第27話「代官来たる」
『そうだ、エルフたちの知恵を借りたらどうだろう?』
レンヌは思い立ってゴランに相談した。
「ダンジョンの近くに長く住んでいるエルフの里の人たちなら、何か知っているかも知れません」
「そうだな。何百年も生きると言われているエルフなら、知り得る事も多いだろう」
ゴランの賛同を得たので、エルフの里の族長と戦士長を呼んで会議をすることにした。その事をイネスに連絡したところ、ゴランをエルフの里に入れる事はできないとイネスは言った。他種族の者をエルフの里に入れる事を禁じた掟があると言う。レンヌのように同族を助けた者なら別だが、今まで他種族の者をエルフの里に入れた前例が無かった。
結局、レンヌの拠点で会議をすることが決まり、監視用の小型ドローンを一機だけ置いてエルフの里に向かった。静止衛星でも監視はしているが、ダンジョンの入口に監視機器があった方が、より詳しい情報を入手できるとレンヌは考えた。
エルフの里のいつもの広場に着艦したあと、アニエスとイネスを乗せる。二人が乗艦して顔を合わせた途端に、ゴランはいきなり頭を下げて陳謝した。
「国が悪いのであって、冒険者ギルドのせいでは無い」とアニエスとイネスは言った。それを聞いて、ゴランは心のつかえが取れたようだ。
ものの数分で揚陸艦は目的地に到着し、レンヌたちは揚陸艦から降りて拠点に向かった。
その頃、王都から領都トリニスタンに向かって早馬を飛ばす者があった。新しく代官に任命されたルーベンスと護衛の騎士四名である。
トリニスタン辺境伯爵を本家とする一族の中でも『勤勉だが変わり者』として評判の男だった。分家の分家の更に分家という、ほとんど他人みたいな血縁である。
しかし、人口二十万人を擁する領都はロワール王国でも大都市になる。それほどの大都市を任せられる才能を持つ者が、一族の中にもルーベンスの他にはいなかった。
「ルーベンス様。そんなに飛ばしては、馬が持ちません。もう半日ほどで領都に着くので、ここらで休憩を入れて馬を休ませましょう」
「そうですか。馬が倒れては、元も子もありませんね。では、休憩にしましょう」
夜明けと同時に移動を始めた一行は、まだ昼前だというのに予定よりも距離を稼いでいた。しかし、ルーベンスには一刻も早く到着したい理由があった。
『白壁山脈の近くの森で、百体以上のゴブリン集落の発見とゴブリンキングの討伐ですか。それが、本当なら山脈のダンジョンに異変があると見ていいでしょう。異変の内容次第では領都が危険です』
ルーベンスは領都の代官の話が持ち込まれた時点でトリニスタンの情報を集めた。その過程で、ロワール王国冒険者ギルド『トリニスタン支部』からの情報を知ったのである。
『勤勉だが変わり者』とは、言い換えれば『貴族らしく無い切れ者』というもう一つの意味を持っていた。
拠点の家の前に立ち、ゴランはレンヌに聞いた。
「これが、例の勝手に建てた家か?」
「でも、今回の件が片付いたら別の場所に移るつもりです」
「当ては有るのか?」
「いえ、当ては有りませんが前にギルマスから聞いた、どこにも所属していない土地に行こうと考えています」
話を聞いていたアニエスがレンヌに尋ねた。
「何の話をされていらっしゃるの?」
更にイネスが聞く。
「どこかに移るとか?」
「いや、ここでは何ですから家に入って話をしましょう」
レンヌに促されて全員がレンヌの後に続いた。
「レンヌ父さん、おかえりなさい」
「おかえりー」
「レンヌ父さん、おかえりー」
「おかえりなさい」
「おかえりなちゃい」
最年少で六歳のクロエが噛んだ。
クロエが恥ずかしそうにピンクのワンピースの裾を掴んでいる。その姿を見たアニエスとイネスが同時に叫んだ。
「可愛い!!」
イネスがクロエを抱き上げて、アニエスが頭を撫でている。
「私も、こんなに可愛い娘が欲しいです。レンヌ様」
レンヌの顔を見ながらアニエスはそう言ったあと、レンヌの困ったような表情を見て小首を傾げた。そのすぐ後に、自分の言葉が、別の意味を持つ事を理解して顔を赤く染めた。
イネスは気づかない振りをしてクロエに頬ずりをしている。
「モテますね、艦長」
嫌らしい言い方をわざわざ合成音で作ってまでして、アルテミス1が弄ってくるのでレンヌは天を仰いだ。
「レンヌ、お前。結婚してたのか?」
「結婚していても子供の数が多すぎるだろう。ゴラン殿」
目の前に並んだ十人の子供たちを指してイネスが言う。
「ああ、レンヌが助けた子供たちか」
「そうです。俺が父親代わりなんで」
『もっとも、この呼名はアルテミス1が子供たちに教えたものなんだけど』
とレンヌは内心で呟いた。
「どう呼べばいいですか?」と相談されたアルテミス1が『レンヌ父さん』呼びを推奨したのだ。親を失くしている子供たちの心を少しでも癒せるならと、レンヌは了承した。
「大事な会議があるから」
と子供たちに部屋で過ごすように言って、レンヌは食卓についた。十二人は座れる広い食卓だから四人は片方の端に集まった。
子供たちの世話をするためにアルテミス1が製造した、家事専用ロボットがお茶とお菓子の準備をしてくれた。
「これも魔道具」と言い張るレンヌに、驚き慣れた一同はもう何も言わなかった。
お茶を一口飲んでからイネスが聞いてきた。
「レンヌ殿。スタンピードの時期は、いつ頃になるだろうか?」
「俺もそれが気になるが、予測がつくものなのか?」
レンヌは既に、アルテミス1に論理演算と比較演算の処理をさせていた。しかし、如何に次世代型積層式人口知能であるアルテミス1でも、情報不足では明確な予測ができなかった。
「これはあくまでも予測の域を出ないものですから当てにしないでください」
と前置きをして、アルテミス1に聞いた予測をレンヌは口にした。
「24時間後から72時間以内にスタンピードが起こると予測しています」
「つまり、レンヌの予想では二、三日以内と見ているんだな」
「そうです。あくまで予測の範囲ですけど」
「それでは明日中に対策をたてないと間に合わないのでは?」
イネスは不安な顔つきをして言った。
その時、レンヌの通信機にグレイから連絡がきた。
「レンヌです。グレイさんですか?」
子機のチャンネル番号を見れば誰に貸与したものかは分かるが、本人が使っているとは限らないからレンヌは確認したのだ。
「はい、グレイです。レンヌさん、ギルマスをお願いします」
レンヌが2級に昇級した時からグレイはレンヌに対して丁寧な言葉を使うようになっていた。2級の冒険者はソロでCランクの魔物を倒せる実力を持っている。冒険者ギルドにすれば稼ぎ頭なのだ。それだけ優遇される立場にいる。
レンヌは「グレイさんです」と言って、親機をゴランに渡した。
「グレイか、俺だ」
「ギルマス。さっき、新代官が領都に到着しました。それでギルマスに重要な話があるので至急会いたいとのことです」
「なんだ。重要な話って?」
「どうしました?」
レンヌはゴランに尋ねた。
「新代官が領都に到着したようだ。それで、重要な話があるから俺に会いたいと言っているらしい」
「それは、都合がいいかも知れません。このメンバーで行って、もし話が分かる人ならスタンピードの事を話しましょう」
「そうだな、どうせ一度は会う必要があるんだ。いっそ、このメンバーで行ってみるか?」
「グレイ、新代官の所に行って、エルフの里の族長と戦士長、それにレンヌも同行すると伝えて許可を貰ってくれ」
「分かりました、早急に全員の面会予約を取ってきます」
通信を終えてゴランはレンヌに通信機を返した。そのあと顎に手をやって言った。
「さて、どんなやつだろうな?」
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