第28話

────坂を駆け上がりファリス女子学園の校門前へとたどり着いた。

昼間の清楚で綺麗なイメージとはかけ離れ、新しく白で塗られた外壁は逆に不気味さを醸し出す。

だからちょっと怖いなと思う。

それにしても校門前にたっているはずの警備員が見当たらない。

校門自体、空いているがいつもなら怪しい人物が侵入しないか見張る為、警備員が立

っている筈なのだ。

しかし、その警備員がいない。夜の見回りでもしているのだろうか?

いや、それならば門を閉める筈。

それにまだ十九時四十分。

まだ部活動に参加している生徒もいる筈だし残っている教職員がいるはず。

各教室には明かりがついておらず、誰もいないのがわかる。

それにしたって人はいる筈だ。

ここで気にせず入ったら確実に不法侵入だ。

見つかればただでは済まないだろう。

しかし悩んでいてもしょうがない。

僕は意を決し、学園の敷地内へと足を踏み入れた。

最初の一歩目が地面についたとき、僕がさっき考えていたことがあながち外

れてはいないことを悟った。

校門を境にして雰囲気はがらりと変わり、危険信号が頭の中で鳴り始める。

辺りに魔力が僅かながら含まれているのがわかったからだ。

多分、四月の出来事、あの悪魔が持っていたものと同類だろう。

全身にどろりとした何かがまとわり着く感じがし不快感をあおる。

黒羽がいれば明確にわかるのだろうけれど感覚でしか捉えられない。

だけど、これで悪魔が関与していることが確信できた。

けれどわからないのは呼び出したとして一体、誰が呼びだしたのかだ。

黒羽は魔女の力を持っていたから呼び出せた。

仮に柊が呼びだしたとしても彼女にはその術を知らない。

デビルスターは破棄したから手段はないはず。

でも誰が?

柊を捜すため暗闇に包まれているファリス女子学園の中を歩く。

さすがは私立の学校だからなのか校舎と校舎の間隔が広く、敷地内の大きさを実感できる。

僕は校舎、体育館の周りを一回りし探したがいない。

ということは校内か……。

正面玄関が閉まっているのはわかっていたが他の出入口はどうなのだろうか?

来た道を折り返し、校内への入り口を探す。

魔力に晒されている感じが気持ち悪い。

それにここに来るまで誰にも会わないということが気味悪さを後押しする。

第一、二校舎のドアはロックされ、無人だとわかった。

しかし第三校舎のドアだけ空いていた。

そのままドアを開け校内へと侵入しようとした。

そのとき感覚だが頭の中の警戒音が段々と高くなった。

魔力の濃さもなんだか違う気がする。

不安にかられ、足が止まりそうになるが進むしかない。

まず二階へと上がる。

段々と嫌な感じが強くなっていく。

二階を見てまわる。

非常灯の明かり以外、ついておらず人影もまた見えない。

携帯を取りだし、柊に電話をかける。

二回、コール音の後、繋がった。

「もしもし、柊か?」

「…………」

「今、何処にいる!?」

また荒いノイズの音が聞こえる。

「…………」

「答えてくれ、柊!」

「………………、三階………」

ボソッとくぐもった声が聞こえた。

三階。

僕は急いで階段まで走り、駆け上がる。

魔力の濃さがここにくるまでで一番、強く感じる。

「柊、三階のどこにいるんだ?」

「………………」

返答がない。

いつの間にかノイズが強かったのが徐々に弱まっている。

三階に着き、辺りを見渡す。

長方形をした校舎の真ん中にあたる場所、左右に教室があり、どちらに行けば柊がいるのか。

「柊、三階に着いた。どこにいるんだ?」

「……。しちょ…か……つ」

…………?

視聴覚室のことだろうか?

僕は左右にある、部屋の表示を交互に見る。

視聴覚があった。

「今、行く」

携帯の通話を終了しポケットに携帯をしまう。

視聴覚まであと十メートルくらいしかない。

けれどあの場所は危険だと本能がレッドサインを出していた。

視聴覚室の前に立ち、一呼吸いれる。

薄暗い中ドアを開ける。

視聴覚室はカーテンが閉まっており、真っ暗になっていた。

けれど視聴覚室の一部のカーテンが開きそこから街灯やら学校の明かりが差し込む。その明かりに照らされ舞台でスポットライトに照らされる役者のように人が立っていた。

後ろを向いているがそれが誰だかわかった。

「柊!」

僕は彼女に近づく。

すると微かだけれど彼女の近くに何か落ちているのがわかる。

「柊、大丈夫か?」

「ゆ、うきさ……」

柊が此方に振り向く。

彼女の表情だけ暗くてわからない。

明かりが差し込み彼女の全体像だけでなく彼女の側にあるものまでわかっ

た。

僕は落ちていると思っていた。

しかし、それは間違いで倒れていると言ったほうが正しかった。

柊の近くに二人、女の子が倒れていた。

柊と同じ学校の子。

僕は柊の方を見た。

差し込む明かりで彼女の口元だけみえた。

柊は薄く笑い、そして赤い血が頬についている。

血……?

薄暗い中、柊を見ても、怪我をしているようには見えない。

まさか?僕は倒れている二人に近寄り彼女達を見る。

彼女達の手に切り傷がついていて多少、出血しているが深い傷ではないだろう。

他に外傷はなく、息をしているから生きている。

ただ意識を失っているだけ。けれど何があったのか想像がつかない。

「結城さん、来てくれたんだね……。来てくれるって信じてた」

柊はゆっくりと呟いた。

明らかに雰囲気が違う。

この感じは完全に嫌な状態だ。

「柊、大丈夫か?」

柊に近づく。

彼女は薄ら笑いしうつむいていた。

「どうしたんだ、柊?」

僕は彼女の表情を覗こうと顔を同じ位の高さに近づける。

「柊……?」

僕が聞いた瞬間だった。

左のわき腹に違和感を覚え、視線をそちらに向ける。

柊の右手には彼女の手よりも大きいハサミが握られていて、信じがたいことにハサミの先端が僕のわき腹を捉えていた。

つまり、柊にハサミで刺されたということ。

またこのパターンかと思った。

この前、黒羽にわき腹を刺されたが二度は無いだろと自分に突っ込みをいれる。

「痛っえ……」

痛みがあるが黒羽に刺されたときのように深く刺さっていない。

臓器に達してはいないはず。

けれど痛みに勝てず、リノリウムの床に膝をつく。

「結城さん、何だか私、今、不思議な気分……。気持ちいい感じなの」

アハハと柊が笑う。

僕は顔を上げ、彼女を見る。

柊の両目は真っ赤に染まり、僕を見ていた。

あの時と同じ。

先週の御尊神社の時と同じだ。

黒羽は魔力に当てられおかしくなった。

けれど柊は違う。

彼女に魔女の力はない。

柊の顔が別人のようにも見える。

それに彼女の後ろに靄みたいなものが見える。

その部分だけが蜃気楼のように歪む。

僕は確信した。

柊は悪魔に取りつかれていると。

「結城さん、結城さん。私、嬉しい。結城さんは助けてくれた。こんな私を」

柊は笑ったまま、右手に持ったハサミを振りかざす。

刃先には僕の血液がついている。

「柊…、どうしたんだ!?」

「結城さんが来てくれて嬉しい!」

柊は振り挙げたハサミをそのまま下に振り下ろしてきた。

完全に標的は僕。

ヒュッという風を切る音がし、ハサミの先端が向かってくる。

ギリギリのところで上体を後ろに崩し、かわす。

刃先が鼻先をかする。

ハサミは直に当たらず空を切る。

どうやら柊は僕の顔にハサミを突き刺そうとしていたらしい。

完全に柊は僕を殺す気だったのか?

僕はすぐに立ち上がり、柊と距離をとる。

魔力が濃いおかげで刺されたわき腹は完全に回復し、傷がふさがっていた。

「あれ……?」

柊は不思議そうにハサミの先端を見る。

「なんで刺さらなかったんだろ?まっ、いっかぁ……」

柊はまた笑う。

「結城さん。私ね、好きな人がいるの……。誰だと思う?」

そんなのわかるわけがない。

「だよね……。でも、その人には恋人さんがいてどうしようもないの」

できることがないと彼女は呟いた。

悲しげに。

「でも自分の好きって気持ちには嘘をつけないよね。だから私、考えたんだ、色々。その人を殺しちゃえばどうにかなるって」

それはどうにもならない話の前に問題外だろ。

「それでその恋人さんも一緒に殺しちゃえば問題なくすむと思うの」

どう考えてもダメだ。

それだけはやっちゃダメだ。

柊が悪魔に取り憑かれているのはわかったが彼女は何を願ったのか?

悪魔は人の願いをこの世界の架け橋としている。

なら、願いを叶える当事者が自分の願いがわからなければ奴らを呼び出すことはできない。

柊が何を願ったのか予測がつかない。

柊が今、口にしていることが彼女の本心だとしても今、二人の女の子が倒れている理由と関連性が見当たらない。

犯人がわかっているのに証拠がないのと一緒だ。

「柊?」

「何、結城さん?」

「ちなみにその好きな奴って誰だ?」

僕はダメ元で聞いてみた。

すると柊はハサミを持った右手をゆっくりと挙げこちらに向け、前に見せてくれた無邪気な笑顔を浮かべる。

そして彼女から帰ってきたのは意外な言葉だった。

「結城さん……だよ」

僕は聞き間違えだと思った。

けれど柊は僕の驚きを他所に続けた。

「結城さんは私に優しくしてくれる。こんな私にでも微笑みかけてくれる。結城さん、私は結城さんのことが好きなんだ……。だからね……」

柊は言葉を切ると、ハサミを突き出しながら僕へと突進してくる。

狙いなど関係なく刺す気らしい。

ここで突っ込んでくるのが男だったり丈夫な人物ならかわして投げ、気絶させるのだが相手はまだ中学生、かつ女の子だ。

いっぱしに武力は使えない。

判断し、僕は柊の攻撃をかわす。

そして予想していた通り柊は僕の前で止まり、ハサミをそのまま僕の顔へと向け、振り上げる。

ボクシングのスウェーの要領でかわし、距離をとる。

「なんでかわすの?かわしちゃ駄目だよ……、結城さん」

彼女はゆっくりと僕を見据える。

このままだと戦っても柊を傷つけるだけになってしまう。

とにかく、あそこで倒れている女の子達から柊を離さなければ。

考えている間にも柊は突っ込んでくる。

僕は柊の攻撃を裁きつつ出口のほうへと向かう体勢に入る。

柊に隙が出来たとき出口へと駆け出した。

「結城さん、どこいくの!」

後ろで柊がそう叫んだのを聞いた。

出口で一度、振り返る。

柊はゆっくりと視聴覚室の暗闇の中を進みこちらに向かってくる。

どうやら引き離すことに成功したみたいだ。

「結城さん、結城さん……」

ぶつぶつと呟きながら柊は進んでくる。

僕はそれに恐怖を覚えつつ、視聴覚室から出る。

階段へと向かい二階へと降りる。

静かな校舎に僕と柊の足音が響く。

二階を見渡し、一度、隠れる場所を探す。

部屋は四つあり、それぞれに名前が分かれていた。

ただ一つだけ名前が書かれていない教室を見つけ、ドアが空いているか確認する。

鍵がかかっておらずそのまま入る。

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