第38話「襲撃」

王都に滞在して二十日が経った頃、アルテミス1から知らせを受けた。

「艦長、鉱物資源の関連施設の建設が完了しました」

「おお! 遂にできたのか。早速、視察がしたい」


レンヌは新しく建造した飛空艇に乗り、現地に向けて飛ぶ。高高度を音速の二倍近い速度で飛行する。現地の近くまで来た飛空艇は徐々に減速しながら高度を下げた。


レンヌは近づく地表の景色を、飛空艇の窓から眺めた。

白い壁のように聳え立つ山脈の麓に長大に広がる緑が美しい。


山脈からは幾筋もの青い川が流れている。山脈のやや南寄りにある川の側に都市が見えた。

『あんな所に都市が?』レンヌの胸に不安が過った。


 まだ、高い空から見下ろしているので、レンヌは都市の大きさが把握できなかった。

高度が下がる度に、拡張していく都市を見てレンヌは思った。

『やってくれたな、アルテミス1』

 ある程度は予想していたレンヌだが、ここまで大きな都市を建設するとは思っていなかった。


やがて、飛空艇は都市の中央に建造された宙港に降りる。戦艦アルテミスを修理するために、宇宙戦艦が数隻着艦できるほどの宙港を建設したようだ。

 既に戦艦アルテミスはドックで修理中だという。工作ナノマシンを全部使用しているので修理は早く終わる、とアルテミス1は言った。しかし、肝心の希少金属『ガドリニウム』が無いので、エンジンの修理が出来ない状態だった。


飛空艇の ドアが自動で開き、タラップが近づいてくる。レンヌは宙港に降り立ち、自動運転車に乗って中央塔に到着した。エレベーターで塔の最上階に上がったレンヌは、全方位が見渡せる大きな窓に近づく。


アルテミス1の説明を聞きながら景色を眺めた。南北には見渡す限りの深緑、西は白い壁。そして、東には青い川の両側に広がる緑色の草原があった。

近場に目を移せば、ソーラーパネルを屋根に載せたフルオートメーションシステムの工場郡。そして、川の流れを利用した水力発電所。更に、多種多様な製造工場と各種の処理施設。

 他にも、たくさんの倉庫棟と広大な空き地があった。レンヌは想像を超える建造物の多さに驚いていた。


「如何ですか、艦長」

アルテミス1に聞かれて、レンヌは答えた。

「一言で言えば、バカでかい!」

「トリニスタン領都の二倍、王都より少し小さいくらいですが」

 と不満そうにアルテミス1が応える。

「空き地がやたら多いのは、何か目的があるのか?」

「車両製造工場と軍艦建造工場を建設するための用地です」

「不要とは言わないけど、必要になる日が来るとも思えないけどな」

「星の発展に近代化は欠かせません。近代化には高速物流が必要です」

「それは、そうだが」


確かにその考えは間違いではないが、レンヌはこの惑星を近代化させるつもりは無かった。しかし、文明の発展には必要があるかも知れないとも思った。


その時、アイシスの通信機から連絡がきた。

「レンヌ卿。明日の朝、二つ目の鐘がなる頃に会いたいと宰相閣下が仰せだ」

レンヌは宰相に呼び出された時間に王城に着いた。紋章を見せて用件を告げると、すぐさま宰相の執務室に通された。その席で、領都建設と領地赴任の認可を受けた。


 これで、やる事の全てが終わった。その時、レンヌは思った。

『最後に、もう一度だけ子供たちを王都見物に連れて行きたい』

 アイシス伯爵の屋敷に戻ったレンヌは夕食時にみんなの前で言った。

「王都での用事は全て終わった。あとはトリニスタンに帰るだけだが、最後にもう一度だけ王都見物をしようと思う」

 子供たちは大いに喜んだ。アイシスが、また案内をすると言ってくれた。


 翌日の朝、二台の馬車で王都見物に出かけた。前回は王都の中心部から南側を見たので、今回はそれ以外の地区を回る予定だ。

 最初に行ったのは東の商業地区だ。地区の入り口にある馬車預り所に二台の馬車をあずける。


 居並ぶ屋台で買い食いを楽しみ、食料品市場を見て回るつもりだ。全国から物が集まる王都の市場には、トリニスタン領には売っていない物も多かった。子供たちは見慣れない物を見つける度にはしゃぎ、手にとっては物珍しそうに見ていた。レンヌは子供たちが興味を示した物を全部購入した。


 馬車は東地区を抜けて、北地区に入る。北壁寄りは汚水処理場があるのでとても臭い。アイシスは北地区の真ん中を抜けて西地区へと移動しようとしていた。それが近道だからだ。




 とつぜん、二台の馬車に衝撃が走り、子供たちが悲鳴を上げる。直後に馬車が燃えだしたので、レンヌとアイシスは急いで子供たちを馬車から降ろした。

 全身黒ずくめの十数人の者が行く手を塞いでいた。アイシスは咄嗟に前に出て、レンヌは素早く後方を見た。そして、後方も十数人の黒ずくめに塞がれているのを確認した。


「アイシス伯爵、後ろも塞がれた」

 レンヌは腰に手をやった。だが、そこには何も無かった。

「しまった!」レンヌは思わず叫んだ。 

 今日は王都を歩き回るつもりだったので、コンバットスーツじゃなくてアイシスのような貴族の服を着ていた。とうぜん、熱戦ブラスターもパラライザーも装着していない。武器は一切所持していなかった。


「前にいる者は私が倒します。子供たちをお願いします」

 アイシスは一瞬で間合いを詰めて、前方の襲撃者を攻撃した。一度に三人の人間が空を舞うのを見た襲撃者たちは遠距離攻撃に切り替えた。

 レンヌはアストロンに後方の襲撃者を攻撃させた。

「殺せ!」子供たちを襲う奴らをレンヌは容赦しない。

 燃える馬車を避けるために、レンヌは子供たちを壁際に寄せた。後方の襲撃者たちは、たちまち数を減らしていった。


 とつぜん、高い笛の音が響いた。その途端に、屋根の上から火球や氷の矢が降ってきた。アストロンのシールドは個人用だ。子供たち全員を護ることはできない。アストロンの八条のレーザーが迎撃するが、魔法攻撃の方が数が多かった。着弾する炎と氷を見て、レンヌは叫んだ。

「アルテミス1」

 しかし、武装大型ドローンは揚陸艦に収納したままだった。静止衛星からの攻撃では王都そのものが消失してしまう。

 治安の良い王都で、こんなに大勢の者から襲撃を受けるとは、流石のアルテミス1も想定していなかった。襲撃者は五十名を超え、魔法を使う者が二十名もいた。


「一分です」アルテミス1から通信が入った。緊急発進した武装大型ドローンの到着時間だ。レンヌは一分後に助けがくると判断した。

「アイシス、一分だけ守ってくれ!」

 レンヌが叫ぶと、アイシスは瞬時に子供たちのところまで戻り防御に専念した。レンヌは小さい子三人をシールドの中に入れ、自分はシールドから出て魔法攻撃から子供たちを庇った。レンヌの背中に痛みが走る。それでも、レンヌは子供たちから離れなかった。


 そして、屋根の上にいた黒ずくめ者たちは、一分後にこの世から消滅した。

「アイシス、何人か生かして捕らえてくれ」

 アイシスは笛を吹いた者と側にいた者二名を、瞬時に気絶させて捕らえた。

「アルテミス1、他は皆殺しにしろ」

 レンヌたちの前後にいた黒ずくめの者たちは、数瞬後には跡形もなく消滅していた。


「ステラ! アンジュ!」

 幸い命を落とした子はいなかったが、酷い火傷を負った子や骨が見えている重傷の子が何人かいた。

「アルテミス1、医療用ナノマシンを注入しろ。」

 レンヌは自分も酷い怪我をしていたが、子供たちの治療を優先した。麻酔の効果で、子供たちは痛みから解放された。アストロン四機の治療で火傷の跡は小さくなり、裂けた傷はすぐに再生された。

「アルテミス1、子供たちを医療カプセルに搬送しろ。あと、メンタルケアも頼む」

「了解しました」


 大型ドローンと同時に発進していた飛空艇が無音で着陸した。レンヌはアイシスに手伝ってもらい、子供たち全員を飛空艇に乗せて拠点に運ばせた。医療用カプセルは戦艦アルテミスと拠点にしか設置されてない。


「レンヌ父さん!」

 と乗船の時に、子供たちは不安な顔を見せた。

「大丈夫だ! 俺も後からいく」

 飛空艇の中に一人の美女が現れた。それは、子供たちにせがまれてアルテミス1が作った立体映像だった。

「アルテミス母さんの姿が見たい」という幼子のリクエストに応えたものだ。


「みんな、大丈夫ですよ。私が付いていますから、安心してください」

 子供たちは頷いた。その頃には、レンヌの治療も終わっていた。




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