第9話「エルフの里」
「艦長、お待たせしました。翻訳の準備が整いました」
『さすがは、銀河一とストラスブール王国が自慢するスーパーコンピューターの系列機だ。1秒間に演算処理5000京回を誇る本星のマザーコンピューターの系列だけはある』
と、わずかな言葉だけで言語を解析したアルテミス1の論理演算処理の能力にレンヌは感心した。
もっとも、現在はマザーコンピュンターと繋がっていない状態なので論理演算処理はアルテミス1だけで行った。
アルテミス1からの連絡を受けた直後に、レンヌの正面にある大木の枝が大きく揺れた。直後に、三人の女性が降り立つ。
その姿にレンヌは驚いた。さっきまでいた緑色の髪の女性とは別に、銀色に輝く長い髪を持つ女性が増えていたからだ。その美しい女性の短いスカートから出ている細くて白い太腿は、彼女いない歴25年のレンヌを激しく動揺させた。女性から視線を外したレンヌは思わずアルテミス1に言った。
「アルテミス1、
レンヌは口元を女性に見られないように、俯いた状態で指示をだした。
静止衛星の超望遠高感度カメラで状況を分析していたアルテミス1はすぐに返事をした。
「艦長の私心を確認しました。録画を開始します」
『やっぱり、最近のアルテミス1の疑似人格には問題があるようだ。でも、下心と言われないだけマシか』
とレンヌは思った。
「私の名前はレンヌです」
自己紹介すると、緑色の髪をした女性が銀髪の女性に耳打ちをした。小声で何かを言っているようだ。
前に立っていた銀髪の女性が数歩だけ近寄ってきて言った。
「私はエルフの里の戦士長イネスだ。さっきまで言葉が通じなかったはずだ、と見張り番の者が言っているのだが?」
言われてレンヌは返事に困った。
『見た感じ文明が発達しているようには思えないから本当の事を言っても理解出来ないだろう』
だけど、嘘はつきたくないのでレンヌは広義の意味で言った。
「これは、私の能力です。しかし、言葉を理解するまで少しだけ時間を必要とします」
『本当は AIの能力だが、アルテミス1は俺の支配下にあるから、俺の意思で自由にできる。そういう意味で解釈すれば間違ってない』
レンヌは思った。
『屁理屈と湿布はどこにでもくっ付く』
「特殊なスキル(能力)を持っているのだな。ところで、警告を与えても返事が無いから威嚇のために矢を放ったと見張り番の者が言っている。申し訳なかった」
と言って、イネスはレンヌの足元に落ちている二本の矢を指差した。
「いえいえ、言葉が通じなかったので、仕方ありません。それに実害は無かったので謝意は無用です」
「そう言って貰えると助かる。しかし、レンヌ殿はエルフの里に何用があって来られたのか?」
「エルフの里? この先に、エルフの里があるのですか?」
「レンヌ殿は知らずに来られたのか?」
「はい、そうです。エルフの里どころか、エルフの存在さえ知りませんでした。申し訳ありません」
「別に謝ってもらう必要はない。しかし、エルフの存在を知らない者は、この大陸にはおらぬぞ。レンヌ殿はどこから参られた?」
「アルテミス1、別の星から来た、と言って通じると思うか?」
鼻の下を擦るふりをして口元を隠したレンヌは、小声でアルテミス1に聞いた。
「艦長、この星の名前を聞いてみては?」
レンヌはアルテミス1の意図を察した。彼女たちの天文学の知識を探ろうとしているのだ。
「その前に、ひとつお聞きしたいのですが、この星の名前は何と言うのでしょうか?」
イネスと見張り番の三人は揃って怪訝な顔をした。そして、徐にイネスが言った。
「星とは何だ?」
『そこからかい!』
レンヌはエルフたちの科学文明の低さを感じた。
「あっ! いや。この大陸の名前は何と言うのでしょうか?」
言い淀みながら何とか話題を変える。
「アメリア大陸だ。場所的には大陸の中央になる」
「アメリア大陸ですか」
一言呟いたあと、 レンヌは心底困った。
『星の概念が無いのなら、説明は出来ても理解させる事は無理だろう。ならば、どう言えば言いのか?』
「アルテミス1、この大陸の他にも陸地は存在するのか?」
「東と西に、それぞれ一つずつ大陸が存在しますが、それを彼女たちが知っているかは分かりません」
レンヌが沈黙しているのでイネスが再度問う。
「レンヌ殿、あなたは何処から何の為に此処に来られたのか?」
レンヌは自分の身分を思い出し、言い訳を考えついた。
「実は、私の身分はある国の兵士(軍人)なのです。この大陸には調査の為に来ました。なので、身分や目的を明かす訳にはいかないのです。御理解ください」
そう言って、レンヌは深々と頭を下げた。
正確に言えばレンヌは軍属であって軍人ではないが細かい事はどうでもいいと開き直った。
「レンヌ殿、頭を上げてくれ。そういう事情ならこれ以上の詮索はしない。だが、もう一つだけ聞きたい事がある」
「何でしょう? 」
「この場所は『迷いの森』と呼ばれている。森全体に魔法結界が張ってあって普通の者なら迷って辿り着けないのだが?」
『魔法結界?』
聞き慣れない言葉にレンヌは戸惑ったが、正直に聞く事にした。
「魔法結界とは何でしょう?」
「この森に掛けられている魔法だ。『幻惑視』というもので、森に侵入した者に作用して森の外へと導くのだ」
『そう言えば、俺たちは一直線に進んで来たっけ』
思い当たったレンヌは真実を話すことにした。
「それも私の能力(スキル)です。私には特定の物や生物が持つ温度が見えるのです。この先に二百以上の反応があったので調査に来ました」
「そんなスキルが有るとは」
『二百以上の反応といえば、エルフの里に住む者たちの数に近い。スキルは本物なのか?』
イネスは驚いたが表情に出さないようにした。
「ここから先はエルフの里なんですね?」レンヌの問いにイネスが答えた。
「いや、正確には迷いの森を抜けてからなので、もう少し先になる」
「では、私はここで引き返しましょう。お邪魔しました」
『他者の侵入を防ぐために結界を施しているからには、自分たちが来たことは迷惑でしかないだろう』
とレンヌは考えたのだ。
「うむ、申し訳ないが、そうしてくれると助かる」
レンヌは探査車の方へ引き返し、イネスは族長に説明するために里に戻った。
「へぇ、そんなスキルもあるのね! でも、良かったじゃない。聞き分けのいい人で」
「うむ、奇妙な格好だったが人族にしては礼儀正しい男だった」
「あら? 珍しいわね。イネスが人族の、それも男を誉めるなんて。そんなに良い男だったの?」
「アニエス、そんなんじゃない」
「うふふ、イネスにも早く良い人が見つかればいいのにね」
「自分だっていないくせに」
「あら、いいのよ。私は族長だから」
「良くないだろう。族長だからこそ早く子を成せ」
「まあ、イネスたっら厭らしい。本当に早く良い人を見つけないと」
「アニエス!」
一歳しか違わない従兄弟だから遠慮がない。面倒事と思われたが問題なく終わったことで安堵感からじゃれ会う二人だった。
探査車の方へと向かっていたレンヌにアルテミス1から連絡が入った。ゴーグルの縁が赤く染まる緊急通信だ。
「艦長、森の外で争っている者がいるようです。映像を確認したところ、片方はエルフの特徴を持つ二人の女性です」
「探査車に近い場所なのか?」
「いえ、探査者からは離れた場所です」
「アルテミス1、ゴーグルのマップに場所を表示した後、現場までの案内を頼む」
「了解しました。マップに矢印で道順を表示します。そこから走って10分くらいの距離です」
「わかった。リアルタイムの画像を送ってくれ」
レンヌはゴーグルの端に映る画像を確認しながら走った。そこには、緑色の長髪と尖った長い耳の特徴を持つ二人の若い女性が映っていた。武器を持った十数人の男たちがエルフの女性たちを囲んでいた。静止衛星の画像なので音声は無い。ただ、映っている男たちの姿と人相から判断すれば悪人であるのは間違いないとレンヌは判断した。
『人は見た目が100%』とレンヌは思っている。
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