第6話「冒険者ギルド」
「おお! 久しぶりの地上だ」
生粋の軍人ではないレンヌは長い艦内生活でストレスが溜まっていた。本来なら実験終了後に帰還する予定だったのだが、治療のために帰還できなかった。
そのために、一刻も早く地上に降りたいという気持ちが強かった。 レンヌは辺りの景色を見回して喜びの声を上げた。
「本当に故郷によく似ている。俺の家の近くもこんな感じだった」
川の両岸に広がる草原と点在する森、そして遠くには高い山が連なっている。ひとしきり景色を楽しんだレンヌは、大型ドローンのマニュピレーターを使って簡易風呂を川の側に設置した。ホースを川に入れて稼働させた。あとは自動で水を汲み上げて適温まで沸かしてくれる。
水中に未知の水棲生物がいるとの報告を受けていたので、レンヌは川を警戒していた。簡易風呂を壊されては困るからだ。念のために、大型ドローンを簡易風呂の上で待機させていた。
5分ほどで風呂の準備ができた。
レンヌは用心してアストロンも川岸に配置した。
「さあ! 風呂だ」
簡易風呂のドアを開けて中に入る。脱衣室で服を脱いで浴室に入った。シャワーを使って素早く体を洗い、浴槽に身を沈めた。
「ふぅぅ」と思わず息が漏れた。久々の充足感に心が満たされる。
お湯に浸かり、今後の事を考えているとアルテミス1から緊急の連絡が入る。
「艦長、川の中から未確認物体が接近中です。至急、警戒態勢を取ってください」
「くそ! せっかくの風呂を台無しにしやがって」
レンヌが戦闘準備を整えて外に出ると、既に戦闘は終わっていた。
「アルテミス1、報告を頼む」
「艦長、報告します。水中から未知の生物が接近。川岸に上陸後、所持している武器で攻撃してきました。アストロンのシールドにより被害はありませんが、危険を排除するために応戦しました」
「なるほど。そして、これがその結果か」
簡易風呂の側に人型の生物が十体ほど倒れている。体型は人だが、全身が鱗に覆われていた。鱗に覆われた体の表面と顔は魚そのものだった。
「随分と妙な生き物だな。魚と人間が合体したような姿だ」
どうせなら上半身が女性で下半身が魚なら良かったのだが、顔が魚で体が鱗だらけではモンスターにしか見えない。
「アルテミス1、学術研究用に全てを保管してくれ」
「了解しました、艦長。輸送艦がまだ未完成なので揚陸艦で本艦に移送後、冷凍保存します」
「アルテミス1。川の側は危険性が高いので、簡易風呂を森に隠して迷彩を施してくれ。それからホースは地中に埋設だ」
「了解しました」
「あと、森を切り開いて拠点を作りたいから、工作ロボットを派遣してくれ」
「わかりました。艦長、拠点作りにご希望は有りますか?」
「基本的に平屋で、後で増築できるようにして欲しい。防衛面は任せる」
「了解しました、72時間以内に完成する予定です」
「この星の情報収集の進捗具合はどうだ?」
「口語と文語の翻訳は完了しましたが、知識の取得に時間を要します」
「改善方法は?」
「知識人との質疑応答が第一策です。書物の購入が第二策です」
「そうなると、俺が街に潜入するのが最善か?」
「アストロンの警護体制を考慮すれば、それが最善の策です」
「よし、翻訳機能で通常の会話が可能なら、すぐにでも街に潜入するぞ。アルテミス1、バックアップを頼む」
「お任せください、艦長」
レンヌは探査車両に戻って、調査ドローンが集めた情報を基にアルテミス1と潜入方法の打ち合わせをした。
翌日の早朝に街の通用門に向かうと誰もいなかった。壁の外は危険なので門が閉まる前に街に入るようだ。
レンヌはアルテミス1が用意した現地人の服装に着替えて門を通過した。ドローンの事前調査の通りに何事もなく通り抜ける事ができた。そして、打ち合わせ通りに目的地に向かった。
冒険者ギルドの建物は石造りの三階建てだった。一辺の長さが50メートルの正方形をしている。門と同じように扉が二つあった。大きな両開き扉と片開きの扉だ。
片開きの扉を押し開けて中に入る。右側にカウンターがあり、中に若い女性が立っていた。左側ではテーブルに座って飲食している者がいた。
空いているカウンターに行き要件を告げる。
「冒険者登録をしたい」
レンヌの対応をしたのは十代に見える金髪碧眼の女性だった。
「新規の登録ですか?」
「そうだ」
「ありがとうございます。ロワール王国冒険者ギルド、トリニスタン支部へようこそ。今回の担当をさせていただきますエマと申します」
「レンヌだ。よろしく頼む」
「早速ですが、この用紙に必要事項を記入してください」
手渡された用紙にすぐに記入する。名前と年齢しか記入項目がない。
『これなら口頭でいいのでは』
とレンヌは思った。
用紙を渡すとエマが黒くて光沢がある板を出してきた。
「ここに左手を置いてください」
レンヌは黒い板の中央に左手を置いた。
すぐに、板が淡く光った。
「はい、けっこうです。暫くお待ちください」
エマが書類を持って一番奥に座る男性の所に行った。ものの数分でエマが戻ってきて、手にしているカードと一緒に小冊子をカウンターに置いた。
「お待たせしました。こちらが冒険者カードです。レンヌさんは初登録ですから7級になります。後でいいので、こちらの小冊子を必ず読んでくださいね。失礼ですが、文字は読めますか?」
「大丈夫だ。必ず読む」
もっとも読むのはレンヌではない。ゴーグルでスキャンするのだ。そうしてメインコンピューターのデータベースに転送すれば何時でも何処でも情報を得られる。
エマは愛らしい笑顔をしたまま頭を下げて言った。
「本日は、当ギルドでのご登録ありがとうございました。今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく頼む。分からない事を色々聞きに来ると思うが教えて欲しい」
「はい、いつでもどうぞ。冒険者の皆様の支援が私達ギルド職員の仕事ですから」
「二つほど聞いてもいいだろうか?」
「はい、どうぞ」
「俺は遠くから来たのでこの街の事をよく知らないのだ。それで色々と教えてくれる人を雇いたいのだが?」
「方法は二つ有ります。一つはこのギルドで教えてくれる人を雇う依頼を出す方法。もう一つは知識がある奴隷を買う方法です」
「奴隷が買えるのか?」
「ロワール王国を含めて、この大陸に在る全ての国は奴隷の売買を合法としています」
『人身売買が合法とか。かなり未開な文明のようだ』
と、レンヌは嘆息した。
「わかった。あと、本を売っている、もしくは閲覧できる場所が有れば教えて欲しい」
「それなら、このギルドの二階にある資料室に行けば、無料で閲覧できます。ただし、蔵書数は少ないです。後は本屋ですね」
「本屋の場所が知りたい」
エマはカウンターの上に置いた紙に簡単な地図を書いて説明した。
レンヌは二階の資料室に移動した。幸いなことに資料室は無人だったので、ゴーグルを装着して先ずは小冊子をスキャンした。そのあと、手当たり次第に資料をスキャンした。手で口を隠してアルテミス1に連絡する。
「アルテミス1、奴隷を買うか、もしくは本屋で書物を買う必要があるようだ。どちらにしても資金が必要だな」
「艦長、冒険者ギルドの依頼を受けて資金を稼ぐしか有りません。トットと掲示板を確認してください」
『トットと?!』
最近、アルテミス1の口調が荒くなったと感じるレンヌだった。
『疑似人格の成長に問題があるのではないか? しかし、人工知能は専門外だからメンテナンスできないし困ったな!』
レンヌは小さくため息をついた。
一階の掲示板の前に移動したレンヌは7級でも受けられる依頼を探した。そこで、ゴブリン討伐の依頼を見つける。ほかの依頼は報酬金が低かったが、討伐依頼は証となる魔石を五個提出する毎に依頼完了になる。
『まとめて討伐すれば手早く金になる』とレンヌは思った。
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