第28話「代官」

 暫くして、面会の許可が取れたとグレイから連絡が入った。全員揃って領主の本邸に来て欲しいとの伝言だった。現在、領主屋敷は空き家なので、ルーベンスが居住することになっていた。

「時間が無い。レンヌ、領主屋敷の庭に揚陸艦を降ろしていいぞ」

『大丈夫かな?』とレンヌは思ったが、ゴランの言う通りにした。


 揚陸艦を拠点の前に着艦させ、領都にある領主の屋敷まで飛ぶ。領主屋敷で待機していたグレイに連絡して、庭への着艦を代官に知らせた。

「乗り物が玄関前の庭に降りてきます」

「乗り物が庭に降りる?」

 ルーベンスはグレイの言う意味が理解できなかった。しかし、伝える側のグレイも理解していないので、ゴランに言われたままに伝えるしかない。


 街中を飛ぶ時は透明化していた揚陸艦のステルス状態を、庭に着艦する寸前に解除した。見える状態にしておかないと、着艦態勢に入った揚陸艦の下に人が入っては困る。

「空から降りてくるそうです」

 と聞いたルーベンスと護衛騎士たちは、首を捻りながら屋敷の玄関前に出た。そして、全員で前庭の上空を見上げた。

『空から降りてくる乗り物?』

 ルーベンスの理解の範囲を越えた言葉に、彼は戸惑いながらも到着を待った。乗り物が空を飛ぶという発想がこの惑星の住人には無かった。


「今から降りると連絡がありました」

 報告を聞いたルーベンスは、小さな黒い箱と会話しているグレイを見て訝しんだ。

 とつぜん、大きな声が上がった。

 ルーベンスは、皆が見ている方へと顔を動かした。

「なんだ、あれは?」

「デカイ!」

「馬車の数倍はあるぞ」


 ルーベンスたちから離れた場所に、揚陸艦が音もなく降りた。ルーベンスが近寄ろうとしたその時。とつぜん壁の一部が開き、ゆっくりと倒れてきた。驚いたルーベンスは思わず後退った。壁はそのまま地面まで倒れて、中から階段が現れた。すぐに、レンヌたちが階段を下りてきたので、ルーベンスは驚愕のあまりに声を失った。

『中から人が!』

と、声にならない声で叫んだ。

 いちはやくルーベンスを見つけたレンヌは、声も出さずに口パクする姿を見て『金魚の酸欠』と言いそうになった。もし、声に出していたら、アルテミス1にきっとこう言われただろう。

「ジェスチャーゲームかよ!」


 レンヌたち四人はルーベンスの前に並んだ。

「新しいご代官殿ですかな?」とゴランは尋ねたが、ルーベンスからの反応は無かった。

ルーベンスは目の前に立つアニエスとイネスの美しさに心を奪われていた。

「代官殿!」

 少々大きな声を出してゴランが呼びかけると、ルーベンスはやっと我に返った。

「あっ! あ! 申し訳ありません。こんなに美しい女性を見たのは生まれて初めてだったもので」

 ゴランの声を聞いて焦ったルーベンスは、思った事がそのまま口から出てしまった。


「まあ! お上手ね」とアニエスは微笑み、イネスは「ふん」と鼻で返事をした。イネスは強い男を尊敬するが軟弱なタイプの男が嫌いだった。

 ルーベンスはお世辞にも体格が良いとは言い難く、どちらかと言えば細身だった。金髪碧眼だが、頬がこけた顔は頼りない印象が強かった。


「お初にお目にかかります。エルフの里の族長をしております。アニエスでございます」

「同じく、戦士長のイネスだ……です」

 慇懃な態度で接するアニエスとは対照的に、無愛想な態度のイネスを見てレンヌは苦笑していた。

『性格の違いがよく出ているな』と思い、俯いて表情を隠したあと小さく笑った。

「初めまして、代官殿。領都の冒険者ギルドのマスターを務めているゴランです」

 さすがのゴランも初めて会う代官には丁寧な挨拶をした。ルーベンスの後ろに立つグレイが嬉しそうな顔で二度頷いた。

「冒険者ギルド『トリニスタン支部』に所属する2級冒険者のレンヌです」


「おお! 貴方がレンヌさんですか? 初めまして、新しくトリニスタンの代官に任命されたルーベンスと申します」

 ルーベンスがトリニスタン辺境伯爵の遠縁だとの情報しか持っていなかったので、レンヌは心の中で少しだけ身構えた。

 そこで、ゴランは言った。

「ところで代官殿、私に重要な話があると聞いたのですが?」

「そうなんです。是非とも私の話を聞いてください。でも、ここでは落ち着かないので応接室の方へどうぞ」


レンヌたち四人とルーベンス、それに護衛騎士四名を含めた合計九名は領主屋敷の応接室へと移動した。


レンヌたちの移動を見送ったアルテミス1は、揚陸艦の壁を収納して浮上させた後に透明化した。現在、揚陸艦は玄関の前庭の上空にある。


 応接室に着いたレンヌたち一行は、ルーベンスに勧められてソファーに腰を下ろした。護衛騎士は入り口のドアと窓の側に二人ずつ立った。


 若いメイドがお茶とお菓子を並べて部屋を出たのを確認したルーベンスは話を切り出した。

「ご足労いただきまして、ありがとうございます。私としてはお尋ねしたい事がいっぱい出来てしまいましたが、それは後回しにして重要なお話をしたいと思います」

 ルーベンスは一人掛けのソファーに座ったまま、居住まいを正して説明を始めた。

「少し前に、白壁山脈の近くの森でゴブリンキングが率いるゴブリンの集落が討伐された事がありました。資料によるとレンヌさんの功績でしたね」

「はい」と言ってレンヌは頷いた。


「ゴブリンキングの出現は、スタンピードの前兆だと推察できる資料があります」

「ほう、それで?」

 ゴランは眉を少しだけ動かして続きを促した。

『おや? 驚かないのか』とルーベンスは思ったが説明を続ける。

「私はスタンピードの恐れ有りと判断して、それを確かめるために急いで赴任してきました」

「中々、良い判断ですな」とだけゴランは言った。

 場の空気が微妙におかしい事にルーベンスは気づいた。


「ゴランさん。ひょっとして、何かを掴んでますか?」

ゴランは小さく頷くと、レンヌの方に顔を向けた。

「代官殿の重要な話がスタンピードの事なら、俺たちが持つ情報も出す必要があると思う。そうだろう、レンヌ」

 指名されて、レンヌはルーベンスの方を向いた。

「代官殿、申し訳ありませんが人払いをお願いします」

 一瞬、怪訝な顔をしたルーベンスだったが、すぐに護衛の騎士に退出を命じた。

 そのあと、ルーベンスは応接室のドアの所まで行き、内鍵をかけた。


「これで、宜しいですか?」

「お手数をかけました。それから、そこの壁をお借りします」

「壁を?」

 意味が分からずに一瞬ためらったルーベンスだったが、すぐに許可を出した。

 透明化しているアストロンが壁に映像を映し出し、同時に音声を流した。

「えええ! 何ですか、これは?」

 予想外の出来事にルーベンスは驚きを隠しきれなかった。大抵の事には動じないルーベンスだったが、レンヌが見せたものは彼の想定を遥かに超えるものだった。


「レンヌが持つ魔道具だそうですよ、代官殿」と言ったあと、ゴランは仲間ができたと思った。

『そりゃあ、驚くよな。俺だって驚いたもの。あれは俺たちの想像の外にある道具だからな』

「説明する暇は無いので、先ずは見てください。いま映っているのは白壁山脈にあるダンジョンの側の森です。迷いの森の先にあります」

 壁に映ったのは、数え切れないほどのオークだ。

「これは!」と言って、絶句したルーベンスにゴランが追い打ちをかける。

「驚くのは、まだ早いですよ。代官殿」


「次の映像をご覧ください」

 レンヌに促されてルーベンスは壁を見た。壁には白線で描かれた洞窟のような立体地図が映っている。

「あの赤い点みたいなものは何ですか? レンヌさん」

「いま映っているのはダンジョンの内部を白線で現した地図です。赤い点は生命体、つまり魔物を意味しています」

「あの? でも、真っ赤になった面があるのですが?」

「あれは点が集合して面みたいになっているのです」

「じゃあ。あの赤いのが、全部魔物だと言うのですか?」

「はい、昨日の調査時の総数は千五百体でしたが、十階の最下層まで入れると五千体を超えると推測されています」

「千五百! 総数で五千体ですか? 無理だ。到底討伐できる数じゃない」

 驚くルーベンスに、ゴランが更なる追い打ちをかける。

「代官殿。その内訳を聞けば、もっと落ち込みますよ」

「内訳?」

「はい。ダンジョンにいる魔物の種類ですが、お聞きになりますか?」

 ルーベンスは、聞きたい気持ちと恐ろしくて聞きたくない気持ちが交錯して顔を歪めた。そして、大きく深呼吸をしてからきっぱりと言った。

「止めときます!」


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