星軍下士官、辺境惑星で建国する!
生名 成
第1話「宇宙戦艦アルテミス」
地球とよく似た環境と生態系を持つ星『ストラスブール』は、地球とは異なる次元に存在していた。
地球よりも数百年は先行する科学文明を持つストラスブール王国は宇宙開発に着手し、枯渇したストラスブール本星の資源を補うべく数多くの植民星に億単位の開拓民を移住させた。
しかし、長い年月を重ねるうちに、植民星から本星に送る資源の扱いや植民星に住む移住者への差別で軋轢が生じる。
年月を経た本星に対する怨嗟は、もはや取り返しがつかない所まで来ていた。
本星から遠く離れた銀河系にある最大の植民星『トゥルーズ』は、同じような不満を持つ他の植民星と密かに同盟を結び『独立政府樹立』を掲げて反乱を起こす。トゥルーズ星軍を主体にした同盟軍は軍艦二百万隻を有し、本星があるストラスブール銀河系を目指した。
危機感を抱いたストラスブール王国は、本星に近い植民星や同盟に加入しなかった小規模の植民星を引き入れてストラスブール星系連盟を作り対抗したが、加盟惑星数が同盟軍の半分だった。そのため、ストラスブール星系連盟軍の保有軍艦は百万隻しかなく、人口が多く資源も豊富な同盟軍との戦いで徐々に戦局を悪化させていった。
だが、 科学技術力で同盟軍を遥かに凌駕するストラスブール王国は開発中だった強力な主力武器『
連盟軍は新造艦十隻を主体とした五十万隻を動員してストラスブール銀河系の近くにあるエスペラント宙域で同盟軍百万隻と対峙した。後に『エスペラント会戦』と呼ばれた戦闘で、ストラスブール星系連盟軍は大型宇宙戦艦五百隻を前面展開した同盟軍を完膚なきまでに打ち破った。
同盟軍の主力武器『超電磁界レールキャノン砲』に比べて、射程距離で二倍、破壊力で三倍とのデータがある『収束型光量子砲』の前に同盟軍は有効射程距離に近づくこともできずに次々と撃沈されていった。この会戦で、たった十隻の新造艦は敵艦三十万隻を宇宙の藻屑とした。一回の主砲発射で敵の軍艦百隻を破壊する『収束型光量子砲』の前に成す術が無かったのだ。
更に、ストラスブール王国の王立宇宙科学研究所は新技術『自動修復装置』を完成させた。 自動修復装置は艦装甲の軽微な破損なら数分で修復してしまう。資材さえ有れば、大きな穴でも数日で修復できた。
戦闘中に被弾箇所を自動修復したり、大きな損害を自動で応急処置することができるメリットは大きい。
本来なら、修理可能な軍港に帰港しなければならないほどの損害箇所でも、次の戦闘地域に移動しながら修復できる事は戦略的にも大変に有利なことだった。
艦隊の移動時間が大幅に短縮されるので、艦隊の増援や集合が迅速になるからだ。
この装置は人体の再生治療の為に活用されていた医療用ナノマシンの概念を応用したものだ。 負傷した者の血管に注入されたナノマシンは集合して止血と細胞の再生をする。この発想を構造物にも応用したものが自動修復装置だ。しかし、 医療用に開発されたナノマシンを工作用に開発し直すには相当な苦労があった。有機物の再生と無機物の修復では、根底からして意味が違うからだ。
その画期的な自動修復装置を搭載した新造艦『アルテミス』が、いよいよ明日の式典後に試験航行に出る。自動修復装置だけでなく最新鋭の積層式次世代型AI(人工知能)も搭載している期待の大型宇宙戦艦だった。
この情報を掴んだ同盟軍は諜報員に命じて試験航行の航路情報の収集と『自動修復装置』の実験の妨害を画策した。前回の戦闘で、連盟軍が搭載した新技術の主砲により多大な被害を
王立宇宙科学研究所では、ちょっとした騒ぎが起こっていた。試験航行中に自動修復装置のテストも行うので、当然ながら研究所からも開発担当者が乗艦する。しかしながら、実験の性質上どうしても艦外の宇宙空間に出なければならない。だが、宇宙空間に出たがる研究者は少ない。貴族出身者が多い研究所員だけに尚更だ。結局、誰が乗艦するかで揉めたのだ。
新しい技術のテストに開発担当者が誰も行かないという状況はあり得ない。そこで白羽の矢が立ったのが、平民ながら主任研究員まで登りつめたレンヌ准尉である。
レンヌは自動修復装置開発プロジェクトの実質的な開発責任者でありながら、その成果を名目上の責任者である科学研究所長に盗られていた。
腐った国には、よくある話だ。名門貴族の甥というだけで所長に就任した伯爵が部下の研究成果を横取りした。それだけの話である。
式典には『自動修復装置』の開発者として所長が出席することになっている。本当の開発者である レンヌ主任研究員は、式典には出られない代わりに宇宙へ出ることになった。不条理だが世の中はそんなものだ。
予定通り、 午前10時に式典を終わらせた宇宙戦艦アルテミスは、ストラスブール星の首都にあるルーアン宇宙軍港から試験航行区域に向けて発進した。その後、 自動修復装置の実験を行う為に戦艦アルテミスは実験区域の宇宙空間で艦を停泊させた。
爆発物で外装甲を意図的に損傷させて、自動修復装置の修復具合を調べる予定だった。そのためにレンヌは艦外の安全な場所で待機していた。修復が始まれば間近で観察するためだ。 しかし、想定よりも爆発物の威力が高かった為に、待機していたレンヌは衝撃で飛ばされた。そして、対空レーザー砲に衝突してあばら骨を損傷した。もっとも、衝突しなければ宇宙に放り出されたので、もっと悪い結果になっただろう。
救助されたレンヌは直ちに医療ポッドの中に入れられて医療用ナノマシンによる治療を受けた。骨折程度なら30分も医療ポッドに入っていれば完治するのだ。
レンヌが負傷しても、試験航行が中止されるはずもない。アルテミスに乗艦している軍の技官により自動修復装置の実験が完璧だったと判定されたため、そのままワープドライブの試験が行われることになった。実験の事故調査は警備隊により行われたが原因が判明することは無かった。
宇宙を遠距離航行する軍艦にとってワープドライブは必要不可欠なものである。試験航行は絶対に実施しなければならないものだった。
ワープドライブは超電磁界超越航法という特殊な航法で、強力な電磁界を発生させて次元を歪ませ飛び越えるものだ。これは超電磁界推進エンジンの開発により成し得た航法だった。
戦艦アルテミスの艦長バルダー准将から指示が飛ぶ。
「機関長、ワープドライブ準備」
「了解。エネルギー充填開始します」
「航法長、ワープ到達点の設定をせよ」
「了解、航法担当に指示。トルア宙域の到達点を調査せよ」
「航法担当、了解。調査開始します」
航法担当が次元反射鏡を使い、到達点の安全を確認する。
「到達点のトルア宙域01ー63ー52に障害物はありません。予定地点の安全を確認しました」
「機関長、出力確認」
「出力確認120%」
「操舵手、150%でワープ開始」
「機関長より操舵手。出力確認、150%」
「ワープ開始します。カウントダウン5秒前」
「5…4…3…2…1、ワープ開始」
ワープは次元の壁を超えるために脳の感覚に強い影響を及ぼす。「次元酔い」と言われるもので、一種の乗り物酔いだ。慣れると、ほとんどの人は平気になる。
今回に限って、ワープ中に乗員はすべき事があった。到達点の周囲の状況を確認する事だ。ワープドライブ前に調査しているので通常、異変はあり得ない。しかし、今回は新造艦の試験航行なので、戦艦アルテミスの艦長バルダー准将は慎重を期すことにしたのだ。
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