第43話「邪竜ヴァリトラ」
エルフの里から拠点に帰ったレンヌは、引き続きアルテミス1の新作ケーキを味見させられていた。
「甘いもの以外も食べたーい」と思わずレンヌは叫んだ。
「贅沢はダメです。世の中には満足な食事を摂れない人だっているんです。しかも、こんな甘い食べ物は、貴族でも食べられません」とアンジュに窘められた。
『十歳の子に窘められる俺って』とレンヌは落ち込む。
「館長、探査中のドローンが邪竜ヴァリトラを発見しました」
「えっ! あの攻撃を受けて消滅してなかったのか?」
「生命反応はありますが、活動は停止しています」
「トドメはさせるか?」
「曲がりくねっているトンネルの中なので大型ドローンの主砲は使えません。しかし、近づき過ぎるとブレスを浴びる恐れがあります」
「とにかく映像が欲しい。映像が撮れるか?」
「了解しました。小型ドローンを突入させます。映像が撮れ次第、拠点のモニターに出します」
レンヌはモニタールームに移動した。モニターの前にある椅子に座って待つ。
レンヌのお腹のケーキが消化された頃になって、やっとアルテミス1から連絡がきた。
「館長、映像を送信します」
トンネルの中はドローンの照明で明るかった。
ヴァリトラの姿がモニターに映る。しかし、映ったのは頭ではなく胴体部分で、しかも千切れて肉が露出していた。内臓からは黒っぽい大量の体液が流れている。
「あれでも、生きているのか?」
レンヌの想定を超える事態に、戸惑いながらも対処すべき方法を考えた。しかし、あまりにも掛け離れた状況に、レンヌは何も思いつかなかった。
そのとき、アルテミス1が言った。
「長命なエルフ族なら、何か知っているかも知れません」
レンヌはすぐに通信機を取り出し、アニエスに連絡した。
最初はイネスに渡した通信機だったが、族長のアニエスが持つ方がいいと二人は判断したようだ。
「レンヌだ」
「レンヌ様、アニエスです」
「ネメシス様にお聞きしたいことがある」
「少しだけ、お待ち下さい」
そう言って、アニエスは一旦通信を切った。
暫くして、連絡がきた。
「レンヌ様、ネメシスが話しております」
ネメシスは通信機の使い方がよく分からなかったので、今は自分が話していると伝えたのだ。
「ネメシス様、ヴァリトラが見つかりました」
「なんと!」
「地中深くにいたのですが、胴体が千切れて大量の体液を流していました。あの状態で生きていられるのでしょうか?」
「レンヌ様。ヴァリトラは二つある頭のうち、どちらか一つだけでも残っていれば再生するのです」
「それは本当ですか? でも、動かない理由はなんでしょう?」
「かなり酷い傷を負ったので、再生に全ての体力を使っているのだと思います。だから、動けないのでしょう」
「では、今が攻撃の機会ですか?」
「はい、今がその時です。ただ、ヴァリトラは驚異的な再生力を持っているので急いだ方がいいでしょう」
「ありがとうございました」
レンヌは通信を切って、アルテミス1に連絡した。
「アルテミス1、有効な攻撃手段を教えてくれ」
「雷撃系が有効と聞きましたが、既存の武器には該当するものが有りません」
「ヴァリトラが動けない今のうちに、大型ドローンの主砲は使えないか?」
「前回の攻撃で山脈に衝撃を与えているので、地中深いとはいえ更に衝撃を与えるのは避けた方がいいと判断します」
「そうすると、山脈に衝撃を与えずにヴァリトラだけを倒す武器を作るしかないな」
「アルテミス1、今から制作してどのくらいで出来る?」
「コンセプトは出来ているので、すぐに制作にかかる事ができます」
「材料は有るのか?」
「工業都市には各種金属の在庫があります。また、数十種類の希少金属も発見しているので各種合金も制作可能です。よって、材料は充分に有ります」
「なら、早く作れるな」
「72時間もあれば可能です」
レンヌはアルテミス1に武器の制作許可をだし、完成次第ヴァリトラを討伐するように指示した。
それは、時間との戦いだった。オートメーションで製作される基本部品は,アルテミス1のプログラムにより効率的な製作で出来上がる。製作された基本部品はパーツ毎に組み立てられ、接合と結合を繰り返し次々に筐体に収まった。
ニ十四時間体制で続けられている監視は、微細な動きも見落とさないようにプログラムされていた。
「艦長に報告します」
子供たちが寝静まった午前0時、いつもならレンヌも眠っている時間だ。
「起きてるぞ」
「流失していたヴァリトラの体液が止まりました」
「露出していた肉はどうだ」
「現在は、その他の部分に異常は見当たりません」
「わかった。また、何か有れば報告してくれ」
「了解しました」
午前0時を過ぎてもレンヌは眠れなかった。ソファーに寝転んで目を閉じても、不吉なことばかり考えて眠れなかった。
もし武器の完成が間に合わなかったら、もし作戦が上手くいかなかったら、と悪いことばかりが思い浮かぶのだ。
レンヌが、一番恐れているのは、逃げられる事だ。
脅威的な再生能力を持つヴァリトラが完全復活を果たしたならば、最初に復讐をしようとするだろう。
その時に、この工業都市を襲ってくるのならまだいいが、領都『トリニスタン』やエルフの里に向かわないとも限らない。
工業都市以外の場所が、あのブレス攻撃を受けたら壊滅するのは必至だ。
「それを阻止するためにも、この機会に必ず仕留める」
レンヌは力強い口調で独りごちる。
レンヌは考えた。
『頭が一つしかない現状なら、逃げるのは頭がある方向ではないのか?』
レンヌがモニターで見たヴァリトラは、筒状の口の中に無数の歯が螺旋状に生えていた。
あの口を使って土石を食べているとしたら頭を失った方には進まないはずだ。
ならば、逃げるのを阻止するためには、頭がある方に電気を流した壁を作れば、と考えた所で思考を打ち切った。
「ブレスで腐食させられるだけか」と力無く呟く。
物質は腐食させられるから駄目だ。
『ならば、他にどんな手があるだろうか?』
レンヌは一晩中考えたが解決策を思いつかなかった。
翌朝。
ようやくうつらうつらしたレンヌを、 目覚まし代わりにアルテミス1の声が起こす。
「艦長、ヴァリトラの肉が再生を始めました」
その報告を聞き、レンヌは一発で目を覚ました。そして、モニターを食い入るように見た。
「ゲッ! 本当に再生を始めている」
ただの肉でしかなかったのに、筒状に形を成していた。
「もしかして、あれは頭なのか?」
「艦長、その推測は正しいです。内側に無数の小さな歯が存在しています」
レンヌは、先に胴体を再生するだろうと思っていた。頭部の再生は、あるていど胴体を再生してからだと思い込んでいた。
「まさか、頭を先に再生するとは思わなかった」
アルテミス1の報告では邪竜ヴァリトラの体長は、従来の半分しかないらしい。
そのまま頭部を再生すれば、短い胴体に頭が二つという状態になる。
『俺だったら恥ずかしくて、そんな事はしない』
と考えていた自分の方が恥ずかしい。
『あれは人間じゃなくて魔物の類いなのだ。それに対して人の基準で考えるなんて』
穴があったら入りたいとレンヌは思った。
『さて、この状況をどう見るかだな』とレンヌは頭を切り替えた。
頭部を完全に再生してから、逃げるなり反撃するなどの行動をとるのか。それとも、頭部をある程度まで再生したら逃げるのか。
「アルテミス1、武器の進捗状況を報告してくれ」
「現在、筐体を仕上げている段階です。この後、耐性と攻撃の試験をして、問題が無ければ完成です。完成予定時間は五時間後です」
「わかった」
『五時間でヴァリトラの再生が、どこまで進むのか。そして、五時間を待たずに動き出したらどうすればいいのか』
それを考えても無駄な事だ、とレンヌは分かっていた。邪竜ヴァリトラは自分たちの考えが及ばない存在だ。
レンヌは言った。
「ならば、出たとこ勝負だ!」
「艦長。行きあたりばったり、というやつですね」
「そうとも言う!」
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