第42話「エルフの里の最長老」
「レンヌ様、エルフの里に来ていただけないでしょうか?」
邪竜ヴァリトラの事件から二日後の朝だった。
「アルテミス1、エルフの里に行くことになった。手土産は何がいいだろう?」
「ケーキを焼きます」
最近、アルテミス1はオヤツ作りに嵌まっていた。もっとも、実体を持たないアルテミス1が自分で焼ける訳はない。自動調理機にレシピを打ち込んで作るのだ。
試しに焼いたケーキが子供たちに大好評だったのだ。それから、ストラスブール王国のレシピをアレンジしながら色んな種類のケーキを作った。どれもこれも好評だったので、近頃はクッキー作りにも手を出したようだった。
しかし、その都度味見をさせられたレンヌは、暫くの間ケーキを見るのも嫌だった。
「自信作です」とアルテミス1が言う。
『知ってるよ、俺が味見したんだから』
レンヌは内心でそう言いながら、ケーキが入った紙の箱を持って飛空艇に乗り込んだ。
いつもの広場に着陸してアニエスたちの出迎えを受ける。いつもと違ったのは二人の服装だった。ドレスが多かったアニエスが珍しくミニスカートを履いていた。細くて白い足が見えている。
そして、いつも革のミニスカートを履いていたイネスがドレスを着ていたのだ。ウエストの細さが目立ち、スタイルの良さを際立たせていた。
『艦長、お二人の装いを誉めてください!』
インカムから叱りつけるようなアルテミス1の声が聞こえた。
「アニエス、イネス。二人とも良く似合ってるよ。とても綺麗だ」
「レンヌ様、ありがとうございます!」
アニエスは、とても嬉しそうにお礼を言う。
「レンヌ殿にそう言ってもらえると、嬉しい反面恥ずかしくもある」
イネスは照れて、顔を赤らめた。
『良くできました、艦長。合格です』
アルテミス1が機嫌良さげに合格点を出す。
レンヌは少しも嬉しくなかったが、いちおう一言だけ言った。
『ありがとう』
アニエスの家には、既に最長老が来ていた。いつもの丸テーブルではなく、今日はソファーが用意されていた。
一人掛けのソファーに最長老が座り、レンヌは最長老の対面に座った。
アニエスが最長老の左に、イネスが右に座る。
「初めてお目にかかります。レンヌと申します。お会いできて光栄です」
「エルフの里の長老を束ねるネメシスと申します。レンヌ様には一族の者を何度も助けていただき感謝しております」
レンヌは軽く頭を下げた。
「アニエス、これはケーキと言うお菓子だ。良かったら食べてくれ」
レンヌは目の前にあるローテーブルに、ケーキの箱を載せた。そして、箱を開けて中を見せた。中には果物をふんだんに使ったフルーツケーキが入っていた。
レンヌは大きな皿を一つと小さな皿を四つ用意してもらった。そして、予め用意していたカットナイフとフォークで切り分けた。それから、ケーキの皿に小さなフォークを付けて皆に配った。
「さあ、どうぞ食べてみてください」
興味津々で見ていたアニエスが小さなフォークでケーキの端を切って口に運んだ。
「美味しいです、レンヌ様。とても甘い上に、果物がまた瑞々しくて美味しいです」
「ケーキと言うのは、本当に美味しい食べ物ですね。初めていただきましたが、感激するほどの美味しさです」
イネスは感動している。
「うむ! 儂も千年以上生きてきたが、こんなに美味しいものが食べられるとは思わなんだ。レンヌ様、感謝いたします」
「あっ! でも、このケーキにはお茶が合うと思うわ。イネス、手伝ってちょうだい」
アニエスとイネスはお茶を淹れるために台所に向かった。
「レンヌ様、邪竜ヴァリトラの事ですが」
「ネメシス様、何かご存じですか?」
「はい、知っております。若い頃に見たことがあります」
ネメシスは邪竜ヴァリトラの事を語り出した。
最長老のネメシスが若い頃、エルフ族はもっと北の森に住んでいた。
ある日、邪竜ヴァリトラの襲撃を受けて、エルフ族は多くの犠牲を出した。
弓矢の攻撃も風魔法も効果が無く、なす術を持たないエルフ族は散り散りに逃げて行った。
ネメシスの一族はこの森にたどり着いた。その後、風の大精霊の加護を受けて結界魔法『幻惑視』を森全体にかけてもらったそうだ。大精霊に教えてもらったヴァリトラの情報があるという。
邪竜ヴァリトラは土石を食べながら、地中深くに穴を掘って移動する。数百年に一度、地上に現れては暴れ回るらしい。儂も今までに三度見かけたとネメシスは言った。
ヴァリトラは胴体の前後に頭を持つ双頭の魔物なので、前後のどちらでも高速で移動することができる。そして、どんなものも腐食させるブレスを吐く。
全ての竜は固有のブレスを持っている。雲竜は雷撃を吐き、火竜は火炎を吐く。また、氷竜は吹雪を吐き、土竜は酸を吐く。ブレスは各竜固有の魔素を源にしているために通常では考えられない威力を発揮する。
ヴァリトラは飲み込んだ土石の中の金属を取り込み体を強化する。胴体の外皮は硬い金属になっているので物理攻撃には高い耐性がある。逆に、雷撃系の攻撃は、胴体を通り抜け中身を痛めるので弱点になっている。
「大変、参考になりました。ありがとうございました」
ネメシスの話が終わった頃にアニエスたちが戻ってきた。
ローテーブルにカップが並べられお茶が注がれる。茶葉の香りが辺りに漂う。
レンヌは、さっそく一口いただいた。
「うん、良い香りだ」
「ケーキに合いそうな茶葉を選んでみました」
アニエスが優しく微笑んだ。
「美味しいよ、でも、このお茶を淹れたのはイネスだね」
「流石に最長老ですわ」
ご名答とばかりにアニエスが手を叩いた。
「イネスも腕を上げたね。これなら、いつでも嫁に出せる」
「まあ! 良かったわね、イネス」
と言って、アニエスはレンヌを見た。イネスは赤い顔をして俯いた。
「イネス、美味しいお茶をありがとう。さあ、ケーキも食べてくれ」
蕩けるような笑顔でアニエスはケーキを食べ、イネスは俯いたままケーキを食べた。
ケーキを食べ終わった時に、レンヌはネメシスに聞いた。
「ネメシス様、お尋ねしたい事があります」
「何でも聞いておくれ。今なら、美味しいケーキを食べたので口が滑らかになっておるぞ」
「魔法についてお聞きしたいのです」
「魔法? 魔法の何について聞きたいのだろうか」
「魔法の成り立ちについてです」
「うむ、説明しよう」
この世界には『魔素』というものが、あらゆる所に存在している。魔素は自然界に存在する活動の源だ。魔素が蓄積されて『魔力』を産み出す。魔力が一定量溜まると魔法が使えるようになる。ただし、魔法の理を理解していないと魔法は発動しない。
魔素は何種類もある。四属性の魔素と無属性の魔素があり、魔素に因って使える魔法が決定される。魔素は、この世の理の外にある物だ。だから、神の産物と昔から言われている。
例えば、魔法を使うと何も無い所からいきなり『火』や『水』が現れる。しかし、これを説明できる者はいない。『理の外にある』というのは、そういう事だ。
「わかりました。あと一つ魔物とは?」
「うむ、魔物とは」
特定の場所で産まれる『瘴気』というものがある。
例えば、太古に滅びた文明の都市だとか、戦場の跡。または、古代竜などの強力な魔力を持つ生き物の死体や、それが埋まっている場所。そういう場所で瘴気が発生する。
瘴気が一定の場所に留まると凝縮し始める。やがて、一定の濃度に達すると『魔核』を形成する。魔核が魔素を取り込んで受肉すると『魔物』が誕生するのだ。
『アルテミス1、理解したか?』
『館長、大丈夫です』
「ネメシス様、ありがとうございました。理解できました」
「うむ、それは上々である」
「これはクッキーというお菓子です。後で召し上がってください。ただし、三日以内に食べてください」
レンヌはクッキーが入った紙袋を三つ、ローテーブルの上に置いた。
「レンヌ様、ありがとうございます」
アニエスは中身を想像して蕩けるような笑顔を見せた。イネスとネメシスは笑顔でレンヌに頭を下げた。
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