第10話「奴隷商人」
森から出たレンヌの目の前には、男たちが密集していた。
森の木を背にして男たちと対峙していたエルフの女性たちは既に囚えられているようだ。男たちに囲まれて地面に横たわっている二人の女性が見えた。
「何だ、お前は?」
レンヌに気づいた男が怒鳴った。それは、自分たちに都合が悪い現場を見られた者がごまかすためにする所作だ。大声で威圧することで自分の悪行を有耶無耶にする行為だ。
レンヌは直感した。
『こいつらは悪人だ。そして、美人はいつも正義だ』
委細構わずレンヌは無言で近づく。犯行現場を見られた男たちは怒鳴りながら剣や斧で攻撃してきた。
「正当防衛成立だ。アルテミス1、攻撃開始! 」
一瞬、間を置いてからレンヌは付け加えた。
「ただし、殺さずに行動不能にしろ」
「了解しました」
この様子は、レンヌの行為の正当性を証明するものとして静止衛星に録画されていた。
アルテミス1が返事を言い終えるのとほぼ同時に、四機のアストロンと上空で待機していた二機の武装大型ドローンからレーザーが発射された。空中からとつぜん現れた複数のレーザー光が男たちを次々と倒していく。
「なんだ、コレは!」
何も無い場所から攻撃を受けて、男たちはただ狼狽えるだけだった。
数秒後、襲撃してきた男たちは、全員が肩や足を撃ち抜かれて地面に倒れていた。
馬車に隠れて、その状況を見ていた太った男は驚きのあまり目を大きく見開いた。
「何だアレは? 空中から飛び出してきた光が攻撃するなんて!」
しかし、次々に倒れていく傭兵を見て男は一つの結論を出した。
「魔法か! あれは光魔法なのか?」
敵わぬと思った男は馬車を降りて慌てて逃げ出した。
しかし、静止衛星で状況を確認していたアルテミス1が、それを見逃すはずもない。アストロンのレーザーで太腿を撃ち抜かれた男は地面に倒れる。
「抵抗すれば命は無い」
とのレンヌの声を聞き、男たちは諦めて武器から手を離した。
女性たちのもとに駆けつけたレンヌは、警戒させないように優しく声をかけた。
「大丈夫ですか?」
しかし、女性たちからの返事は無かった。違和感を察したレンヌは叫んだ。
「アルテミス1!」
レンヌに呼ばれたアルテミス1は即座に反応する。アストロンに指示を出して女性たちの血液を分析させたのだ。
アルテミス1に、細かい指示は必要ない。ある程度の自己判断が許容されているからだ。それは、疑似人格を持つ最新式のAIだけが許されたものだった。
「艦長、睡眠薬の成分を検出しました、薬効を中和しますか?」
「アルテミス1、頼む」
反重力浮遊式護衛ロボット『アストロン』には、護衛対象者が異常事態に陥った時の用意として、状態異常の原因検出と回復のための装置が組み込まれている。
数分後、エルフの女性は二人とも意識を取り戻した。
周囲を見回し、男たちが倒れているのを確認したエルフの女性たちは安堵の表情を見せる。
「あなたが助けてくれたのですか?」
「はい。たまたま通りかかったので」
静止衛星の情報です、とは言えないレンヌは心苦しいが嘘を言うしかなかった。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。私はエルフの里の戦士アスカと申します」
「私はラトゥです。本当にありがとうございました」
「俺はレンヌです。ところで、この男たちをどうしたらいいでしょうか?」
レンヌはこの星の知識がまだ充分ではないので女性に聞いたのだ。
「あそこにいる太った男はたぶん奴隷商人です。他の男たちは雇われた者だと思います」
「奴隷商人?」
「はい。エルフの女たちは器量が良いので高く売れる、と言っていました」
「誘拐した者を奴隷にできるのですか?」
「あの者は正規の奴隷商人ではなくて、たぶん闇の奴隷商人です。彼らは『従属魔法』を使い逆らえないようにするのです」
『従属魔法?』
聞き慣れない言葉だが、魔法という言葉を最近見た記憶があった。
レンヌは冒険者ギルドの資料室で閲覧した文献を思い出した。
『あの中に、魔法に関するものが確かにあった。それにエルフの里のイネス戦士長も魔法結界とか言っていた』
「アルテミス1。魔法に関する情報を最優先で収集しろ。キーワードは『魔法』だ」
「了解しました」
アルテミス1は現在街中で情報を収集している調査用小型ドローン四機に加えて、更に十機を地上に降ろした。
「それなら街に連行して兵士にでも引き渡せばいいのでしょうか?」
レンヌの問いかけにアスカが答える。
「エルフの里に他の種族を入れる事は禁じられているので、それしか方法が無いと思われます。怪我人を放置する訳にもいかないので」
レンヌは男たちを見た。
「十五人か、しかも全員が怪我をして歩けないし」と呟いた。
レンヌの視線の先に馬車があった。一台は傭兵を乗せて来たと思われるもので荷台が空の馬車だった。もう一台は四頭引きの立派なもので中には鉄の檻が設置してあった。
レンヌは太った男の傍に行って聞いた。
「あの馬車の中のものは何だ?」
レンヌが指差す方を見た後に、男は答えた。
「あれは鉄の檻です。捕まえた奴隷を入れておく物です」
「お前はやはり奴隷商人か?」
「はい、私は領都が発行しているトリニスタンの正式な鑑札を持っている正規の奴隷商人で、ゴダールと申します」
「正規の奴隷商人? 正規の奴隷商人がエルフを捕まえて強制的に奴隷にするのか?」
怒りの表情を見せるレンヌに怯えながらもゴダールは答える。
「エルフはこのロワール王国はおろか、どこの国にも属していないので大陸の法は適用されないのです。だから、法律上の扱いは動物や魔物と同じなんです」
レンヌはアスカを見た。
「はい。エルフは妖精族なので大陸のどの国にも属していません。この大陸には人族の国しかないので」
「それよりは貴方様の行いの方が国の法を犯しているのですよ」
ゴダールは状況が有利になったと判断して強気に出た。
レンヌは悩んでいた。
『確かに、法律に照らせば奴隷商人の行いは違反していない。対して、俺が奴隷商人たちを傷つけたのは事実だ』
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
ゴダールは勝ち誇るような笑みを浮かべてレンヌに聞いてきた。
「レンヌだ。トリニスタン支部で冒険者をしている」
「ほう、冒険者を。ならばこの件が明るみに出たら冒険者資格を剥奪されますな」
ゴダールの嫌らしい笑みに嫌悪感を抱いたレンヌは吐き捨てるように言った。
「何が言いたい」
「私どもとしてはレンヌ様から受けた攻撃による治療費と慰謝料の請求をしたいと思っています」
「治療費と慰謝料だと? いくら必要だ」
「十五名全員の治療費と慰謝料、合わせて金貨150枚が相当かと」
その言葉を聞いてアスカとラトゥが声を荒げる。
「馬鹿な事を言うな。金貨十枚あれば半年は暮らせる額だぞ」
「そうだ、暴利にも程がある」
「それはエルフの価値観です。物価が高い領都では三ヶ月も暮らせませんよ」
ゴダールの言い分にレンヌは口をはさむ。
「それでは、お前たちの傷が治るまで三ヶ月も必要だと言うのだな」
「左様でございます」
「ならば怪我人を全員ここに集めろ」
レンヌの前に全員が揃う。
「アルテミス1!」
レンヌは口元を隠してアルテミス1を呼んだ。
「承知しました」
「痛っ!」
「なんだ、チクッとしたぞ」
男たちは文句を言うが、自分たちの傷を見て驚く。
「治った!」
「傷が無い」
「これは、驚きました。傷と痛みが消えました」
透明化した四機のアストロンが医療用のナノマシンを男たちに注入したのだ。
貴重で高価な医療用のナノマシンを使わされた事でレンヌは怒っていた。
「さあ、傷は消えたぞ。どうする?」
ゴダールは返答できなかった。いきなり傷が消えるとは思っていなかったし、その治療方法も分からなかった。頭の中で考えが交錯していた。
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