第23話

───柊に友達がいない原因。

そして泣いていた原因。

それには関係があった。

彼女は虐めにあっていた。

柊自身がそう思わなくても、話を聞く限りそうとしか思うことしかできない。

彼女は人見知りの性格から小学生の時からなかなか友人ができなかった。

中学生にあがって見知ったクラスメイトと何回か会話することはあってもなかなか人に慣れることはなかった。

そんな中学に上がってまもないある日。

友達ができた。

友人が出来るのは初めてではないがその時の彼女にとっては重大なものだろう。

それからは彼女の幸せが続いた。

ある日までは。

一年が経ち二年生になった柊は別のクラスの男子から告白を受けたそうだ。

告白した男子は柊と同じ小学校だったが彼女は男子の存在を知らなかった。

それに恋愛という人間関係が浮き彫りになるような経験をしたことのない人見知りの柊にとってはテレビなどでみることしかない一枚、壁を挟んだ向こう側。

彼女にとってその現実は重しにしかならない。

だから柊は告白を断った。

告白した男子は承知したみたいだったが、柊の周りはそうではなかった。

柊が友達と信じていた子は突然、態度が変わった。

「なんでアンタが?」

そう言われたらしい。

なぜそんなことを言われなければならないのか分からなかった。

それからというもの友人であったクラスの子は柊を虐めるようになった。

それだけでなく柊のクラスメイトの何人かも加わわるようになった。

なぜそうなったのか知ったのは虐めが始まったばかりの頃。

告白した男子は女子から人気があるらしくその男子を好いていた複数の女子からの

怨みからだったらしい。

もうそれを知っても後の祭り。

柊の孤独な日々は今にいたる。

──「先生には相談しないのか?」

「相談…してない…」

さっきまで泣いていた柊は、赤く目元が腫れ、小さな声で言った。

「お父さんやお母さんには?」

「してない…」

「そうか…」

困ったことになったな。

僕は柊の話を聞いてそう感じた。

弱っている彼女にああしろこうしろと強要することはできない。

逆に彼女を刺激してしまうことになる。

多分、柊が置かれている状況は彼女が中学を卒業するまでの間に解決してしまうだろう。

過ぎてしまえばどうでもいいことだがその状況に置かれている者の心情はそうじゃない。

「じゃあ、あのとき御尊神社に居たのも同じ理由だったんだな」

柊は弱々しく頷く。

「あのときも嫌になって、どうしようもなくて逃げた場所があの神社だったの。けどいつの間にか寝むちゃって気付いたら結城さんがいたの。びっくりして逃げちゃったけど。虐めとかよくわからないよ。彼女の私への復讐っていうならなんでみんな私をあんな目で見るの?私には…、私にはわからないよ…。私は何もしていないのに」

柊はただ涙を流すことしか出来ない。

そんな柊に僕は何も言うことができない。

残酷かもしれないがこの問題は彼女自身のもので僕には干渉する余地がない。

「ねぇ、結城さん、私はどうしたらいい…?」

柊はすがるような目で僕を見る。

下手なことを言って事態を悪化させるくらいならあまり語らないほうがいい。

「なぁ、柊。一回、担任の先生や両親に話をしてみないか?投げやりな提案かもしれないが周りの人に話すことで何か変わるかもしれない」

「でも…、変わらないなら…?」

「変わらないことなんてないよ。必ずどこかでそういうことは終わりはくる」

「本当に…?」

「本当だよ。柊、だからそういうことは一人で抱えこまないほうがいいよ。もっと他の人に相談したほうがいい。つらかったら僕みたいな頼りない奴にでも話してよ。話さないより楽だしね」

柊の頭を撫でた。

柊は僕をみたまま黙りこむ。

出会って日数のたってない奴に頭を撫でられて嫌だったかな?

「……」

柊は僕の服の一部分を掴み、顔を下に向けた。

「……うん」

彼女の肩は僅かだけれど上下に揺れていた。

泣いているのがわかる。

僕も黒羽に出会うまで中学生の時は孤独だった。

一人っていうのは流石にキツい。

好きな物の話とか学校での話をすることが出来ない。

多分、大人になったらもっと一人でいることとか多くなるだろう。

それまでは誰かと一緒に悩んだほうがいいんじゃないだろうか?

そう考えるから出会ってまもない柊に感情移入をしてしまうんだろう。

僕は柊が泣き止むまでずっと頭を撫でていた。

手には柊の体温と微かな震えが伝わっていた。

──「ありがとう、結城さん…」

泣き止んだ柊はぽつりと言った。

「別に礼はいいよ。僕は何もしていない」

「そんなことないよ!結城さん、私の話聞いてくれたし…」

前髪で目もとが隠れたままの柊は少し声の張りを変えて言った。

僕は意外だなと感じた。

強い否定をする感じの子ではなかったからかもしれない。

「でも僕は本当に何もしていないんだよ。ただ柊の話を聞いて、提案を出しただけだよ。だからそんなに礼を言わなくていいよ」

「結城さんがそう…言うなら…」

柊はまた元の声のトーンに戻った。

「少しは落ち着いた?」

「はい…。本当にありがとうございます…」

「だからいいよ、礼はしな…」

僕がそういいかけたときポケットの携帯が振動し始めた。

「ちょっとごめん」

柊に一言、いれ、携帯を取り出す。

画面には着信をしらせる文字。

どうやら黒羽からの電話だ。

「もしもし」

「もしもし、結城君」

受話器から聞こえてきたのはいつもの淡々としている口調。

「どうした?珍しいな、お前からなんて」

「まぁ、いいじゃない。持田さんから伝言を預かっているわよ」

「モッチーから?」

伝言ってなんだ?

「じゃあ、これから伝えるからよく聞いて」

黒羽は一間置く。

僕は聞くことに意識を集中する。

「『柊って子と周りの動きに注意』だそうよ」

柊はわかっているが周辺ってどういうことだ?

「伝達事項は以上よ」

「……。わざわざありがとう。黒羽」

「どういたしまして。わざわざ友達のいない結城くんに通話代を払ってまで伝えたんだから感謝しなさい」

「どんだけ上から目線なんだ!?それに通話代って言ってもたかだか十円二十円の世界だろ!あと友達いないは余計だ!」

「受話器越しに大声出さないで貰えるかしら?耳が腐るわ」

「お前は小学生のいじめっ子か!?」

「確かにいじめっ子だったわね」

「実際にあった過去だったのかよ!」

「いちいち小さい突っ込みがうざいわよ」

「お前が突っ込みを入れるように仕向けるんだろ!」

「あら、わかってるじゃない」まずい黒羽のペースに持っていかれてる。

「とにかく、伝言ありがとう」

「どういたしまして」

黒羽の一言のあとツーツーという音だけが残り通話は終了した。

「悪かったな、柊」

「私は大丈夫。今の電話の相手はお友達…?」

「ん……?ああ、彼女からかな……」

「そう…なんだ…」

柊はうつ向き、僕から視線を外す。

なんだか、苦虫を潰したような表情をする。

柊がなんでそんな顔をするのかわからなかったが気にしないことにする。

「ところで柊」

「何…?」

「ん~、質問があるんだがなんというか、まぁ、柊にとっては嫌かもしれない可能性があってだな」

「大丈夫だよ、結城さん。力になってくれたから私も力になれるよう頑張る…」

そう言って柊は小さく笑った。

「そうか。そしたら──」

僕はそうして口を開いた。

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