第20話「悪巧み」

 翌朝、エルフの里で眠れぬ夜を過ごしたレンヌは、部屋に籠もって出て来ないイネスに挨拶ができなかった。もっともレンヌも恥ずかしくて合わせる顔が無いので、この問題は一先ず棚上げにした。

 終始、笑顔でレンヌを見ているアニエスに気まずさを覚えながら、味が分からない朝食を済ませてレンヌは揚陸艦に乗り込む。

「吉報をお待ちしています」と言うアニエスに手を振ってレンヌは王都に向かった。

 いつもの森に揚陸艦を隠してレンヌは東門を通った。



 冒険者ギルドに到着したレンヌは、すぐさまギルマスの執務室へと通された。

「おはようございます」

「おう、来たか。おはよう、本当は挨拶どころの気分じゃないがな」

「結論は出ましたか?」

「おう、俺も『道なしのゴラン』と呼ばれた男だ。腹を括る覚悟はできたぜ」

「それは上々、では証拠をお見せしましょう。この壁をお借りしてもいいですか?」

「壁を? おう、何でも好きにしな」


 レンヌが前もってアルテミス1と打ち合わせた通りに指をならすと、執務室の壁に、動画が映し出された。そして、透明化したアストロンから同時音声が流れた。それは、ゴダール奴隷商会の地下室で、レンヌが出した録画と同じものだった。




「ゴダール。お前は、その者が光魔法を使ったと言うのだな」

「はいそうです、ご領主様」

「光魔法の他にも治療魔法や空中に人の姿を映す魔法も使った、とそう言うのだな?」

「正にその通りでございます」

「信じられんな。そのような魔法など聞いた事が無い。いったい何者なんだ。そのレンヌとやらは?」

「詳しくは分かりませんが、明日にでも私の商会に呼び出すつもりです。お望みなら、その時に捕らえましょうか? 従属魔法を使えば言いなりですから」

「そうだな。そういう駒があってもいいな」

「では、辺境伯爵様の別邸で、飼われている妖精族と一緒にでもしますか?」

「うむ、いま飼っているエルフと一緒にするのも一興かもしれんな」

「では、そのように手配します。つきましては高位の闇魔法使いをお貸しくださいませんか? あれほどの魔法使いだと私の従属魔法では、ちと心細いので」

「なら、ヒューバットを遣わそう」

「ありがたき幸せ」




「これは、どういう仕組なんだ?」

「見たものと音を記録する魔法だと思ってください」

 レンヌはゴダールが勘違いした事を利用させてもらった。

「正に明確な証拠だ!」

 レンヌは無言で頷いた。

「これだけの証拠を見せられたからには、俺も腹を括るしかねえな。領主の所には一緒に乗り込んでやるよ。別邸のエルフを助けに行くんだろう」

「ご理解が早くて助かります。でも、その前にひとつご相談が有ります」

「相談? おう、何でも言ってくれ」




 レンヌは昨日の夜にアルテミス1から助言を受けていた。

『冒険者ギルドのマスター、ゴラン様は元1級冒険者でしたね?』 

『そうだな、もう現役は引退したらしいが』

『元1級冒険者なら、お仲間も1級冒険者と推測されます』

『仲間がいればね』

 身も蓋も無いことを言う、レンヌだった。

『それならば……』

 とアルテミス1は言い、なるほど、とレンヌは頷いた。




 レンヌが話を切り出す前に、ゴランが先に言った。

「その前に、昨日言っていた家の件を話せ」

「ああ、その件ですか。実は領都の外にある森の中に勝手に家を建てたんです。領都の外の土地は所有者が決まっているんでしょう?」

「この地方の土地は領都も含めてトリニスタン辺境伯爵の領地だ。ただし、例外がある」

「例外とは?」

「領都の西にある山脈を知っているか?」

「はい。白壁山脈と呼ばれている連山ですね」

 白壁山脈はロワール王国の西の国境沿いにあり、標高1万メートルを越える山が十も連なっている。山脈の半分以上が万年雪に覆われて、白い壁のように見えるので『白壁山脈』と呼ばれている。


「そうだ。山脈の南にある『迷いの森』には昔からエルフ族が住んでいた。本来ならロワール王国が治める場所だが『迷いの森』を抜ける事ができねえ。だから統治が及ばない場所なんだ」

「統治が及ばないという事は国が干渉できないので税を取れないという意味ですか?」

「そうだ。税を払っていない者は国の保護も無いという訳さ」

「つまり税の義務を果たして無い者は保護対象になる権利を持たないという訳ですね」

「その通りだ。そういう場所がこの大陸には幾つか在るんだ」

「どこに在るか教えてもらえますか?」


「例えば白壁山脈の北側がそうだ。あそこは『魔物の森』と呼ばれている場所でサーベルウルフやグランドタートルなどのBランクの魔物がゴロゴロしてやがる。おまけに山脈にはAランクのアースドラゴンが住みついて、空には同じくAランクのワイバーンが飛び回っているという災害級の危険な場所だ」

「魔物が強すぎて手が出せない場所だから、現状は放置するしかない。だから、どこの国にも属していないという事ですね。他にも有りますか?」


「近いところなら領都の近くを流れるトリニ川がそうだな」

『あの川が?』拠点を作っている場所なのでレンヌは気になった。

「なぜ、あの川が?」

「あそこの川には『サハギン』と言う水棲の魔物がいて、川の中と川岸から一定の距離までを縄張りにしているんだ。縄張りの中に入ると集団で襲ってくる」

『なるほど、最初に襲ってきたのは縄張りに入っていたせいか。その後に造った拠点は縄張りから外れていたという訳か』レンヌは合点がいって納得した。

「他にも有りますか?」

「後は『精霊の森』とか『ドワーフの山』などの特別な場所か、砂漠や湿地帯などの人が住めない場所だな。詳しい情報はその国の冒険者ギルドが知っているから直接行って聞け」

「ありがとうございました」


「ところで、ゴダールたちの身柄はどこに?」

「お前から連絡を受けてすぐにギルドの地下牢に放り込んだ。役人に任せる訳にはいかねえからな」

「それなら安心です」

「それより、あの手錠というやつをギルドに売ってくれ。あれは使いやすいから何かと便利だ。もちろん鍵も付けてな」

「ご注文、ありがとうございます。今度の一件が片付いたらでいいですか?」

「おう、構わねえぞ。それじゃあ、お前の『相談という名の悪巧み』を聞こうか」

「ふふふ。それに気づくとは、貴方様も悪ですねえ!」

「ふははは!」

「ふへへへ!」


 冒険者ギルドの執務室に不気味な笑い声が響いていたその頃、王都に住むある法衣貴族の館で一人の男が続けて激しいクシャミをした。

「おや? 二度もクシャミを! 伯爵様、お風邪ですか?」

 紅茶を入れていた執事の問いかけに、伯爵は背を向けたまま右手を振る。

「いや、大事ない」

 と返事した伯爵は、なぜか急に古馴染みの顔を思い出して、思わず眉をひそめた。伯爵が見ている窓の外では、大粒の雨が降り始め遠くで雷の音がした。


 執務室での相談が終わった数日後。

 レンヌはゴランを連れて揚陸艦の所までいった。

 領都の近くにある森の中に少しだけ開けた場所があった。レンヌが立ち止まったので、ゴランが聞く。

「何処に有るんだ?」

「アルテミス1、揚陸艦のステルス解除」

「了解しました。揚陸艦のステルスを解除します」

 ゴランの目の前にとつぜん揚陸艦が姿を現した。

「おお、なんだこれは。とつぜん出てきたぞ」

 壁の一部が開き階段が現れる。

「どうぞ、乗ってください」


 二人が乗艦すると揚陸艦の壁が静かに閉まった。揚陸艦のシートに座りゴランは言う。

「ちと、椅子が固いな」

「これは輸送用なので。座り心地を考えてないんです」

「それで、いつ空を飛ぶんだ?」

「もう、飛んでますよ」

 揚陸艦には窓が無いのでゴランは気づかなかった。

「音も振動も無かったが?」

「ええ、座り心地は悪いんですが、乗り心地は良いんです」

「ところで、あいつは?」

「奥の個室にいらっしゃいます」

「そうか」とだけ言って、ゴランはレンヌが差し出したお茶を飲んだ。



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