第50話「領都グリーンウッド」

 もう一方のミュウレ帝国では、ドンガ帝が手に持っていた銀のグラスを壁に投げつけた。グラスは壁を傷つけ、赤い液体を撒き散らしながら床に落ちる。


「西部方面最大の都市「ランダ」に匹敵するものが一夜で建ったというのか?」

 その時、ドンガ帝王は、このやり取りを思い出した。

「またロワール王国の奴か。白壁山脈の山を消滅させた、あの魔法を使った者の仕業か?」


 大陸にある二つの大国の片方を率いる英傑である。知力や判断力は、並みの者より優れていた。すぐに過去の出来事を思い出したのだ。ドンガ帝は謎の巨大都市の詳細を調べるため、多数の密偵をロワール王国に放った。





「領都が完成したら家名と領地名を届けるように」

レンヌはブロッケン宰相から、そう言われていた。ロワール王国では下賜された地方名を領地名にするのが慣例だったが、国王から賜ったレンヌの新領地には地方名が無かった。


ロワール王国の慣例では、領地名はそのままレンヌの家名になる。だが、ストラスブール王国は平民も家名を持っているので、レンヌは『ガーランド』という家名を持っている。 なので、領地名は『ガーランド領』にした。

ロワール王国の慣例に従うなら、領都名も『ガーランド』にすべきだが、レンヌは敢えて名前を変えた。王国への届け出は『ガーランド伯爵領』領都『グリーンウッド』である。これは森を愛するエルフ族に敬意を払ったものだ。




レンヌのせいで、白壁山脈から迷いの森に抜ける川の一部が山と一緒に消失していた。そのため、迷いの森の川が干上がってしまった。レンヌは白壁山脈から迷いの森に向けて新しい川を造成した。

 領都グリーンウッドは白壁山脈の最南端、ミュウレ帝国との国境から近い場所に移転している。新しい川は領都『グリーンウッド』の中を北から南へと抜けていた。

グリーンウッドには通行用の門が東西に設けられたが、南北には無い。その代わりに領都を南北に抜ける川のための門がある。領都の中を船が運航するためだ。領都の中心部で、東西に走る大通りと南北に抜ける川が交差している。もちろん、川の両端には幅が広い通りを造ってある。


レンヌは、そこに植物を多く配置した円形の公園を造成した。それは『グリーンウッド』の名に相応しい大きな森だった。森の中央を流れる川には幅広の橋があり、その下を船が通れる様にしてある。橋の上に巨大な噴水を作り、森の外周には広場を作った。


 領都が完成し、エルフ族の引っ越しが始まった。

「うわあ、綺麗な建物がいっぱい」

「たくさんの木々があるわ。気持ちが良いわね」

「すごく広い大通りなのね」

 東西を結ぶ大通りは公園を南北に分けているので、通りからは噴水が見える。


「見て、見て、あの噴水。すごいわ。二階建ての噴水よ」

「こんなに素敵な街に住めるなんて」

 エルフたちは、これから自分の街になるグリーンウッドを興味深く見ていた。公園に一番近い場所をエルフの居住区にしたのは、レンヌの配慮である。


領都は城を必要としない。その代わりに、街道の両脇数キロと南北の外壁の周囲にガードタワーを建設してある。領都は中央噴水を中心に、大通りを利用して四つに仕切られていた。工場区と行政区、そして居住区と商業区の四つに分けられている。


 東西の門には警備所が置かれており、エルフ族の戦士が警備を担当している。 門には各種の検査機器が設置され、機器とリンクしたガードロボットが警備所で待機している。そのため、エルフ族の主な仕事は領都の案内係になりそうだった。


「さて、器ができたからには本格的に街作りを始めるか」

 レンヌは決意を新たにした。先ず、ブロッケン宰相の許可を取って王都のスラム街の住人をグリーンウッドに移住する計画を実行した。


『新しい領都完成につき領民を募集する。住居は無料提供、仕事は領都の役場で斡旋する。職人については面談の上で、住居付き工房を期限付きで無償貸与する。また、家族の同伴も許可する。さらに、病人や負傷者は無料で治療し、住居も与える。収入が無い者や少ない者は領都から生活の支援をする。成人前の子供がいる者は一人につき、年に金貨一枚を支給する』


 王都や各地方の主だった街と村に高札を立てた。その上で文字が読めない者のために、冒険者ギルドを介して路上で説明会も行った。更に、領地管理院の協力を得て貧しい村や集落の者を勧誘した。領都『グリーンウッド』は四十万人が居住できるので、ロワール王国中から募集しても問題ないと判断していた。


「これは、本当か?」

「家をタダでくれると言うのか?」

「子供一人につき金貨一枚だって!」

「生活の支援もすると書いてあるぞ」

 噂はロワール王国内を駆け回り、たちまち移住希望者が殺到した。


 グリーンウッドに到着した移住者は最初に住民登録をする。音声ガイダンスに従い列を作った人々がガイダンスの説明を受け、名前を言った後に両手を機械の画面に押しつける。更に、血液を一滴だけ採取して、病気の有無を調べてDNAの登録も行った。


 もちろん、任意ではあるが、病気を無料で調べて貰えるとなれば拒否する者はいない。住民登録は領都に住む者であれば必要な事は分かっている。逆にスラムの住人は、これまで住民登録をしてもらえない立場だったので大いに喜んだ。


「これで、俺も平民になった」

「もう差別を受けなくてすむ」

「もうスラムには戻りたくないから懸命に働くぞ」


 病人や負傷者が殺到する事が予想されたので、レンヌは特にメディカルセンターを充実させた。また、動けない者を輸送するために大量の人員を輸送できる船を建造した。三つの宙港には多くの輸送船が並んだ。また、宙港から各施設に輸送するための車両も製造された。


 ロワール王国中の貧しい者たちと病人や負傷者が、大挙して各地の冒険者ギルドに押し寄せた。レンヌに協力した冒険者ギルドが窓口になっていたからだ。また、工房を持たない若手職人も家族を伴って応募してきた。ロワール王国の各地から毎日、多くの移住希望者がグリーンウッドに輸送されてくる。


 グリーンウッドの三つの宙港は、行き交う輸送船で混み合った。二百人を超えるエルフたちが、団体旅行者を引率するガイドさんみたいに動き回っていた。それでは全然足りないので、先着した移住者も使って案内役と説明者を増やした。


 住民登録を済ませた者が登録所を出ると案内役が待っている。知人や同郷の者を案内役の中に見つけて、安堵する移住者も多かった。

「お前、もう来てたのか?」

「ああ、既に家も貰ったぞ」

「どんな家だ?」

「それは自分の目で確かめろ。びっくりするぞ」

「そんなに凄いのか?」

「さあ、みんな俺に着いてきてくれ。案内するぞ」


「あんた、こんな所で何してんの?」

「役場に雇われて案内役をしているのよ。さ、こっちに来て、それから迷子にならないように子供と手を繋いでね」

 何百人という臨時の案内役が、出てくる移住者を連れて次々と居住区へと向かう。そこで待つ説明者に引き継ぎ、また登録所に戻ってくるのだ。

 説明者は簡単な説明だけして、移住者を列に並ばせる。あとは音声ガイダンスが言う通りに進めばいい。


 たちまち、グリーンウッドは十万人を超える領民を得た。それでも、絶えることなく移住希望者がやってくる。

 移住者は、自分たちが想像していたよりも遥かに綺麗な建物と街並みに感動する。そして、自分たちが領都の住民になれた幸運に感謝した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る