第34話「冒険者ギルド本部」
アルテミス1は気合を入れていた。最近、子供たちが「アルテミス母さん」と呼んでくれるのが嬉しくて堪らないのだ。
「これが母性愛というものでしょうか?」とアルテミス1の疑似人格は感激していた。
アルテミス1は一人十着、十人分で合計百着の子供服をそれぞれに合わせて作り上げた。もっとも、型紙を作ったのはアルテミス1でも裁断したのは裁縫ロボットだった。
同時進行で制作しているベッドと寝具も順調に仕上がっていた。ベッドの外枠は針葉樹で造った。内側には、スチールネットの上にスプリングネットのマットレスを採用した。寝具は羽根枕と羽根布団だ。通気性と保温性に優れている。
アルテミス1はレンヌの要望で浮遊式運搬器を造った。大中小の三種類を造ったのは、レンヌが冒険者ギルドで金貨を運ぶのに苦労したからだ。用途に合わせて幾つか用意した。
大型浮遊式運搬器に服を詰めて、中型運搬器には子供たちの好物を入れた。冒険者ギルドに貰った金貨は小型運搬器に収めてある。王都でお金が必要になった時に使うためだ。
「用意が出来たら出発するぞ」
子供たちが揚陸艦に乗り込んだのを確認して、最後にレンヌが乗艦した。この後、揚陸艦にルーベンスとゴランを乗せてから王都に向かう。
大人三人、子供十人を乗せた揚陸艦は、トリニスタンから王都に向かって街道の上空を飛ぶ予定だ。とうぜん、ステルス状態で透明化する。
結局、揚陸艦だけでは十二もあるベッドを運べないので、一隻だけ完成していた運搬船を使った。運搬船はオートパイロットだがステルス機能を実装していないので、人の目では見ることが出来ない高高度を行く。街灯などの照明がない王都の夜は暗いので、夜間にこっそりと侵入することにした。
闇組織の総首領が精鋭二十名を引き連れて王都の南門を出た少し後に、レンヌたちを乗せた揚陸艦がその上空を通過した。
揚陸艦はアイシス伯爵邸の庭の上空で補助エンジンを始動させてゆっくりと高度を下げた。そして、生命反応が無い事を確認した後に、ステルスを解除してから無音で着陸した。
前もってアイシス伯爵に通信機で告げてあったので、伯爵が玄関前で待っていた。
レンヌたちが降りて来ると、伯爵は前に進み出た。
「よく来たね、ゆっくりしていってくれ給え。生憎と、妻は国の仕事で地方に行って留守なんだ。戻って来たら改めて挨拶をさせるよ」
「アイシス伯爵、しばらくご厄介になります。奥様とお会いできるのを楽しみにしています」
「アイシス伯爵様、おはようございます。お世話になります」
レンヌの横に並んだ子供たちが一斉に頭を下げ、声を揃えて挨拶をする。
到着前に、アルテミス1が仕込んだものだ。
それぞれに着飾った可愛い子供たちの挨拶は、周囲の大人たちに好評だった。
「さあ、中へどうぞ。お茶とお菓子を用意させています」
アイシスの言葉を聞き、子供たちは声を上げて喜んだ。
アイシス伯爵が十人もの名前を覚えるのは大変だろうと思ったレンヌは、子供たちの名前を書いた名札を首に掛けさせた。男の子はブルー、女の子はピンクのストラップにした。
アイシス伯爵邸で豪華な晩餐の歓迎を受けたあと、お風呂を使わせてもらった一同は気持よく眠れた。
翌朝、ルーベンスは王都到着の報告をするために王城に向かった。明日からの予定を決めるという役目もあった。
ゴランとレンヌはロワール王国冒険者ギルド本部へと向かった。
アイシス伯爵から馬車を借りて、一同はそれぞれの目的地に移動した。
伯爵の屋敷がある貴族地区から冒険者ギルドの本部までは少し遠い。レンヌは馬車の窓から王都の景色を眺めた。ストラスブール王国とは道路や建物の様式が違うのを見て楽しんでいた。
アイシス伯爵を通して事前に面会予約を取っていたので、その時間に合わせて本部に来た。本部の建物はトリニスタン支部の三倍はある大きさだった。前を行くゴランに続いてレンヌは本部の入り口を通る。
「トリニスタン支部のゴランだ」
名前を告げると一番奥にいた男性が右手を挙げて、大きな声を出しながら歩いてきた。スキンヘッドが少しだけ光っていた。
「よう! ゴラン。久しぶりだな」
ゴランも手を挙げて言葉を返す。
「元気にしてたか、ライオス」
「お前こそ元気そうで何よりだ、ゴラン。グランドマスターに面会なんだろ、案内するよ。おっと、その前に挨拶しなきゃいけないな。二十年ぶりの1級冒険者に」
そう言ってライオスはレンヌの前に進み出た。
「お初にお目にかかる。ロワール王国冒険者ギルド本部でサブグランドマスターを務めるライオスだ。随分と若いんだな」
「トリニスタン支部のレンヌです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いするよ。では、案内しよう」
大きな本部の建物なのに、三階のフロアーには部屋が二つしかないような感じだった。真ん中の通路を歩き、ライオスが右の部屋の扉をノックする。
「はい」という女性の声が聞こえ、暫くして扉が内側に開いた。
「ナターシャ、ゴランとレンヌ君だ」
ナターシャは金髪碧眼の美人だった。細い体にミニのタイトスカートをはき、上下揃いの灰色の服で纏めていた。しかし、アニエスとイネスを見慣れているレンヌだから、表情筋は微動だにしなかった。胸はアニエスより小さく、お尻はイネスより大きかった。
「どうぞ、中にお入りください」
ライオスが大きなソファーに二人を案内する。ゴランとレンヌは二人掛けのソファーに座った。ナターシャは扉を閉めてからお茶の用意を始める。
「わざわざ、ご足労願って申し訳ない。いや、座ったままでけっこう」
身長が2メートルを超える大男が、机を回り込んでソファーのほうへと歩いてきた。そして、一つだけ特別に大きい一人がけのソファーに座った。ソファーが悲鳴を上げたような気がした。
「俺がグランドマスターをしているドリアンだ。久しぶりだな、ゴラン。そして、初めましてレンヌ君」
「お久しぶりです、グランドマスター」
「初めまして、グランドマスター。宜しくお願いします」
ゴランが丁寧な言葉を使ったので、レンヌは驚くと共にドリアンの人物評価を一段階上げた。
「さっそくだが、スタンピードの報告を聞かせてもらえるか」
「わかりました」とゴランが返事をして、報告を始めた。
「そして、これが報告書です」
ゴランが差し出した報告書を手に取りドリアンは言った。
「それにしても大変だったね。そして、この国の危機を救ってくれてありがとう」
ゴランとレンヌは軽く頭を下げた。
「いえ、この国に登録している冒険者として出来る事をしただけです」
「ところで、レンヌ君が使ったという魔道具を見せてもらう事は可能だろうか?」
ゴランが頷いたのを確認してレンヌは言う。
「魔道具を見せる事はできませんが、証拠を見せる事はできます」
「証拠?」
ドリアンは意味が分からずに聞き返した。
「そこの壁をお借りしても宜しいですか?」
「壁を? ああ、構わない」
『始まったぞ。さて、二人はどんな顔をするかな?』
ゴランは俯いて表情を隠したが、肩が震えていた。
部屋の白い壁にスタンピードを討伐した時の映像をだし、同時に音声を流した。
「ウオオオ!」とライオスが叫んだ。
「なんだとう! いったいなにが起きたんだ?」
ドリアンは、勢いよくソファーを倒して立ち上がった。
地面を埋め尽くす大量の魔物が一瞬で消滅し、後ろに聳え立つ山が消失したのだ。
見たこともない動画よりも、一瞬で全てを終わらせた事実にドリアンとライオスは驚愕した。
そして、二人は同時にレンヌを見た。その顔は酷く青ざめていた。
『バケモノ』とライオスは内心で呟く。
『これほどの破壊力、敵に回したくないものだ』
ドリアンは畏怖し、それを悟られないように表情を抑えた。
証拠の映像が終わったあと、言葉を発する代わりに二人は何杯もお茶を飲んだ。どう対応すればいいのか分からなかったのだ。
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