第2話「遭難」

 艦長のバルダー准将から乗員に指示があった。

「航法長、到達点の状況を再確認せよ」

「了解、再確認します」

航法長がシステムを操作した途端に目の前のモニターが赤く染まり、同時に激しい警告音が鳴った。航法長が慌てて艦長に報告する。

「艦長! 到達点近辺にエネルギー反応多数」

「正確に報告せよ」

 戦略オペレーターが代わって報告する。

「メインコンピューター『アルテミス1』の推測が出ました。確率99%」

「報告しろ」

「戦艦1、重巡2、軽巡2、駆逐艦5の計10隻です。識別コード、レッド。敵です!」

『どうして試験航行の航路がばれたのだ?』

 バルダー准将の頭に疑問が浮かんだが、今は詮索している場合では無かった。バルダー准将が艦内放送のスイッチを入れて乗員に叫んだ。

「総員。対ショック、対閃光防御。現出した途端に攻撃が来るぞ」

「了解」と、艦橋にいる乗員の緊張した声が重なった。


「艦長、ワープ終了します」

 航法長が大声で艦長に告げる。

「操舵手、現出したら直ぐに面舵いっぱいだ」

「了解」

「到達点現出!」

 航法長が叫ぶ。


「ディジョン星系トルア宙域。アルテミス現出します」

 操舵手が大声で報告した。



 ディジョン星系トルア宙域01-63-52地点の宇宙空間に歪みが生じる。ストラスブール星軍が誇る宇宙戦艦『アルテミス』が姿を現した。それは、暑い日に生じる路面の陽炎のように揺らめいて見えた。


 揺らめきが終わり、アルテミスの姿がハッキリと宇宙空間に現れた。その瞬間に敵艦隊からレールキャノンが一斉に発射された。

「艦左舷より敵レールキャノン、かず10本」

「回避行動、間に合いません。着弾します」

 出現したと同時に回避行動をとった戦艦アルテミスだったが、レールキャノンの到達時間が予測よりも短かった為に回避が間に合わなかった。


 敵艦隊から発射された十本のレールキャノンの内、七本がアルテミスに命中した。しかし、戦艦であるアルテミスの外装甲は硬く、大破することはなかった。だが、艦の左舷装甲に七箇所の損傷を受け乗員の半数が負傷した。

「艦左舷に被弾七箇所。自動消火装置稼働及び自動修復装置始動しました」

 それでも一番威力が大きいトゥルーズ星軍の宇宙戦艦から発射されたスーパーレールキャノンを回避できたのは僥倖だった。


「航法長、緊急ワープだ。急げ! これ以上の被弾は不味い」



「緊急ワープ」と言う艦長の声を聞いて艦橋の乗員は緊張した。緊急ワープは到達点の設定ができないために、何処に出現するか分からない一か八かで行う戦場からの離脱方法だ。万が一、出現先に星などの質量がある物体が存在していた場合は、いかにアルテミスと雖も無事ではすまない。最悪の場合、艦体が爆発する可能性もあった。


「緊急ワープ急げ!」

 艦長がそう言った直後に、探査オペーレーターが叫んだ。

「左舷より敵、レールキャノン。10本です!」

 全員の顔に絶望の色が走る。既に7本のレールキャノンが直撃している。更に、あと10本ものレールキャノンの直撃を受ければ……、いかに大型戦艦と雖もアルテミスは無事ではすまない。最悪、撃沈する可能性もあった。

「レールキャノン、回避できません。被弾します」

「耐ショックぼう…」

 艦長の声に、操舵手の声が被さった。

「緊急ワープ開始!」

「着弾! きゃああぁ」

「うわあぁ」

「ぎゃあぁ」

 艦橋に悲鳴が交錯し、大きな破裂音と衝撃にアルテミスの艦体が震えた。

しかし、ワープは強行されて戦艦アルテミスは宇宙のどこかへと消え去った。





暗い宇宙空間の一角。遠くの恒星の光を受けて一隻の軍艦が浮かんでいる。全長500メートル、全幅60メートルという巨大宇宙戦艦だ。しかし、艦橋の一部は損壊しており、艦の左舷には二箇所の大穴があった。大穴から覗けば、内部にも著しい損壊が見えた。他にも外部装甲に損壊が見られ、主砲や副砲も損傷していた。

 艦底から張り巡らせた円形のソーラーパネルが名も知らぬ恒星(太陽のように自ら発光する星)の光を受けている。

 艦内に照明の灯りは無く、緑色の非常灯だけがその存在を示していた。


艦内に一箇所だけ光がある部屋が存在していた。暗い『メディカルルーム』に設置された医療カプセルの中だけが光っていた。そこに一人の男が眠っている。これは医療用ナノマシンの効果を高めるために睡眠ガスを導入しているからだ。


 睡眠ガスの効果時間は骨折の完治に合わせて30分に設定されていた。

「おっ! 治療は終わったようだな」

 意識が覚醒したレンヌは寝たままの状態で裸の胸を触わった。そして、痛みが無いことを確認してからメインコンピューターを呼んだ。


「アルテミス1」

「はい、レンヌ准尉。ご気分は如何ですか?」

 メディカルルームに明かりが灯り、美しい声が返事をする。コンピューターの合成音声とは思えない音声は、二十代の女性の声に設定されている。

「うん、大丈夫だ。さすがは軍艦の医療ポッドだね」

 戦争の最前線で使うために、軍艦の医療ポッドには最高ランクの物が搭載されていた。


「アルテミス1よりレンヌ准尉へ、ご報告とお願いがあります。どちらを先に聞かれますか?」

「じゃあ、報告から頼む」

『メインコンピューターのAIが俺にどんなお願いをするのか興味深いが、軍人教育を受けた者としては何よりも報告が最優先される』とレンヌは思った。

 王立科学研究所の主任研究員をしてるレンヌは、軍属の立場にあり准尉という階級を拝命している。そのため、軍隊の初等教育を受けていた。


 平民出身で士官学校を経ていないレンヌは一般入隊扱いになるから准尉が最高階級になる。准尉は士官のすぐ下、兵士の上の階級で『下士官』の扱いだ。


 レンヌは成人した15歳の時に試験に合格して軍の技官になった。軍の技官は軍属になり一般兵あつかいだ。新人時代から突出した才能を見せていたレンヌは、17歳の時に王立科学研究所に転属になった。発明するたびに昇進し、最終的には准尉になっていた。その過程で主任研究員の肩書を得たのだ。

 現在25歳のレンヌだが、研究員歴は8年である。二年前に着任した研究所長に、恋人を作る暇も無いくらいに扱き使われていた。周囲の者はレンヌの事を『所長の奴隷』と影で呼んでいた。


「では、ご報告いたします」

 メインコンピューターのAI『アルテミス1』が医療ポッドの中に座っているレンヌ准尉に報告する。

「頼む」

「戦艦アルテミスはワープドライブの試験航法中にトゥルーズ星軍の艦隊と遭遇しました」

「なんだって! それでどうなったんだ?」

 そこで、レンヌはふと気づいた。

『メインコンピューターのアルテミス1と会話しているという事は戦闘は終了したのか』

 そう思い、レンヌは少しだけ落ち着いた。

「それで戦況は?」

「はい、ワープドライブの直後のことだったので、奇襲攻撃を回避する事が難しくレールキャノン七発を被弾しました。直後に艦長の命令で緊急ワープを実施するも、ワープ直前に敵のレールキャノン九発を被弾して艦体は大破しました。しかし、ワープドライブには成功し戦線を離脱。現在に至ります」


「被害状況についての報告を頼む」

「はい。計十六発のレールキャノンを艦の左舷に集中被弾した事により左側面の二箇所が大破、その他にも八箇所を中破しました。さらに、敵戦艦のスーパーレールキャノンの攻撃でメインエンジン近くの後部上甲板が広域に消失、エンジンの一部が損傷しました」

「航行は可能か?」

「メインエンジンの一部が損傷したため安全な航行は不可能です。しかし、艦底後部にある二機の補助エンジンは無事なので針路の変更は可能です」

「それじゃあ、漂流しているのと変わらないじゃないか」

「艦長、それだけじゃありません。本艦は現在位置を把握していない状態なので、簡単に言えば『遭難中』です」

「それは、嬉しくない追加報告だな」

 レンヌはため息をついた。


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