第55話「風雲の兆し」

 ケーキの箱を受け取ったアイリーンは、笑顔になって言った。

「レンヌ卿、王妃様と王女様たちもご立腹ですよ」

暗に、王妃たちの分も用意しろと言っているのだ。

「アイリーン。まさか、それを全部、一人で食べるつもりか?」

「あら? いけませんの?」

「アイリーン、ケーキは太るぞ。それも凄く」

アイリーンは、一瞬だけギクリと顔をひきつらせた。

「私は、大丈夫です。高魔力の魔法を使かえばすぐに痩せるので」

「さいですか!」

レンヌは呆れて、まともに相手するのが馬鹿らしくなった。


「とりあえず、それは王妃様たちの分も有るんだからな。きちんと王妃様たちにも渡せよ」

「チッ!」

アイリーンは舌打ちしてから言う。

「レンヌ、王都のケーキ屋はいつ出すの?」

「アイリーン、今から王都に行って店を探すから、店が見つかり次第にケーキ屋を開くと王妃様たちに伝えてくれ」

「分かったわ、それじゃあ、一緒に王都に行きましょう」

「了解」

レンヌはアイリーンに連行されて飛空艇に乗った。


この状況を反重力浮遊式護衛ロボット『アストロン』のカメラで見ていたアルテミス1は、すぐにケーキ専用の自動調理機の増産計画を変更した。もともと百台を製造する計画を一気に一万台まで引き上げた。

 後に、『アルテミスケーキ商会』を立ち上げたレンヌはロワール王国中の街や村にケーキ屋を出店する羽目になった。




 ロワール王国内にとりあえず二千店舗のケーキ屋を開店する計画を立て、それを軌道に乗せるだけでレンヌは一ヶ月の時間を使った。

 経営母体になる『アルテミスケーキ商会』の商会長をアニエスに任せて、イネスを副商会長にした。そして、名誉顧問をエルフ族の最長老ネメシスに頼んだ。エルフの里の族長と戦士長、それに最長老を経営陣に取り込んだ結果、エルフ族を店員として雇用できることになった。もちろん、本人たちの強い要望もあった。


 経営陣が素人なので、トリニスタン代官のルーベンスに頼んで経理ができる者を回してもらった。いずれルーベンスも引き抜くつもりだ。




 ようやく穏やかな日々が来たのでレンヌはステラたちが通う学校を視察に行く。授業のカリキュラムや給食を吟味して教職員と面談をした。14歳で成人するこの国に合わせて基礎教育を13歳までとし、14歳からは専門教育に進めるように学校を編成することにした。大人が通う職業学校とは別に成人したばかりの者が通う専門学校を作ることにしたのだ。


 領都の中央役場に学校教育を専門に扱う教育院を新設した。子供の教育を含めた学校施設の充実こそが、一番大事だとレンヌは考えた。




 元孤児たちの中で最年長のステラが誕生日を迎えたので、アルテミス1が張り切ってウェディングケーキ並のバースディケーキを作った。七段重ねのケーキを食べきれるのかとレンヌは心配したが、招待したアニエスとイネスがいたので完全に消え去った。


「お腹を壊すぞ」

 心配するレンヌにアニエスは平然と言い放つ。

「ケーキは別腹なのです」

「そう、別腹よ」とステラが同調する。

『子供たちに悪影響が出ているんじゃないか?』とレンヌは別の意味でも心配になった。




 お誕生日会が終わって、レンヌは自室でアルテミス1からの定時連絡を聞いていた。

「それでは、ミュウレ帝国で不穏な動きがあると言うのだな」

「はい、マルタ宰相は内政を優先すべきだと進言していますが、ドンガ帝はリール王国に侵攻することを強く主張しています」


 現在、ミュウレ帝国とリール王国では、情報収集用の小型ドローンが五十機ずつ活動している。ステルス機能で透明化しているので発見される心配は無いが、未知の力である魔法への対策は充分ではない。そのために、結界魔法による魔法障壁などを突破できないでいた。


 エイベル侯爵家にある秘密の部屋に侵入できない原因も魔法障壁だった。もちろん、ミュウレ帝国でも王の寝室などの重要な部屋には、対魔法障壁と対物理障壁が張ってある。それでも、有能なアルテミス1は侵入できない場所の対策として、振動を利用した高性能集音装置を使って情報を集めていた。


「ミュウレ帝国がリール王国に攻め入る可能性は?」

「ミュウレ帝国軍の食料の購入状況や移動先の情報、人員の動きなどを精査しました。その結果、二週間以内に侵攻する可能性が60%、一ヶ月以内に侵攻する可能性が90%です」

「リール王国はミュウレ帝国の動きに気づいているのか?」

「はい、リール王国のスパイが諜報活動を行っているので、ミュウレ帝国が戦争を仕掛けてくる予想はついているようです」


 ミュウレ帝国との交易が成立しなかった以上は、リール王国からの食料買い付けはレンヌにとっても死活問題である。しかし、一介の領主でしかないレンヌが、いかに領地が接しているからとはいえ勝手に援軍を送る訳にもいかない。レンヌは翌朝一番でロワール王国に飛び、ブロッケン宰相に「最重要」の言葉を添えて謁見を求めた。


 ミュウレ帝国がリール王国に侵攻する情報を持っていなかったブロッケンは大いに驚いた。

「レンヌ伯爵。それは、確かな情報なのか?」

「はい、間違いありません。ミュウレ帝国は着々と戦争の準備を進めています」

「ちょっと待ってくれ」と言ってブロッケンは考え込んだ。数分の沈黙後、ブロッケンは言う。

「すぐに、目通りの許可を陛下に貰ってくる。卿は、ここに腰掛けて待っていてくれ」

「わかりました」

 と言って、レンヌはソファーに腰を下ろした。

 ドアが開き、従者がお茶の用意をする。レンヌの前にお茶とお菓子が並べられた。


 レンヌがお茶を飲み終えた頃、宰相が戻ってきた。レンヌは立ち上がって宰相を迎える。

「レンヌ卿、すぐに陛下と目通りをする。ついて参れ」

「はい、わかりました」

 足早に先を行くブロッケンの後を、レンヌは急いで追った。 


  国王は執務室にいた。ブロッケンはレンヌを伴って部屋に入るとすぐに、国王の許可を取って人払いをする。

 国王の執務机の前にブロッケン宰相とレンヌは並んで立つ。

「宰相よ。先程の事を詳しく話してくれ」

「では、レンヌ伯爵。陛下に詳しい説明を頼む」


「国境付近に領地を賜った者として、近隣国の情報収集は貴族の務めと考えました」

 とレンヌは前置きをする。

「確かに、それは国境に接する貴族としては当然の行いである」

 ブロッケンはレンヌの意図を汲み取り、賛同の意を表した。

「うむ。レンヌ伯爵の行いは貴族として殊勝である」

 国王もブロッケンと同様に賛同を示したので、レンヌは安心して説明を始めた。


 領都を開いた日から、ミュウレ帝国とリール王国の情報収集を始めた。その結果、ミュウレ帝国では食料が不足しているとの情報を得た。更に、先日ミュウレ帝国のマルタ宰相から麦類の交易を断られた事を話した。


「ミュウレ帝国の食料事情の悪化は本当でしたな」

 ブロッケンは国王に話しかけた。

「そうなると我が国も危ないのではないか?」

 ロワール王国は白壁山脈から東海岸の間に広大な国土を持っている。そのため、多くの山と広い農地を所有していた。


「その懸念はありますが、レンヌ伯爵の情報はミュウレ帝国も掴んでいるでしょう。だとすれば、簡単に手出しはしないはずです」

「レンヌ伯爵は正に南部国境の要であるな」

「御意にございます」 


「さすれば、伯爵では肩書が足りぬであろう? 宰相よ、良きに計らえ」

「わかりました。さっそく陞爵の手続きをします」


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