第8話「迷いの森」
「アストロン2、殺せ」
レンヌの前方に位置していたアストロン2から、二条の小型レーザーが発射された。角兎の頭部に小さな穴が二つ空き、一瞬だけ角兎の体が痙攣して揺れた。
「標的の殺処分を確認しました」
「よし」
「アルテミス1。この角兎の死体はどうする?」
「小型ドローンで探査車まで運びます」
「わかった、任せるよ」
小型ドローン5号機が角兎に近寄り、腹部からマニュピレーターを出した。二本のマニュピレーターが伸びてきて角兎の死体を抱え上げると探査車の方へと移動していった。
「あの角兎、よく見るとストラスブール星の兎より、かなり大きいけど重量的に大丈夫なんだろうか?」
「艦長、小型ドローンは30キロ重量まで積載可能です」
「なるほど、小さい割には優秀だな」
それよりも気になる事がレンヌにはあった。
「アルテミス1、さっきの角兎の爆発的な加速を説明してくれ」
「アルテミス1より艦長へ。現状の推論値では回答不可能です。曖昧度を上げますか?」
「曖昧度50%で推論しろ」
「了解しました」
「曖昧度50%での推論の為に確定率は50%以下です」
「構わん」
「角兎が使用した能力は三十年前に惑星タイラーで発見された知的生命体の原住民が持っていた『超能力』に類似しています」
「『超能力』とは?」
「理論的に説明できない未知の能力です。スーパースキルとも呼ばれています。まだ、ストラスブール王立学術研究院でも解明されていません。」
「加速する前に角兎の周囲に陽炎みたいなものが発生したように見えたが関係あるのか?」
「以前、大気成分の分析結果を報告しましたが、その中に未知の成分があると伝えた事を覚えておられますか?」
「ああ、覚えているよ。毒性は無いと言ってたやつだな」
「そうです、艦長。角兎が加速する直前に、その未知の成分が消費されました。加速前と加速後の成分を比べた結果、消費している事実が判明しました」
「それは、その未知の成分が加速エネルギーだという事なのか?」
「エネルギーとは断定できませんが、確率99%で関係すると言えます。ただ、現状ではサンプル数が足りません」
「じゃあ、別の赤い点に向かおう。移動するぞ、アルテミス1」
「了解しました」
ゴーグルのモニターに映っている赤い点は全部で三箇所だった。残りの二つの場所はそう遠くない。レンヌは近い方の赤い点に移動した。10分ほど進むと、さっきみたいに赤い点が兎の形になった。
「ドローン6号機、確認しろ」
ドローン6号機の情報がアルテミス1に送られる。
「艦長、角兎一羽を確認しました」
レンヌがさらに進むと角兎を目視できた。距離は約15メートルくらいだ。
「アルテミス1。さっきみたいな事象が起こるか、俺が実験台になるよ」
そう言って、レンヌは角兎に近づいた。
レンヌの接近に気づいた角兎の目が赤く光った。角兎の体を包み込むように陽炎が立ち上り、猛烈な勢いでダッシュしてきた。そして、10メートルの距離まで近寄ると、そこから一足飛びにレンヌとの距離を詰めた。激しく衝突したが、やはりシールドに阻まれる。そして、さっきと同様に角が折れて失神した。
「アストロン1、行動不能にしろ」
「両足を射抜いて行動不能にしました」とアルテミス1が報告する。レンヌはパラライザーの目盛りを最弱に設定すると角兎を撃って麻痺させた。そのあと目盛りを通常の位置に戻した。これを怠ると相手が人型の場合は威力不足になってしまうのだ。
「アルテミス1、運んでくれ」
「了解です、艦長」
ドローン6号機がさっきと同じように角兎を運んで行った。
レンヌは同様にしてもう一体の角兎も麻痺させて探査車に送った。きっと、今頃はアルテミス1の指示で研究されている事だろう。
「アルテミス1。近場の赤い点が無くなったから場所を変える」
「了解しました、艦長。衛星のサーモグラフィシステムによれば、約500メートル先に二百以上の生命反応が存在しています。そのまま、まっすぐに進んでください」
「わかった」
レンヌは休憩を挟んで探索を続けた。二時間ほど進んだ所で再び赤い点が現れた。
「アルテミス1。生命体の反応だ。目標に接近する」
「艦長、了解しました。武装大型ドローンを上空で待機させます」
「ありがとう、アルテミス1」
レンヌが森を一直線に進んでいく先に集落があった。集落では蜂の巣を突付いたような騒ぎになっていた。
「戦士長に報告します」
木の上に作られた家屋の中で、族長と話をしていたイネス戦士長の尖った長耳が声に反応して動く。
「入れ」
イネスの声を聞き、一人の女性が部屋の中に入って来た。肩まである緑色の髪に、切れ長の目も緑色だ。上半身は革製の軽鎧を着ているが下半身は丈が短い革のスカートだった。女性は片膝をついて報告を始めた。
「『迷いの森』を真っ直ぐに進んで、何者かが里に接近しております」
「なに! 『迷いの森』を真っ直ぐに進んでいるだと」
「はい。一直線でこちらに向かっています」
「人族か?」
「それが……?」
「どうした? はっきりと報告しろ」
「人族のように見えますが、変な格好をしているのです」
「変な格好?」
「イネス戦士長。あなたが確認した方が早いんじゃない」
「族長の指示とあれば私が行きましょう」
「頼んだわよ。迷いの森を真っ直ぐに抜けて来る人族など見たこともないから不安だわ」
白銀に輝く長い髪を揺らして族長のアニエスが小首を傾げる。
イネス戦士長は先導する報告者の後を追って木から木へと身を移していく。人間では不可能な距離を楽々と飛び移る様は森の動物を思わせた。
その頃、レンヌは探索のために森の中を進んでいた。前方に在った赤い点が徐々に人の形になったのでレンヌは驚いた。
「アルテミス1。サーモグラフィの赤い点が人の形になった!」
「艦長。警戒態勢を厳にしてください。そして、知的生命体なら先ずは会話をお願いします。言語のサンプルが少しでも取れれば翻訳ができるようになります」
「アルテミス1、できるだけ会話するように務めるよ」
レンヌは持っていたレーザーサーベルのスイッチを切ってベルトに収納した。下手に相手を刺激したくない、と思ったからだ。
とつぜん声がした。しかし、その言葉は理解できない言語だった。
「アルテミス1、どこからか声がしている。場所を特定できるか?」
アルテミス1は静止衛星の超望遠好感度カメラを使って解析し、結果をすぐに報告した。
「艦長、正面にある木の上です。右側の太い枝の上に生命反応が有ります」
アルテミス1から静止衛生の画像がレンヌのゴーグルに送られた。そこには木の枝の上に立つ若い女性が映っていた。手に弓矢を持っていた。緑色をした長い髪と人間のものとは思えない尖った長い耳があった。
画像を確認するために、レンヌは正面の大木の上に目を向けた。そして、すぐに目を背けた。見上げた先にある太い枝の上に立つ女性が、短いスカートから生足を晒していたからだ。
レンヌは立ち止まり、下を向いたまま女性に話しかけた。
「こんにちは」
何を話していいか分からなかったレンヌはとりあえず挨拶をした。
『挨拶は基本だよね』と、する必要もない言い訳を考えた。
レンヌの挨拶に言葉が返ってきたが、やはり理解できないものだった。
直後に、レンヌのシールドが攻撃を止めた。一本の矢が足元に落ちたので、レンヌは慌てて話しかけた。
「攻撃するな! こちらに敵意は無い」
しかし、女性からの返事は無く、代わりに二本目の矢が飛んできた。しかし、一本目と同じようにシールドに阻まれて草の上に落ちた。体の正面を狙っていないが、シールドの範囲内であったのでアストロンが防御したのだ。
「攻撃をやめろ! こちらに敵意はないのだ」
そう言った後に、レンヌはアルテミス1に尋ねた。
「アルテミス1、言語解析はまだか?」
「今、論理演算処理中です。五秒後に終了します」
「わかった」
レンヌは落ち着くために大きく息を吸い込んだ。そこにアルテミス1から連絡が入った。
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