第58話「三国の行方」

冒険者ギルドの看板受付嬢であるエマの突然の申し出にゴランは驚いた。

「おい! 本気かエマ」

「はい、本気です。それと、ギルマス。引退した冒険者たちも雇えないでしょうか?」


 加齢による体力の低下が原因で冒険者を引退した者は多い。そういう者たちの大半は仕事が見つからなくて生活に困っている。エマは自分なら冒険者たちを上手く扱えると自負していた。


「なるほど、それは名案だ。そういう事ならギルドの職員からも希望者を募ってみるか?」

「すぐに手配しますね」

エマは執務室を出ていった。

ギルドから帰る間際にレンヌは、エマに通信機を渡した。今回の件で、エマに連絡する事が増えると思ったからだ。


レンヌはグリーンウッドに戻り、アニエスとイネスに、ケーキ屋で働く人員を冒険者ギルドから集めると話した。そして、トリニスタン支部の受付嬢のエマがアルテミスケーキ商会に入り、冒険者ギルドとの窓口になると告げた。


冒険者ギルドの職員は当然ながら事務ができる。アルテミスケーキ商会の各店舗で店長を任せ経理などの事務をしてもらうつもりだった。冒険者の女性家族はケーキ屋で接客を担当してもらい、男性は運送業に携わってもらう。もちろん、技能や学力を望む者には年齢に関係なく学校に通ってもらうつもりだ。


アルテミスケーキ商会では、ケーキの製造は専門の自動調理機が行っている。しかし、原料は各工場から輸送していた。ロボットや機械任せにしていた部署を人間に置き換えて雇用を増やしたいとレンヌは考えた。


アルテミス1にその話をすると、アルテミス1が提案してきた。

「艦長、自動運転車を利用した運送業と旅客輸送船を使った旅客業、それから、貨物輸送業も興しましょう。ちょうど、大型貨物船が完成したところなので、今度は大型旅客船を建造します」

「そうなると、主要各都市に宙港を建設して、各都市を結ぶ街道の建設と整備が必要になるな」

「はい。ですから、艦長。建設業も必要になります」

 レンヌは考えた。

 各国に何千店舗も展開しているアルテミスケーキ商会の売上は王都の税収をも上回る。そのアルテミスケーキ商会を母体にすれば、その収益が使えるから資金を遊ばせなくても済む。

「しかし、そんなに事業を増やせば、迅速な連絡が必要となるから通信業も必要だろう?」

「艦長、当然です」

苦もなく言うアルテミス1だが、国家間の調整をする レンヌは大きなため息をついた。さらに、思いつく。

「こりゃあ、銀行業務もいるかな?」

「当然です。各国の主要都市に銀行を開設して、事業で使う資金の移動を潤滑にする必要があります」

「これは、三国を合わせた国家規模の大事業になるぞ。関係する者たちに話を通すだけでも大変な労力だ」

レンヌは、次々に増える事業と、それに関連して増加する仕事量を考えて頭を抱えた。


「過労死するかもしれない」

 げんなりした顔で呟いた。

「大丈夫です、艦長。一人でやろうとせずにみんなに協力してもらえば問題なく進めます」

レンヌは、さっそく関係する三つの王国。ロワール王国の他にリール王国とメース王国に連絡を入れた。


事の重要さに気づいた各国の宰相たちは、王族たちよりも盛り上がった。特に三国の中心になるロワール王国のブロッケンは、自国の立ち位置の経済的な重要性に気づいて大変な関心を寄せた。レンヌと三人の宰相を中心にして国家的な事業計画が立ち上げられた。もちろん、資金は各国からも提供されるのでアルテミスケーキ商会の負担は減る。


 レンヌは大規模事業の主体となる『レンヌ商会』という会社を領都グリーンウッドに新たに設立した。そして、各国に支店を作った。支店長候補は三人だ。トリニスタン領主代行のルーベンス代官と王都に住む法務院主席審議官のアイシス伯爵、そして、冒険者ギルドのトリニスタン支部にいるサブマスのグレイだ。

 豪放と言えば聞こえが良いが、実は我儘放題で自分の好き勝手に行動するギルマスのゴラン。グレイは、それを完璧に補佐するほどには有能である。リール王国の冒険者ギルドにも顔が効くと言うのでレンヌは適任だと判断した。


 計画を円滑に進めるために、アルテミス1が立てた事業計画をレンヌからトップダウン方式で進める事にした。それから、関係者の顔合わせをするために各国王家の代表と宰相、更に商業ギルドと冒険者ギルドの他にも関係する各ギルドの長をレンヌ商会に集めた。


 この惑星における経済学は進んでいるとは言い難いが、流石に国の舵取りをする宰相と各ギルド長の理解は素晴らしかった。マクロ経済学を主体とする大まかな説明も理解したようで、国と社会と国民の家計を総括して考える事が分かったようだ。


 レンヌと他の者では知識量が違い過ぎるので、指示を細かく説明していたら理解するまでに時間がかかる。それでは、事業が停滞するから、決定事項を下へと順次伝えていくトップダウン方式をレンヌは採用して指示の徹底を図った。


 最初に国立銀行を設立して、各国にレンヌ商会の系列銀行を作った。独占を避けるために民間銀行を公募して、運営方法を指導するコンサルタント商会を作り門戸を開く。

 さらに、通信機の製造販売商会を作り、先ずは各国の役場に販売して国家間の連絡を円滑にした。その後に携帯電話事業に乗り出し民間にも通信の恩恵を与えた。ただし、事業の独占は人の妬みを買うので、携帯電話事業の商会は各国との半官半民にして形は国営商会にした。


 旅客業により各国で観光地巡りが流行し、観光地では宿泊施設と土産物屋が急増したので従事する者が増えて新たな雇用が生まれた。それだけではなく、土産物を制作する仕事や食材の需要が高まり農村部まで経済が活性化した。

 輸送業により生鮮食品の輸送が可能になり、沿岸部の街や村では海鮮類の販売が一気に加速した。ただし、良いことばかりではない。商会を営む者はレンヌの輸送商会に依頼するので、冒険者ギルドの仕事を大幅に奪うことになった。そのため、レンヌは冒険者を引退する者を優先的に雇用した。


 レンヌは人々のために、重傷患者と重病人を専門に扱うメディカルセンターを各国に建設した。エルフは長命のために知力が高い。レンヌはそこに目をつけて、エルフ族を医療従事者にしようと思った。もちろん、種族を問わずに募集し、看護と医療の専門学校を設立して学ばせた。 


 メース王国とロワール王国、それにリール王国も三ヶ国を合わせると大陸の四分の一を占める経済圏ができる。レンヌは知らずして大陸の東方に経済圏を作ったのである。





 こうして、二ヶ月が経過した時に三ヶ国の宰相が集まって会合を持った。

「三国の発展は目覚ましいものがある」

 とロワール王国のブロッケンが口火を切った。

「正にその通り。経済が活発になり、国民の暮らしも豊かになった」

 とリール王国のフロスが同意する。 

「我が国としても経済や医療が充実して、国を挙げてレンヌ卿の偉業を称えておる次第です」

 メース王国のライオスがレンヌを称賛した。


「これを良い機会と見て、私から提案があります」

 ブロッケンが言うので、二人は提案を聞く姿勢を見せた。

「実は、三国間の関税を全面撤廃して、国民の往来を自由にしたいと考えています」

「ほう、革新的な提案ですな」

 ライオスが言うと、フロスが提案に付け加える。


「ならば、いっそのこと運命共同体にしてはどうでしょう?」

「運命共同体とは?」

 ライオスが尋ねる。

「三カ国同盟を昇華させて三ヶ国共同体を作るのです」

 フロスの言葉にブロッケンは驚き、真意を正した。

「それは、国を合併させるという事ですか?」

「そうです。共同国家です」

 ライオスは聞く。


「三ヶ国の王家はどうなさるつもりですか?」

「王家は象徴として残らせますが、国家の運営からは退いてもらいます」

 ライオスは驚きで言葉を失ったが、ブロッケンは自分の考えを言った。

「素晴らしい! 流石はリール王国の知恵袋と言われるフロス殿だ。三ヶ国が合わさればミュウレ帝国にも匹敵する国家ができます」


 ライオスは事の真意をやっと理解して言う。

「その国家元首にはレンヌ卿になってもらう訳ですな?」

「レンヌ卿無くしては成立しない話ですから」

「それは大前提ですから当然ですね」

 三人の切れ者宰相たちは、自分たちも知らないうちに『共和制』の国家を生み出そうとしていた。


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