第53話「教育の必要性」

暫くすると、従者を伴ってドンガ帝の王妃が部屋に入ってきた

一国の王の妃だけあって、美しい女性だった。

流石にエルフ族のアニエスとイネスには及ばないが、かなりの美女である。


レンヌはドンガ帝と王妃を飛空艇に案内した。その他に、身の回りの世話をする従者が十名と近衛騎士が十名が同乗した。

マルタ宰相についていた護衛騎士とは違い、王と王妃を警護する近衛騎士は、帝国の全騎士の中でも精鋭中の精鋭である。体は大きいが武器もまた大きい。


『あんなに大きくて重そうな武器を、よく軽々と持てるものだ。俺なら押し潰される』

レンヌは感嘆した。


ストラスブール王国の研究者でしかないレンヌとは、比較にもならないほどの強者だった。15歳の時から研究一筋のレンヌは、言わばモヤシである。下手に背が高いので、余計のことヒョロヒョロに見える。

レンヌが所属していた王立宇宙科学研究所はストラスブール星軍が有する施設だ。その関係上、レンヌは軍属として准尉を拝命していた。しかし、研究一筋で軍の訓練にも参加した事が無いレンヌに、戦闘経験などあるはずも無く戦いにおいては全く役に立たない。


 飛空艇は白壁山脈の上空を回って帰ってきた。飛空邸の中では二人が驚きと喜びの声を上げ、上空から見る初めての景色を目に焼き付けた。

「レンヌ卿、ご苦労であった。良い思い出になったぞ。あとで褒美を取らす」

「レンヌ卿、ありがとうございます。今まで見たこともない美しい景色を堪能させてもらいました」


 二人が去った後、レンヌは大きく息を吐き、ぐるりと肩を回した。

「艦長、お疲れさまでした。領都に戻られたら医療ポッドに入る事をお勧めします」

「アルテミス1、そうするよ。本当に疲れた」

 本当は展望浴場に入りたいレンヌだったが、またアニエスとイネスが来ると余計に疲れると思った。


 レンヌはそのあと帝都の城に入り、さっきとは違う応接室に案内された。そこにはマルタ宰相が待っていた。

「レンヌ卿、面倒をかけて申し訳なかった。これは陛下から賜われた褒美じゃ」


 大きな皮袋がテーブルの上に置いてあった。レンヌはそれを受け取り、交易の話を聞く。一介の領主でしかないレンヌは、立場上こちらから通商を申し出る事ができない。ミュウレ帝国で需要がある商品は何か、それから現在の塩と麦類の価格などを聞いた。


 それを聞いただけで老宰相はレンヌの意図を見抜いた。

「レンヌ卿は塩と麦類の取引をしたいようじゃな?」

「なぜ、それを?」

「このくらいでボロを出すようでは、レンヌ卿もまだまだ甘い」

 老宰相は言う。

「ミュウレ帝国では他国に食料を売る事を禁じられている。レンヌ卿のご期待に添えず申し訳ないが、その代わりに良いことを一つだけ教えよう」

 レンヌはテーブルの上に身を乗り出した。

「リール王国は今年も豊作で、食料が有り余っているそうじゃ。安く手に入れる事ができるじゃろう。リール王国は我が国に食料を売らないから処分には困っているはずじゃ」

「宰相閣下、良い情報を教えて頂きありがとうございます。さっそくリール王国に行ってみようと思います」

「うむ、そうするが良かろう」


 レンヌは急遽ロワール王国の王城に戻り、ブロッケン宰相に謁見を申し出た。その結果、レンヌのガーランド領とリール王国との単独通商が認められた。

「レンヌ卿は国内の貧しき民と病気や怪我で困っている者を助けてもらった。そのせいで食料が不足したとあれば、王国からも食料を援助するのが筋であろう」

「ありがたき幸せ」

「緊急用の食糧の一部を特別に供するので、レンヌ卿の方で運搬してくれ」

「はい、直ぐに引き取らせて頂きます」


 レンヌはアルテミス1に命じて運搬船を手配した。大型ロボットを使い一日で搬送と運搬を終わらせる。

「これで、急場を凌げただろう。あとはリール王国との通商会談次第だ」と呟いた。

 レンヌは新しく雇用した文官に命じて、リール王国へ先触れに向かわせた。


 グリーンウッドは領都としては新しいので行政や軍務を担当する者が少なかった。レンヌはアイシス伯爵夫妻とブロッケン宰相のコネクションとツテを使って、現役の文官と武官に移籍してくれる様に頼んだ。

 更に、人材を獲得するために文官と武官の雇用は男女を限らずに公募した。その結果、

王都だけでなく各地の貴族の次男以下の男女が殺到した。


 面接は王都と各街の役場、そして冒険者ギルドに協力を依頼した。各役場と冒険者ギルドの窓口で対応してもらったが、応募する者が多すぎて暫くは通常業務に影響が出てしまった。そのため、レンヌは迷惑をかけた関係各所を回り、感謝の言葉を添えてケーキやクッキーなどを手渡した。




 もちろん、役人の募集は平民も受けつけた。レンヌは森を開拓して耕作地を広げていたので、仕事はいくらでもあった。

 そのときに、アルテミス1の助言を受けた。

「文字が書けないのなら文字を必要としない仕事に就いて、その間に勉強すればいいのです」

「なるほど、子供の教育ばかりを考えていたが、大人にも学ぶ機会が必要なのだな」

 レンヌは納得して、仕事に役立つ勉強を専門に教える学校を作ることにした。

『基本は一年間、必要に応じて三年間。学費は無料の上、毎月返済無用の生活費を支給する』として、職業学校を開設した。



 グリーンウッドではロボットが警備所に待機しているが、レンヌは人と対応するにはやっぱり人が必要と判断したので雇用した役人を警備にも配置した。

 エルフ族はレンヌやアニエス、そしてイネスが居住する中央タワーと各所にある需要施設を担当してもらっている。


 他にも、少人数用の小型飛空艇を増産し、各地の連絡用に使っている。そのおかげで、リール王国から直ぐに返事が届いた。


 リール王国との会見当日。

レンヌは小型飛空艇でリール王国の王城に降り立った。

応接室に通されたレンヌは、そこでスレイン王が来るのを待っていた。

レンヌが応接室に来たすぐあとに、スレイン王が宰相のフロスを引き連れて部屋に入ってきた。


お互いに挨拶を交わした後、レンヌは持参した白い紙箱をローテーブルの上に置いた。

「これはケーキという焼き菓子です。あまり日持ちしないので、早目に召し上がってください」


アルテミス1に前もって調べさせた情報があった。

『スレイン王の王妃と二人の王女は大の甘党である』

レンヌはエルフ族を虜にしたアルテミス1が作るケーキで、女性陣を味方にしようと思ったのである。

『将を射んとする者はまず馬を射よ』を実践したのだ。


「ほう、これがケーキというものか」

スレイン王とフロス宰相は驚いて見せたが、実はケーキの事は既に知っていた。


レンヌがアイシス伯爵邸の従者に配ったことで、料理人や従僕たちが出入りの商人や業者に自慢したのだ。

その話が噂となって王都中を駆け回った。

「レンヌ伯爵家で作る『ケーキ』という焼き菓子は舌が蕩けるような美味しさらしい」

「アイリーン様を虜にしたらしい」

大魔導師のアイリーンは、王都ではかなりの有名人だった。それだけに噂の信憑性が高まり、噂が噂を呼ぶ結果になった。僅か三日で王都の隅々まで噂が広まったのである。


その噂をリール王国特殊諜報部隊小隊長のアンヌが聞き付けた。他の部隊はグリーンウッドの調査に向かったがアンヌ小隊だけがロワール王国の王都に残って情報収集をしていた。

「レンヌ伯爵に関する事は全て報告しろ」と隊長のクラインから言われていたアンヌはすぐに本国へ鳥を飛ばした。


『こんなところで、あの情報が役に立つとは思わなかった』

フロス宰相は心の中で呟いた。

「これは王妃と王女を取り込もうとするレンヌ伯爵の企みやも知れませんぞ」

フロスは小声でスレイン王に耳打ちした。

「だが、それなら好都合ではないか。どのみち第二王女のシャルロッテと引き合わせるつもりだったのだから」

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