第56話「リール王国」

 僅か三日という異例の早さでレンヌの陞爵の儀は開かれ、レンヌは国王から南部辺境伯爵の爵位を授けられた。そして、その事は王都のみならずロワール王国の主要都市で高札が掲げられて国民に発表された。これは各国に対する牽制だった。


「冒険者から伯爵になったばかりだと言うのに、もう辺境伯爵になられたのか。凄い出世だな」

「なんせ、一万ものスタンピードを片付けたお方だからな」

「当然と言えば当然か」

「そう言えば、子供が十人もいるそうだぞ」

「だとすると、側室は二十人くらいはいるんだろうか?」

「えっ! 二十人も側室が?」

「ねえ、聞いた? レンヌ様には側室がたくさんいるそうよ」

「えっ! どのくらい?」

「確か、二十人だか、三十人だか?」

「えええ! 三十人もいるの?」


 人々の噂には尾ひれがつくものだが、レンヌの情報は今が旬なので更に噂を呼ぶ結果になった。こうして、噂が広まるたびに尾ひれが付き、今や噂は真実とは大きくかけ離れたものになっていた。

 

ミュウレ帝国の動きはリール王国にも伝わっていた。

リール王国のスレイン国王は宰相に命じてミュウレ帝国との国境近くにある北の城に軍と兵糧を移動させた。

しかし、軍の規模が違うために籠城しても大して日数を稼げないと思っていた。


今となってはロワール王国との同盟も難しくなったと思っていたが、ミュウレ帝国の侵攻を座して待つ訳にはいかない。考え得る手立ては講じなければならない。既に、 スレイン国王はロワール国王と会談をするために使者を送っていた。


使者からの連絡鳥を今や遅しと、執務室で宰相と共に待ちわびている状況だった。

連絡鳥がくるまでの時間に二人は話し合った。


「レンヌ卿がロワール王国の南部辺境伯爵になった事は我が国としても喜ばしいことだ」

「この機会を逃さずに関係を築くべきでしょうな」

「正に、宰相の言う通りだ。シャルロッテには儂から話をしておく」


「しかし、正室がいなくて、ようございました」

「それよ! 如何に第二王女とはいえ、側室に出す訳にはいかぬ」

レンヌが侯爵に並ぶほどの地位である辺境伯爵になったとはいえ、平民の出身ということは周知の事実である。


平民出身の貴族に王家の娘を側室として出せる筈もない。

「フロスよ、早急にレンヌ辺境伯爵と会見をして第二王女との縁談を打診してくれ」

「わかりました、すぐに先触れを出します」


リール王国にとってはレンヌ辺境伯爵は最後の頼みだった。レンヌ辺境伯爵と姻戚関係になったのなら、ミュウレ帝国もおいそれとは手を出すまいと考えていた。


暫くしてロワール王国からの連絡鳥が到着した。

「早急に会談したいとのスレイン国王の要請に応じて、全権を託したレンヌ南部辺境伯爵を派遣する」とあった。

期日は、明日の正午を指定してあった。


翌日のお昼前にレンヌの飛空艇がリール王国の王城に到着した。

レンヌは十を数える運搬台にたくさんの紙箱を積んできた。もちろん、中身はケーキである。


王城のバルコニーから悲鳴に近い歓声が聞こえた。

レンヌを出迎えるために中庭に出ていたスレイン国王とフロス宰相は思わず見上げてため息をついた。バルコニーには王妃と二人の王女の姿があった。


王城に入ったレンヌをメイドたちが取り囲んだ。レンヌはスレイン国王とフロス宰相に向かって言った。

「お土産です。どうぞ、お召し上がりください」

「はい! レンヌ辺境伯爵様、ありがとうございます!」

メイドたちの合唱の声が凄まじく大きかったので、国王と宰相の声はすっかり掻き消された。 二人は顔を見合せ、またため息をついた。

その様子を見て、レンヌは小さく笑った。レンヌには二人の気持ちがよく分かった。


レンヌはスレイン王に近寄り言う。

「では、お話を伺います」

二人はハッとして顔を上げると国王の執務室にレンヌを案内した。


挨拶を交わした後、三人はソファーに座る。メイドにお茶の用意をさせた後、誰も部屋に立ち入らないようにと伝えて下がらせた。


「先ずはレンヌ卿。南部辺境伯爵への陞爵、おめでとうございます」

とフロス宰相が伝える。

レンヌは感謝の意を伝えるとすぐに本題に入った。

「このたびの同盟の申し入れについて、ロワール王国の国王よりの親書を預かって参りました」


 レンヌは鞄から細長い小箱を取り出してスレイン王の前に差し出した。

「拝見する」と言ってスレイン王はすぐに親書を取り出して開いた。そして、大きく息を吐く。それから、親書を宰相のフロスに渡した。フロスも大きく息を吐いてから言う。

「ようございました」


 スレイン王は全権を持つレンヌに対して姿勢を正してから言う。

「このたびの同盟成立を心より感謝致します。ロワール国王にも宜しくお伝えください」

「はい、必ずお伝えします。あと、私事ですがスレイン王にお伝えしたい事が三つあります」

 レンヌの言葉を聞き、スレインは嫌な予感が心の中を過った。


「一つ目に、私の領都グリーンウッドとリール王国との間で通商条約を結んで頂きたいのです。貴国は今年も豊作で食料が十分過ぎるほど豊富だと聞き及びました」

 腐るほどあるのは知っていますよ、と暗に仄めかしている。


「レンヌ卿、ここは腹を割って話をしましょう」

「失礼しました。そう言って頂けると助かります。貴族の物言いは正直苦手でして」

  スレイン王の言葉に、レンヌは笑顔で答えた。

 フロス宰相がレンヌに言う。

「まず一つ目の通商条約はこちらとしても助かる事案です。ここ数年、豊作が続いたせいで倉庫に入りきれないほどの穀物があるのです。引き取って頂けるなら助かります。もちろんお安くしますよ」


「それでは二つ目を聞こうか?」

 スレイン王に言われてレンヌは話を続けた。

「二つ目は同盟締結後の軍事支援についてです」

 レンヌの言葉に王と宰相は身を乗り出した。


「ロワール王国軍は王都に拠点があるせいで、リール王国への移動に時間がかかり過ぎます。それで、我が軍の兵器などをミュウレ帝国との国境付近に配置したいと考えています」

「兵器などを、ですか?」

 フロス宰相は疑問を口にする。

「それについては、実際にお見せした方が早いと思います。後で我が領まで見に行きましょう」

「それでは、兵器の件は後で見るとして三つ目をお聞きましょう?」


 フロス宰相はレンヌが最後に回した三つ目が気にかかっていた。

「三つ目は縁談の件です。お話は有り難いのですが実は婚約者が二人おります」

「二人も?」

 とフロスは言い。

『しまった。遅かったか』

 とスレインは心の内で残念がった。


「はい、ミュウレ帝国の件が片付き次第、結婚する予定です」

「承知した。残念だが諦めよう」

 スレイン王は、小さく息を吐いた。

 それを見て、レンヌは頭を下げて言う。

「申し訳ありません」


「用件が片付いたところでレンヌ卿の言う兵器とやらを見せてもらいたい」

 スレインの言葉を受けてレンヌは二人を飛空艇に乗せた。

「では、出発します」

 二人を座席に座らせたレンヌは領都グリーンウッドに向かう。馬で行けば一日かかる距離も飛空艇なら数分しかかからない。


 レンヌは領都グリーンウッドの上空で艇を停泊させた。

「あれが我が領とグリーンウッドです」

 スレイン王とフロス宰相が窓から見下ろす。

 広大な面積の街にたくさんの建物が建っているが、二人にとってはどれもが見たことも無い建築物だった。特に街の中央に聳え立つ塔は驚くほどの高さだった。

「建物よりも壁をよくご覧ください」

 言われて二人は壁を熱心に見た。


「壁が光っておりますな」

 宰相のフロスは、何故壁が光っているのか考えた。

「もしかして金属で作られているのですか?」

「宰相閣下、その通りです。あれは合金で作っている壁です」

「しかし、金属だと錆ませんか?」

「それはだいじょうぶです。表面を特殊な幕で覆っているので錆には耐久性があります」


 そのとき、スレイン王が尋ねた。

「しかし、どうして我々に壁を見せたのか?」

「あの壁をミュウレ帝国との国境に作るつもりなのです。詳しい話は降りてからにしましょう」

 そう言った後に、レンヌは飛空艇を宙港に降ろした。




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