第19話「エルフの至宝」


 レンヌは冒険者ギルドを出るとすぐに、子供たちに聞いた。

「君たち、親はいないのか?」

 全員がスラムに住んでいたが、親を亡くしたり、親の行方が分からない者たちだった。

親を探して一人で街中を歩いていた時、もしくは食べ物を求めてさ迷っていた時に捕まったようだ。


 東門を出て森に入り、いつもの場所で全員を揚陸艦に乗せた。先ずは拠点に行って、子供たちだけを下ろす。


「精密な健康診断を済ませたあと、風呂と食事を与えるように」

 そうアルテミス1に指示をして、今度はエルフの里に向けて出発した。


揚陸艦には窓が無いので外を見ることができない。もっとも。数分で着くので退屈する暇もない。

通信機でイネス戦士長に到着の連絡を入れる。前回の広場に着地した。


 乗降用の階段を兼ねた壁が開く。五人のエルフが待ちきれずに駆け降りる。その途端に大きな歓声が起こった。

家族の出迎えを受け、涙する者たちが続出する。


それを目にしたレンヌの瞳が霞み、視界がぼやける。その時、戦士長のイネスと族長のアニエスが連れ添って来た。

「レンヌ様、この度もお世話になり、感謝の心で胸がいっぱいです。ありがとうございました」

 アニエスが深く頭を下げてレンヌに感謝の意を表す。


「レンヌ殿、私からも感謝する。本当にありがとう」

そう言いながら、イネスは遠慮がちに右手を出した。

「いえ、それほどのことでは」と言ったあとに、差し出されたイネスの手を見て考えた。

『これは、握手でいいんだよね?』

女性だからと気を使い、そっと握ったイネスの手は思ったよりも固かった。

それでも、イネスが赤くなって俯いているので、レンヌの心臓も少しだけ動きを速めた。


涙の再会を果たすエルフたちを横目にして、レンヌは今日の宿舎に案内された。

そこは、アニエスの家がある大樹の隣の巨木だった。一番下の太い枝の上に建てられた家は、それほど大きくはないがしっかりとした造りに見えた。

中に入ると、手が込んだ刺繍の壁掛けや綺麗な布で飾られて華やかだった。


白い布が掛けられた丸テーブルの上には、皿に乗せられて伏せてあるカップが並べてある。三人が前回のように座るとお茶が注がれ、甘い匂いがするお菓子が運ばれてきた。

「どうぞ、お召し上がりください」

アニエスが綺麗な声で勧めるので、レンヌは素直にお茶を口に運んだ。


「お菓子はどうですか?」

アニエスに勧められ、レンヌは遠慮せずに一口食べた。

甘過ぎず、それでいて口当たりの良い、クッキーみたいな菓子だった。

「とても美味しいです」とレンヌは感想を言った。

「それは,イネスが作ったお菓子なんですよ」


「そうだったんですか。イネスさんは、お菓子作りがお上手なんですね」

『そこで、いいお嫁さんになれますよ、と言ったらセクハラですよ』

アルテミス1の有難い忠告に、喉まで出かけていた言葉を飲み込む。


「こう見えて、料理も上手なんですよ」

 アニエスが盛んにイネスのことを口にする。

「それは、一度ご馳走になりたいものですね」

 レンヌの言った言葉は社交辞令では無い。

『お菓子がこれほど美味しければ、料理にも期待できるのではないか?』と思ったのだ。

「ええ、是非とも。そうだ、レンヌさんの今日の夕食をイネスに担当してもらいましょう」

さっきから何も言わずに下を向いていたイネスがいきなり顔を上げた。その顔は驚いた表情のまま固まっていたが、真っ赤になっていた。


「じゃあ、イネスお願いね。頑張って作るのよ」

イネスは立ち上がってレンヌに頭を下げた。そして、そのまま違う部屋に入った。

後には笑顔が止まないアニエスと、いまいち状況を分かっていないレンヌが残された。


「ところで、レンヌ様。詳しいお話があるとか?」

「はい。実は、今回の犯人は領主のトリニスタン辺境伯爵でした」

「何ですって!?」

アニエスは思わず大きな声を出した。

「アニエス族長。少しお伺いしたいのですが、今回の五人の他にも行方不明の方はいませんか?」

「はい、あと二人います」

「これは確実な情報なんですが。実は領主の別邸には、まだエルフの方が捕らえられているのです」

驚きのあまりに席を立ち上がったアニエスは、大きな声でイネスを呼んだ。

「イネス! イネス! 来てちょうだい。のんびりと料理している場合じゃなくてよ」


イネスが疾風のようにアニエスの元に来た。

「どうしたの?」慌てたイネスは言葉が素に戻っていた。

「後二人の行方不明者の場所が判明したわ。領主の別邸にいたのよ」

アニエスの言葉を、イネスは確認した。

「それは確かな情報なの?」

アニエスがレンヌに視線を向けたので、イネスもレンヌを見た。

「はい、確実な情報です」

レンヌは言い切った。


「すぐに救出しましょう」

イネスが戦士長の顔で言う。

「その事で、ご相談があります」

レンヌがそう切り出したので、アニエスとイネスはレンヌの顔を凝視した。

「救出するにしてもエルフ族は領都に入れないでしょう?」

二人は頷いた。


「仮に領都に入れたとしても、辺境伯爵と揉めるとマズイ事になりませんか?」

「状況によっては国が出てくるでしょうね」

「だから、救出は俺に任せて欲しいんです」

「しかし、レンヌ様ばかりに負担をお掛けするのは」

「構いません。この情報を持ってきた時から、そのつもりでした」


「レンヌ殿、それでは貴方にご迷惑がかかる事に」

「イネス戦士長、俺なら大丈夫です。この国とは無縁の者ですから」

二人は黙っていた。

「ただし、少しだけ猶予をください」

「その訳をお聞きしても?」

「実は、冒険者ギルドを巻き込んでいるんです」

「それは……」と言いかけてイネスは言葉を止め。

「災難ね」とアニエスが繋いだ。


「まあ、冒険者ギルドにも存在意義があるので」

『冒険者ギルドが貴族の横暴を許す存在なら潰してもいい』とレンヌは考えていた。

「わかりました。エルフ族の族長として、全てをレンヌ様に委ねます。いいわね、イネス戦士長」

「承知しました、族長のお考えのままに」

「必ず無事に救出してみせますから、安心してお待ちください」

それを聞いて、アニエスは悪戯っぽく笑いながら言った。それはアニエスが悪戯をする時にする顔だった。いち早く気づいたイネスは、嫌な予感がして少しだけ顔をしかめた。

「でも、こんなにレンヌ様にお世話になりっぱなしでは、もう差し上げる宝が無いわ。どうしたらいいかしらイネス?」


レンヌは慌てて言う。

「この前に頂いた『空虚の指輪』は過分な宝でした。なので、もう充分です」

「レンヌ殿、そういう訳にはいきません。同族を助けて頂くのは、今回で三度目になります。エルフ族としてはレンヌ殿に是非とも恩返しをしたいのです」

それはイネスの本音だった。戦士長としての自分が何の力にもなれないのにレンヌは二度も同族を救出してくれた。そればかりか、今度は権力者に歯向かおうとしているのだ。

「それなら、エルフの里にあるとっておきの至宝をレンヌ様に頂いてもらいましょうか?」

「とっておきの至宝? そんな物が里にあるの?」

 イネスが訝しんでアニエスの顔を覗く。

「もちろん、有るわよ。しかも、すぐ近くに」

 艶っぽい流し目でレンヌを見るアニエスに、イネスは素になって従兄弟の気持ちに戻ってしまう。


「まさか、アニエス。お前はその身をレンヌ殿に捧げるつもりか?」

 その言葉を聞いたレンヌは驚いて、間抜けな声を上げた。

「へっ!」

「バカね、イネス。そんな事をしたら貴方に一生恨まれちゃうわ」

「ば、ばかなことを言うな」

 イネスは言葉で否定したが、真っ赤になった顔が主に無断で肯定していた。

「至宝とは貴方のことよ、イネス。レンヌ様! 今回の救出が無事に成功したなら、エルフの里の至宝とも言えるイネスを差し上げますわ」

「なっ! なんですと!?」

 素っ頓狂な声をだしたレンヌは椅子から転げ落ち、イネスは声も出せずに両手で顔を押さえて床にへたり込んだ。

「我ながら名案ね」と、ご満悦のアニエスは一人で優雅にお茶を楽しんでいた。



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