は僕が考えにふけっているのを他所に彼女は僕に向かってくる。

「なんだよ、くそっ……!?」僕は悪態をつきながら彼女を迎えうつ。僕は両手を握り、顔を覆うような感じで目線と同じ高さに持ちあげる。そして右足を後ろに下げ体を半身にし両足、均等に体重を乗せる。その動作を一瞬で行う。

ボクシングの構えみたいな感じだ。黒羽は包丁を突きだし僕を刺そうと右手を前に出しながら突進してくる。僕は左側にずれつつ左手で彼女の右手を払いつつ、掴む。

勢いに任せ彼女の右手を上に挙げるようにしながら僕は自分の体を彼女に近づけ右手を彼女の左手肩に当て足を彼女の左足にかける。

そして彼女を柔道の大外刈のような形で投げる。彼女が地面に叩きつけられないように加減はしてある。それに僕はあまり彼女を傷つけたくなかったから打撃は使えない。

そうなると投げ技しか思い浮かばなかった。自分の好きな人だが今はしょうがない。ドサッという鈍い音が聞こえた。彼女の背中が地面に着くと同時に僕は彼女を取り押さえた。自分の左膝で押さえ彼女の右手の自由を奪う。そして他の三肢で別の場所を押さえつける。ようは馬乗りに近い状態。そして片方の右手の包丁を素早く彼女から奪い、遠くへ投げ捨てる。「黒羽!どうしたんだ!?」僕は黒羽を取り押さえたまま問いかける。

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