第26話「ダンジョン調査」

その頃、レンヌは冒険者ギルドを出て拠点に戻っていた。そこにイネスからの連絡が入った。

知らせを受けたレンヌは通信機のチャンネルをゴランに合わせた。他の人に渡してあるのは子機なので操作は不要だが、レンヌが持っているのは親機なので子機に送信する時はチャンネルを合わせる必要があった。

受信はオープンチャンネルなので操作の必要はない。送信もオープンチャンネルにできるが、それだと全員に送信される。だから、特定の人と話す時は個別チャンネルを使うのだ。


詳しい情報が欲しいとゴランが言うので、揚陸艦でダンジョンと森の調査に行く事になった。ダンジョンのことは冒険者ギルドでも把握していた。ゴランの話によると、ダンジョンは十階層で構成されている。ダンジョン内の魔物の種類も判明しているが生息数は不明だと言う。まだ、七階層までしか到達してないから、そこから先の詳細は不明らしい。


 冒険者ギルドを出る前にサブマスのグレイにも通信機を貸与してくれとゴランに頼まれた。前回の王都行きの時に連絡が取れなくて、かなり文句を言われたようだ。


とりあえずは、空から偵察を行うことにした。ダンジョンの側にある森の上空で、揚陸艦を空中で停泊させて五機の小型ドローンを降ろす。

透明化したドローンのうち三機がダンジョン内部を調査する間に、残りの二機と静止衛星で森の中を調べた。


アルテミス1から情報がもたらされる。レンヌはゴランにも聞こえるようにとスピーカー放送にした。

「レンヌ様、サーモグラフィシステムの調査結果では、現在森の中に三百の生命反応があります。資料との照合により、生命体はオークと判明しました。小型ドローンの映像を映します」

 ゴランにも聞こえている状況なので、アルテミス1はいつもの「艦長」の呼称を使わなかった。


  レンヌはゴランが理解できるように説明する。

「ギルマス、森の中に三百体のオークがいます」

「三百だと! オークが三百体もいるのか?」

ゴランはレンヌの顔を見ながら声を荒げた。その距離があまりにも近いので、レンヌは両手でゴランの顔の接近を塞ぎつつ自身の顔を逸した。


 揚陸艦のモニターにドローンからの映像が映し出された。そこには、無数のオークの巨体が画面いっぱいに映っていた。


 ゴランの接近から逃れたレンヌは、無言でモニターを指差した。話に気を取られていたゴランは、改めてモニターを見て顔を強ばらせた。


「はい、間違いなく三百体います。後はダンジョン内部の調査次第ですね」

レンヌの言葉が途切れた直後にアルテミス1から報告が入った。

「レンヌ様、ダンジョン内部は光が無いため光量増幅装着が使用出来ません。超音波形状調査装置と非接触型熱量感応装置を使用します」


 モニターに、白線だけで描かれたダンジョンの立体地図が表示された。同時に、マップ上には数え切れないほどの赤い点が浮かんだ。

「うわっ! 何だこれは?」

 レンヌは無数に表示された赤い点を見て、思わず声を上げた。点というよりは面になっていた。


 そこに、アルテミス1の通信が入る。

「現在、千五百体を超える魔物が確認されていますが、調査範囲を広げると更に総数が増えると推測されます。最終総数は五千体を超えると予測されます」

「五千体だと!」

 また、近寄ってくるゴランを両手で牽制しながらレンヌは言う。

「ギルマス、それはあくまで予測の範囲ですから確定ではありません」

「だが、可能性が有る話なんだろう?」

「そうですね」

落ち着いた口調で平然とした顔のレンヌを見て、ゴランは感情が高ぶった。

「お前な、安穏としている場合じゃないぞ! 五千体もの魔物に襲撃されたら領都は全滅するぞ」


 興奮しているゴランをよそにアルテミス1から通信がはいる。

「レンヌ様。骨格等を資料と照合した結果、今の調査時点におけるダンジョン内の魔物種類が判明しました」

現在、小型ドローンはダンジョンの最下層付近まで到達していた。

「報告してくれ」

「はい。ゴブリン千体、コボルト千体、ブラックウルフ千体、オーク七百体、オーガ五百体、トロール五百体、レッサードラゴン三百体が確認されました」

「レッサードラゴンって、レンヌ。そいつはBランクだぞ。オーガとトロールも、このあいだお前が倒したゴブリンキングと同じCランクだ。それが、今回は一体じゃなくて千体以上もいるのか」


 興奮して声が大きくなるゴランに、レンヌはお茶を差し出した。お茶を一気に飲み干して冷静さを取り戻したゴランは、近くにあった椅子に腰を落とした。ドスン、という音がして、椅子が激しく軋んだ。

「新しい領主次第だが、王国軍の出動を願うしか手立てが無いな。クソっ!」

 ゴランは顔を歪ませて、吐き出すように言った。

「もし、王国軍に応援を頼めば王太子に借りを作ることになりますね」

 スタンピードは国の最大の懸念であるため、王国軍が出動する事態になれば王太子が陣頭指揮をとる可能性があった。

「そうだ。それが問題なんだよ。だが、トリニスタンに住む領民の命には変えられん」


 そう言って、顔を伏せたゴランが、急に顔を上げて言った。

「いや、待てよ。アイシスに頼めば何とかなるかもしれん」

「アイシスさんがダンジョンに特攻するんですか?」

「いや、いくらアイシスでも五千体の魔物を相手にはできん。あいつは物理特化だからな」

「それじゃあ」


「あいつの女房だよ」

「アイシスさんの奥さんですか?」

「そうだ、王国軍魔術師団の師団長をしている。ちなみに大魔道士の称号を持っているほどの魔法特化だ。しかも範囲魔法が得意ときている」

『俺だけでは力不足だ。だが、前衛のアイシスと後衛のアイリーンが一緒なら、討伐できるかもしれない』とゴランは思った。


「だけど、いくら師団長でも、勝手に王国軍を使うことは出来ないでしょうし、王国軍に所属している以上は師団長も勝手に動くことは出来ないんじゃないですか?」

「ああ、そうか。国の許可が要るわな」

「結局、王太子の介入を呼ぶことになりますね」

「そうか。だめか」


 レンヌはスピーカーをオフにして、ゴランに気づかれないようにアルテミス1に聞いた。

「アルテミス1、武装大型ドローンで洞窟を潰せるか?」

「艦長、武装大型ドローンの主砲を出力全開で発射すれば、山脈全部は無理ですが山一つくらいなら丸ごと粉砕できますよ」

「別に山全部を粉々にしたい訳じゃない。洞窟だけでいいんだよ」

「可能です」

「わかった。ギルマスと話してみる」

「了解しました。できればテストも兼ねて出力全開でお願いします。跡形も無く消失してみせます」

「いやいや、しなくていいから!」

『アルテミス1が過激だ』

 アルテミス1の疑似人格の暴走が酷くなる一方なので、ますます不安になるレンヌだった。


「ギルマス」

「うん? 何だ」

 元気が無い声で返事をするゴランにレンヌは提案した。

「じつは、俺が持っている魔道具を使えば洞窟を潰す事が可能です」

「えええ! 本当か、レンヌ。嘘じゃないだろうな?」

「本当です。ただ、問題があります」

 ゴランは一瞬表に出した笑みを引っ込めてから、真顔になって言った。

「何の問題が?」

「俺が、そんなに強力な魔道具を持っていると外部の者に知られたら」

「その力を利用しようとする者が現れるか」

 ゴランは俯きかけた顔を持ち上げて、力強く言う。

「じゃあ、外部に知られる前にやるしかないな! その代わり、すまないがお前の功績として公表できないぞ」

「構いません。功績が欲しい訳じゃないんで」


そこまで言って、ゴランは気づいた。

「レンヌ。お前はダンジョンに入った事があるか?」

「いえ、ありません」

やっぱりな、という顔をしてゴランは落胆した。

「レンヌ、ダンジョンを潰すことは不可能だ」

「えっ! それは何故?」

「ダンジョン内部は生き物と同じでな。洞窟を破壊しても瞬時に修復されるんだよ。ダンジョンコアを破壊しない限りは洞窟を潰すことは不可能なんだ」

「そうなんですか? 知りませんでした」

「だから、洞窟の入り口を塞ごうが、洞窟の一部を破壊しようが無駄なんだ」

「わかりました」

レンヌは肩を落とした。そして、思った。

『エルフの存在といい、魔法や魔物の事といい。やっぱり、未知の惑星には不可思議な事がいっぱい有るな』

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