第7話「森の調査」

東門から街を出たレンヌはアルテミス1に指示を出す。

「アルテミス1、この街の周辺の森で生命反応が多い場所を教えてくれ」

「艦長、静止衛星のサーモグラフィで探索するので暫くお待ちください」

数分後、アルテミス1からマップが送られてきた。マップにはたくさんの赤い点が集まった場所があった。しかし、その場所は現在地から遠く離れていた。

「艦長、山脈の近くにある広大な森に多くの生命反応が有ります。距離があるので探査車での移動が必要です。探査車を街の近くまで向かわせるので合流してください」

「了解」

街の近くでも使えるように探査車にもステルス機能を実装しました、とアルテミス1から連絡を受けていたので人目を気にする必要はなかった。

合流地点で探査車に乗り込み目的地の森に向かう。


目的地に到着したレンヌは、探査車に搭載してある調査機器を使って探索を始める事にした。

「先ずは、この森と周辺のマップ作成からだな」

 レンヌは探査車のコンピューターに指示を出そうとして、ふと気づく。

「アルテミス1、探査車両のAIにコードネーム(識別名称)は有るのか?」

「初めまして、レンヌ艦長。探査車両の制御を担当するAI『ヴェガ』です。よろしくお願いします」

 いきなり聞こえた十代の女の子を連想させるような声に、レンヌは意表をつかれてたじろいだ。

「お、おう! ヴェガ、よろしく頼む」


 挨拶のあとにヴェガが説明する。

「戦艦アルテミスに搭載してある全てのコンピューター端末はメインコンピューター『アルテミス1』とリンクしています。全ての情報をデータベースで共有しているので、どの端末と交信されても即時お答え出来ます」


 そのとき、アルテミス1からレンヌのインカムに連絡が入った。

「艦長。小型ドローンに搭載しているサーモグラフィシステム(非接触式温度画像化装置)を使用すれば生命体の体温を調べることが可能です」

「わかった。有効範囲を教えてくれ」

「小型ドローンのサーモグラフィシステムの有効範囲は半径200mです」


「アストロン1から4。シールドを展開」

 探査車を降りたレンヌは、アストロンに指示を出しシールドを張る。

 それから、アルテミス1の指示に従って探索を開始した。

現在、小型ドローンの1から4は街中で情報収集をしているために使えない。新たに降ろした三機を加えた小型ドローン5号機から8号機を使って探索する。

「アルテミス1、小型ドローン四機のサーモグラフィシステムを作動」

「了解。システムを作動します」

「艦長。ゴーグルに画像を出します」

 アルテミス1を経由してレンヌのゴーグルにデータが送られてきた。レンヌが装着しているゴーグルに複数の赤い点が現れた。近場に三点、離れた場所に二点あった。

「あの赤い点が生物か?」

「そうです、艦長。温度で色分けしています。モニターの右端に色別の温度を表示しています」

 アルテミス1に聞いた通りにゴーグルの画面の右端を見た。

「そうか、赤は35〜40℃だな。これは人間の体温域とほぼ同じじゃないか?」

「その通りです、艦長。近くまで行けば生物の姿が色で表示されます。ただし、水の中に潜む水棲生物は表示できないので注意してください」


 レンヌはシールドを張ったままアストロンと一緒に森の中に入った。

「ずいぶんと幹が太くて背が高い木だな。俺の田舎でも、こんな大木は無かったぞ」

暫く木を見上げていたレンヌだったが、自分がやるべき事に気づき命令を出す。

「アルテミス1。武装大型ドローン二機をステルス状態で空中に展開してくれ」

探査車の後部浮上口が上がり大型ドローンが浮き上がった。

「艦長。大型ドローンの展開を完了しました」

「それでは森の中を調査する。主目的は赤い点が集まっている場所の確認だ」

「アルテミス1、了解しました。ドローン5~8の調査を開始します」

 レンヌは慎重に森の中を進んで行く。


 レンヌの腰にあるベルト型ホルダーの右側のホルスターには生物を麻痺させるパラライザー、左側のホルスターには殺傷力がある熱戦ブラスターを装備している。

他にも両方の武器に互換性を持つ交換用のエネルギーパックが四個差し込んであった。

また、右手にはレーザーサーベルを持っている。これは、探索時に邪魔な木の枝や背が高い草を打ち払うためのものだ。普段は太もものホルダーに収納している。

密集する大木の上を武装大型ドローンが護衛のために音も無く移動する。

 ゴーグルのモニターを見ながらレンヌはゆっくり進んだ。未知の惑星なので、警戒しながら移動するので速度は遅い。10分かけて200メートルを移動し、さっきの赤い点の近くまできた。近づくにつれて赤い点が徐々に兎の形に変化していく。


「さっきの赤い点かな?」レンヌは呟いた。

「最初の位置と同じ場所にいることから同一の生命体と推測します」

アルテミス1がレンヌの呟きに反応して捕捉する。

「ドローン5号機、確認しろ」

 ステルス状態で姿を消している小型ドローンが無音で目標に向かう。目標地点に到着したドローン5号機からカメラの映像が送られてきた。そこには、以前に見た角がある兎がいた。

「アルテミス1、生命体を確認した。目的のゴブリンではない。兎に似たやつだ。捕獲に関して、何か問題はないか?」

「艦長。ストラスブール王国法には遭難時の緊急措置特例があります。それによると生命維持のための生命体の捕獲や護身のための生命体への攻撃は認められています」

「了解した。学術的にはどうだ?」

「学術的見地から言えばサンプルの捕獲は欲しいところですが、本星と連絡が着かない状態なので生命体の捕獲についてはグレーゾーンです」

「わかった。捕獲しないと食用可能か判断できないからサンプルの捕獲は可能と判断する」

「了解しました。艦長の判断を肯定します。最低でも、小型ドローンに細胞組織の断片と血液のサンプルを採取させてください」

「わかった。それから名前が無いと不便なのでくだんの生命体を『角兎』の仮名称で呼ぶ」

「了解しました。データベースに仮名称『角兎』をサンプル画像と共に入力しました」


 レンヌは慎重に獲物まで近寄って行ったが、角兎に気づかれた。それまで草をんでいた角兎が上半身を起こしてレンヌの方に顔を向けた。そして、盛んに長い耳を動かしている。

『どうやら、気づかれたみたいだな。逃げられるかも知れない』

「アルテミス1に指示。生命体が逃走したらドローンに追尾させて逃走先の位置を確定しろ」

 しかし、レンヌの予想は外れた。角兎から10メートルの距離まで近寄ったが、角兎は逃走しなかった。いや、逆にレンヌの方に体を向けた。

 レンヌはゴーグルの画像を通して角兎を見ていたが、その行動が理解できなかった。

「何故? 逃げないんだろう。これがストラスブール星の兎なら別の生き物に気づいた時点で、文字通り『脱兎の如く』逃げるのだが?」


 そのとき、レンヌの体に悪寒が走った。角兎の目が赤く光ったのだ。そして、背筋がゾクリとした。

 角兎の周りの景色が陽炎のように歪んだ次の瞬間、いきなりレンヌ目掛けて突進してきた。10メートルの距離を一瞬で詰められて、レンヌは驚きのあまり思考が停止して動きを止めてしまった。

 レンヌの腹めがけて角を突き出し、弾丸のように加速した勢いのまま角兎はレンヌに衝突した。しかし、アストロンのシールドに阻まれて角が折れ、体は弾き返される。そして、そのまま失神した。


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