第57話「ミュウレ帝国軍」
飛空艇から自動運転車に乗り換えて中央タワーに向かう。
「これは奇怪な、馬もいないのに動いておる」
二人は驚きの声を同時に上げた。だが、中央タワーの高速エレベーターで更に驚かされる。それは経験したことが無い高さ、地上800メートルから見下ろす景色は圧巻だった。
「これは凄い、このような場所があるとは驚かされます」
フロスは声が震えていた。
「壁を建設すると同時に防衛用の塔も建てる予定です。もちろん、これよりはずっと低いものですが」
「しかし、これほどの物となると建設費用が賄えるかどうか不安ですな?」
フロスは宰相として建設費が気になった。
「そこは穀物で支払って頂ければ、こちらとしても都合が良いのですが?」
「良いのですか?」
「もちろんです。そのほうが二度手間にならずに済みます。現金で頂いても貴国から穀物を買えば余計な手間がかかるだけですからね」
レンヌは笑う。つられてスレイン王とフロスも笑った。
レンヌはその後、二人を会議室に案内して大型モニターにミュウレ帝国とリール王国の国境付近の映像を見せた。それは静止衛星から撮ったものだった。
「これは国境付近の映像です。この山と迷いの森の間が狭いのでここに壁を築くつもりです」
二人はなるほどと頷き、同時に自分の国の情報が筒抜けになっている事を内心で驚いていた。
壁と塔を建設した後に食料の引き渡しをお願いしたいとレンヌは申し出た。しかし、スレイン王は、ここまで良い条件を提示してもらったのだから食料は全部先渡しで良いと言った。こうして全ての話はお互いが満足いく状況で終わった。レンヌは通信機をフロス宰相に渡した。そして、二人をリール王国の王城に送り届けた。
しかし、レンヌの予想は外れることになった。レンヌが防御壁を築く前にミュウレ帝国軍が国境に集結を開始したのだ。リール王国の国境の城から連絡鳥と早馬の報告が続く。連絡が来る度にミュウレ帝国の兵数が増えていくのでリール王国のスレイン王はレンヌ辺境伯爵に連絡を入れた。
レンヌはグリーンウッドの中央タワーにある司令室のモニターを起動した。
「アルテミス1、リール王国の国境に終結しているミュウレ帝国の軍を映してくれ」
「了解しました、艦長。静止衛星の画像を出します」
大型モニターの画面に軍隊が映し出された。迷いの森の近くにある小高い丘の上から平原に渡って陣立てしていた。
「アルテミス1、兵数を教えてくれ」
「騎兵一万、弓兵二万、歩兵五万、攻城兵二万、投石機二百台です」
「合計十万の軍隊か。リール王国は、全軍かき集めても五万が精一杯と言ってたな」
「籠城しても長くはもたないでしょう」
「殺さずに足止めする方法はないか?」
「ただちに実行しますか?」
「良い方法が有るのなら実行してくれ」
「了解しました。武装大型ドローン五機を高速艇で輸送します」
数分後、リール王国の国境線に透明化した大型ドローンがミュウレ帝国軍の方を向いて並んでいた。
「作戦開始」
大型ドローンの主砲が発射された。十条の光が出現して、ミュウレ帝国軍の前面にある地面の土を巻き上げた。大音響が空気を震わせ、衝撃が平原を走る。騎兵の馬が立ち上がって乱れ、兵士が後ろに下がろうとして味方にぶつかる。丘の上の本陣から総司令官と将軍たちが飛び出してきた。
「何の音だ?」
「わかりません。とつぜん地面が爆ぜました」
見張りの兵士に尋ねるが要領を得ない。
その時、再び地面が爆発した。
「何だこれは! いったい何が起こっているのだ?」
周りにいる将軍たちも訳が分からずに首を横に振るだけだった。
目の前の爆発は、兵士たちに恐怖心を与えた。耐えきれなくなった一人の兵士が、後方へと逃げ出した。
それを見た周囲の兵士も後に続く。たちまちミュウレ帝国軍は総崩れになった。
将軍たちは逃げ惑う兵士たちを引き留めようとしたが、三度の爆発で兵士を止める事を諦めた。総司令官は叫んだ。
「退却。全軍退却だ」
ミュウレ帝国軍が退却した後、アルテミス1は反重力装置を搭載した輸送艦を国境線に移動させた。
平原にできた溝を反重力装置で、30メートルの幅がある堀へと変えた。
そこへ、迷いの森を通り抜ける川から水を引いて支流を作った。
さらに、その川をタルマニア王国の山を迂回させて海へと繋げた。
これによりタルマニア王国の数少ない平原に隣接する川が出来た。そして、この川はリール王国とタルマニア王国の国境にもなった。
「防御壁を建設するまでの時間稼ぎができたな。流石はアルテミス1だ。上出来だよ」
「艦長、それでは予定通りに防御壁と防衛塔の建設を開始します」
「わかった」
レンヌは司令塔から、通信機でフロス宰相に連絡を入れた。
「ミュウレ帝国軍は全軍退却しました」
「レンヌ辺境伯爵、ありがとうございました」
フロスは救国の英雄に丁寧に感謝を述べた。フロス宰相が北の城から連絡鳥で報告を受けたのは、その数十分後だった。
「やはり、レンヌ卿の実力は本物だったな」
王の執務室でスレインは宰相に言う。
「これほどとは思いませんでしたが」
「開戦もせずに敵を退却させるとは思いもしなかったぞ」
「それも10万の大軍ですから驚きです」
「正に、それよ。しかし、こうなると姻戚関係を結べなかったのが残念だ」
「そう言えば、シャルロッテ様には、どういう風にお伝えしたのですか?」
「もちろん、普通に伝えた。婚約者が二人いるので縁談は無しになったとな」
「それで、お返事は?」
「はい、わかりました」とあっさりしたものだった。
「しかし、同盟がなったとは言え、もしもロワール王国に攻められたら、我が国は一溜まりも無い事がわかりました」
「あれは魔道具がどうのと言う問題では無い。神の所業としか思えぬ」
「そうですな」
フロス宰相は少し考えてから言った。
「陛下、一つだけ提案が有るのですが?」
「何だ? 申してみよ」
「第二王女様をレンヌ卿の側室に出すと言うのはどうでしょう?」
「いくら辺境伯爵でも平民上がりの者の側室には出来ない、と申したのはその方だぞ」
「はい、確かにそう申しました。しかし、神に匹敵するような力を持つとなれば話は別です」
「うむ、確かにあの力が有ればミュウレ帝国を恐れることもない」
スレイン王は暫く考えてから言った。
「分かった。王妃とシャルロッテに話してみよう」
ミュウレ帝国が退却してから一週間後、国境に防御壁と防衛塔が完成した。新たに作った支流を水掘り代わりに使ったので、ミュウレ帝国も侵攻が難しくなった。
「これで、ミュウレ帝国も当分は攻めて来ないだろう」
「よほどの戦争好きでもない限りは仕掛けて来ないでしょう」
アルテミス1の言葉を聞いてレンヌは満足そうに頷いた。
懸念の食料問題も解決したし、ミュウレ帝国の侵攻も当分は無い。
レンヌはアニエスとイネスの三人で結婚式の準備のための話し合いを始めた。
その話し合いの途中でアルテミス1からウェディングドレスの話が出たが、エルフ族のしきたりが有ると言うのでアニエスたちに全て任せる事にした。
一方、予想した通りにリール王国からケーキ屋の出店要請が来た。リール王国の人口はロワール王国の半分くらいなので、とりあえず千店舗を出店することにした。
ところが、アニエスとイネスは結婚式の準備に忙しいので、リール王国の出店準備まで手が回らない。
「困ったな。どうしたらいいだろう?」
「ルーベンス代官を引き抜きましょう」
アルテミス1の意見を採用したレンヌは、トリニスタンに向かった。
レンヌは、先に冒険者ギルドに行った。そして、ギルマスのゴランに相談する。
「代官の仕事は多いから、いきなり引き抜くのは無理だ。それこそ、あちこちから苦情がくるぞ」
ギルマスの執務室で、レンヌのためにお茶の用意をしていた受付嬢のエマが遠慮がちに申し出た。
「あのう。その話、私では駄目ですか?」
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