第22話「エルフ救出」

ゴランのかまかけに、うっかり引っかかったトリニスタンは兵士を怒鳴りつけた。

「お前たち、さっさとあの二人を捕らえろ」

しかし、兵士たちの足は動かない。いや、動けない。

『さっきの攻撃が自分たちの方に向いたら』

と思うと、恐怖心が先立って足がすくんでしまうのだ。


それでも、何人かの兵士は動き出そうとした。だが、二発目の爆発が起こると、腰が砕けたように座り込んでしまった。


レンヌはゴーグルを装着してゴランに声をかけた。

「行きますよ!」

おう、と返事をして、ゴランはレンヌの後を追った。


ゴーグルに館内の地図が映し出された。簡略化された地図だが、矢印で地下室へと誘導している。サーモグラフィシステムのデータも送られているので、ゴーグルには二つの赤い点が表示されている。


ゴランが大斧で木製の扉を打ち破り、二人は地下室に続く階段を下りた。暫く行くと、廊下の突き当りにある鉄製の扉が見えた。扉のドアノブと蝶番部分をレンヌが熱線ブラスターで破壊する。ゴランが扉を蹴飛ばすと、重い鉄の扉が大きな音をたてて吹き飛んだ。


倒れた鉄の扉を踏み越えて廊下を進むと、今度は木製の扉が見えた。

ゴーグルで間取りを確認していたレンヌが言う。


「この先の部屋です!」

既に、部屋の中の生命反応を確認している。

「扉を壊すから離れていろ」

猛獣の雄叫びのような声を発し、ゴランが大斧で扉を破った。

ゴランとレンヌが薄暗い部屋の中に入る。アストロンがライトを灯した。


部屋の片隅で二人のエルフが抱き合っていた。

「アニエス族長の依頼で助けに来た。冒険者のレンヌだ」

「俺は冒険者ギルドのマスターをしてるゴランだ。付いてきてくれ」

「族長の!」

「アニエス様が?」

 二人が頷いたのを確認して地下室を脱出して玄関を目指した。階段を上がって広間に来ると、トリニスタン辺境伯爵と兵士たちが待ち構えていた。


「そこまでだ」

 レンヌたちは立ち止まった。大勢の兵士が弩を向けていたからだ。

「レンヌ、弩だ、けっこう数があるけど大丈夫か?」

「ええ、俺は大丈夫ですけど、エルフの二人を庇いきれるかな?」


二人のエルフを自分の後ろに隠してレンヌは言う。

「ギルマス、少しの間だけ時間を稼いでください」

「おお、何か考えたか? わかった、何とかやってみる」

「アルテミス1、お客さんを降ろしてくれ。モニターで状況の説明はしてくれたな?」

「はい、全ての状況を見ていただきました」


「トリニスタン辺境伯爵。それは、いったい何の真似だ?」

ゴランが低い声で問いかけた。

「何の真似? 無断で我が家に侵入した挙げ句、兵を傷つけ館を破壊した強盗どもを討ち取るためだ」

「無断? そんな事はしてねえぞ。そこにいる執事長のバルターに、ご領主様に取り次いでくれとちゃんと伝えたがバルターが仕事をしなかったんだよ。そうだな、バルター」

「私は帰れと言ったのに、お前たちが強引に侵入したのではないか」

 バルターはすぐさま反論した。言い合いを始めたゴランとバルターの様子を見ていたトリニスタンは痺れを切らして怒鳴った。

「もういい。どのみちエルフを見られたからには、生かしておくつもりはない。お前たち、あいつらを殺せ」


 トリニスタンが命じた直後に大きな声がした。

「それは困るな。そんな奴でも古い馴染みなんでね」

 開け放たれた玄関の所に一人の男が立っていた。

「よう、やっと御出座しか。アイシス」

 アイシスと呼ばれた男は右手を軽く上げた。そして言った。

「そこの執事長。私は、ご領主に取り次いでもらえるかな?」

「貴方様は、どういうお方でしょうか?」

「私はロワール王国法務院主席審議官のアイシス伯爵だ」


「法務院の主席審議官?」

「簡単に言えば、貴族だけを取り締まる役人だ」

 ゴランがそっとレンヌに耳打ちした。

 アイシスは懐から銀色の小さな板を出して皆に見せた。それは王国法務院審議官の証だった。 王国の紋と審議官という文字が入った、貴族なら知っていて当然の物だった。


「トリニスタン辺境伯爵、とりあえず弩を下ろさせなさい」

 いかに辺境伯爵であろうと法務院の審議官には逆らえない。

「おろせ」と低い声でトリニスタンは言った。

「事の一部始終は、お茶を飲みながらゆっくりと見させてもらったよ」

 と言ってから、アイシスはレンヌを見た。

「しかし、モニターと言う魔道具は便利だね。違う場所にいながら状況が全部分かるのだから」

 

今度はトリニスタンの方に顔を向けて言った。

「トリニスタン辺境伯爵は奴隷取扱い違反と殺害未遂の現行犯で捕縛させてもらう。ああ。それから、くれぐれも抵抗など考えないように、これでも元1級冒険者だからね」


「レンヌ君、船をお借りしたいのだが」

「いいですよ。王都まで送ればいいんですね」

「そうしてもらえると有り難い。それにしても空を飛ぶ魔道具なんて初めて見たよ。あんなのどこの国の王族だって持ってないだろうね」


 トリニスタン辺境伯爵と執事長は、王都に連行されて法務院で取り調べを受ける事になった。兵士たちは冒険者ギルド預かりとなって、事件の詳細が判明するまでこの館に留め置かれる。ゴランとレンヌは証言をするためにアイシスに同行した。 

急遽、王都に行くことになったレンヌは、イネスに連絡して事情を話した。その時に、救出したエルフの移送は後日にする許可を貰った。


 トリニスタンと執事長を法務院に連行したあと、ゴランとレンヌは法務院の一室で事情聴取を受けていた。不法侵入と器物損壊の容疑があるからだ。

 その時に問題視されたのが「領主の館にエルフが囚われている事を、どうやって知ったのか?」ということだった。

 その時もレンヌは、いつものように「魔道具です」と答えた。レンヌは思った。

『この惑星の魔法や魔道具、そしてスキルという言葉はとても便利だ。不思議な事や説明できない事も、そう言えば通用する。何でも有りだ』


 エルフが囚えられていた事実に対して、正式にエルフの里のアニエス族長からの抗議文と謝罪要求がなされた。ロワール王国はエルフの里と「国交が無い」との理由から一切の要求を突っぱねた。エルフ族は憤慨したが、一国を相手にする事はできないとの結論を出した。早い話が『泣き寝入り』したのである。これを聞いてレンヌも憤慨したが、宇宙戦艦アルテミスが修理中の現状では如何ともし難い。


 しかし、更にレンヌを怒らせる事が起った。トリニスタン辺境伯爵が『無罪放免』になったのだ。それも、法務院は異常ともいえる早さで裁定を下した。

「その代わりに、ゴランとレンヌの不法侵入と器物損壊もお咎めなしにする」というものだった。

 奴隷商人のゴダールは財産没収の上に鉱山奴隷に落とされた。しかも、ゴダールとの会話は証拠不十分で審査すらされなかったという。

「トカゲのしっぽ切りだ」

 とレンヌは怒りを表したが、一度下りた裁定は覆らないとアイシス伯爵から告げられた。「自分の力が足りなかった」と謝罪するアイシスに、レンヌはこれ以上の事を言うことができなかった。


「俺はこの国のこういう所が嫌いで貴族の誘いを断ったんだ」とゴランは言った。レンヌが不思議そうな顔でアイシスを見たので、ゴランが代弁する。

「あいつは愛に生きたのさ。侯爵家の次女と恋仲になったから爵位が必要だったんだ」

「なるほど」と頷いたレンヌのインカムにアルテミス1から通信が入る。


「艦長、エルフの里に貴族がいなくて良かったですね」

「な、なんの事かな?」と恍けたレンヌに追い打ちがかかる。

「イネス戦士長のことですよ。お忘れですか? 案外、薄情者ですね、艦長は」

「な、な、何を言っているのかな? 君は!」

 顔を真っ赤にしたレンヌは、急いでインカムのスイッチを切った。

「どうかしたか? 顔が赤いぞ」

 ゴランに突っ込まれて、レンヌは慌てて打ち消す。

「な、何でも無いです」


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