第46話「エイベル侯爵の謀略」

「密書には何と書いてあったのだ?」

「密書にはメース王国の西部辺境伯爵に謀反の兆し有り、と書かれていました」

「なに! 謀反だと」

 

 メース王国には辺境伯爵が二人しかいない。北と東は海なので他国と接していないからだ。

メース王国の南部にあるロワール王国とは、同盟を結び交易までしているので関係は良い。

しかし、西部はミュウレ帝国の属国クラム王国と接している関係上、軍備に重きを置いている。そのため西部辺境伯爵の領軍は国軍に引けを取らない。


 現在の女王は南部辺境伯爵の長女だ。夫の国王が早逝したために、子供がいなかった王妃が史上初の女王になった。ところが、国王の死後に、妊娠していた側室が男児を産んだ。その側室の実家が西部辺境伯爵なのだ。


 西部辺境伯爵は正統な男子後継者である自分の外孫に王位を渡すように進言した。自分が摂政になるためだ。ところが女王はそれを拒否した。


ただでさえ、王国軍に匹敵するような領軍を持つ西部辺境伯爵だ。

それが摂政になって国軍にまで関与すれば、メース王国は実質的乗っ取られたようなものだ。女王はそう考えた。


 頑なに拒否する女王と西部辺境伯爵の関係悪化は、次第に表面化していった。

「いつ反乱を起してもおかしくない」と周囲が思っていたくらいだ。それだからこそ、この情報はいち早く外部に漏れた。そして、エイベル侯爵の知るところになった。


「メース王国の内乱が俺の功績とどう結びつくのだ?」

「西部辺境伯爵の領軍が王国軍に匹敵すると言っても、他の貴族の動き次第では反乱は難しいでしょう」

「それはそうだろう。メース王国にいる他の貴族も私兵を持っているのだからな」

「だから、内乱を起こすのは無理なんです」

 

 王太子のオスカーは頭を捻った。

「だったら、なおさら俺たちが介入する隙きが無いじゃないか」

「ええ、そこで私の出番なんです」

「何を企んでる?」

「西部辺境伯爵に、秘密裏に資金援助して他の貴族を抱き込ませるのです」

「なるほど、数の力をもって圧力をかけようという訳か」

「いえ、違います。内乱を起こすように持ちかけるのです」


オスカーは外祖父のエイベルの顔を見て、眉をひそめた。

「しかし、他国の内乱を手引きしたことがバレたら身の破滅だぞ」


「それは大丈夫です。この事は南部辺境伯爵との謀にするつもりです」

 この計画はエイベル侯爵が女王と南部辺境伯爵の両陣営と手を結んで、西部辺境伯爵を倒すための罠なのだ。だから、勝ちさえすればエイベルたちの罠がバレることは、絶対に有り得ない。


 エイベルは自分の計画をオスカーに話した。

 エイベル侯爵の娘が嫁いだ伯爵は南部辺境伯爵の派閥の幹部なので、南部辺境伯爵とツナギを取ってもらう。密かに会談を設けて計画を話し合うつもりだと言う。エイベルはオスカーに計画を話した。


 南部辺境伯爵は自分の利益のためにも、娘に女王を長く続けてもらいたい。だから、女王に対して常に圧力をかけている西部辺境伯爵を、目の上の瘤と思っているはずだ。だが、女王側と西部辺境伯爵側がまともに戦えば内乱になるし、勝てるとは限らない。


 どっちの陣営も原状では動きがとれない。だけど、いつまでも今の状態を維持すると、いずれ破綻する時がくる。南部辺境伯爵にしたら、自分の懐を痛めずに宿敵を排除できるなら計画に乗ってくるはずだ。


 実際に内乱になったら女王は同盟国であるロワール王国に援軍を求めることができる。同盟は、メース王国が攻撃を受けたら共に戦うというものだ。この場合のメース王国とは、女王のいる側を示す。故に、王太子がロワール王国軍を率いて反乱軍に打ち勝てば功績になるはずだ。


「なるほど、女王にすれば敵対貴族を一掃できるし、王国も安定するから援軍を送ってくれたロワール王国に深く感謝するだろう。とうぜん、援軍を率いた俺の功績になるという訳か」

「そういう訳です」

「わかった。それでいこう。エイベル侯爵、宜しく頼む」

「お任せください、王太子」


 エイベル侯爵はこれまでの悪事で巨万の富を築いている。軍資金には困らないほど蓄財していた。その富を全て使ってでも、今回の計画を成功させたいと考えていた。王太子が国王になれば、使った資金が何倍にもなって返ってくるのは間違いないからだ。

 そして、翌日から二人は秘密裏に行動を起こした。




 レンヌは関係者に邪竜ヴァリトラの経緯について報告して回っていた。ロワール王国の王都に来てアイシス伯爵夫妻への報告を終えたレンヌは、アイシス伯爵の妻アイリーンの勧めでブロッケン宰相にも報告する事にした。アイシスが宰相に謁見を求める使いを出してくれたので、空いた時間を使ってレンヌはアイリーンに魔法の事を尋ねた。


「魔素の採集には、どういう方法がありますか?」

「魔素は自然界のどこにでも存在しています。呼吸をしても採取できますし、食物にも含まれているので食事をしても採取できます。それを体内に蓄積したものが魔力なのです」

「でも、それだと量的に不足しませんか?」

「もちろん、全然足りません。魔法によっては莫大な魔力が必要なものもあるので、体内の魔力だけでは発動できない場合があるのです」


「そういう時はどうするのですか?」

「魔法陣です」

「魔法陣?」

「魔法陣というのは魔素を集めるための『回路』を書き込んだ図面みたいな物です。人によっては設計図と言う方もいますね」

 

「回路ですか?」

「『方式』と言い換えることもできます。要は魔素を集めるための手段だと思ってください」

「なるほど、分かったような気がします」

「魔素を集める方式と魔法の種類を書いた方式、それから魔法を行使する方式の全てを一つの図面に書いた物が魔法陣です。正確に描けたら、魔力を注ぐと魔法が発動します」 


「その魔法陣の雛形みたいな物はあるのですか?」

「有りますよ。それが『魔法書』です」

「どこで手に入りますか?」

「ウチにたくさん有るので、いくらでも差し上げますわ」

「本当ですか? 嬉しいな。感謝します」

「レンヌ卿、今すぐ必要ですか?」

「はい。出来れば」

「わかりました」


 アイリーンの案内で一階にある書庫に行く。冒険者ギルド「トリニスタン支部」のギルマスの執務室くらい広い部屋だった。五十人は余裕で入れそうな部屋だった。

「ずいぶんと広い部屋ですね」

「そうかしら。これでも狭いと思うけど」

「それは君が大魔道士だからだよ。普通の人には、こんなにたくさんの本は必要無いからね」

 魔法は門外漢なので今まで静かにレンヌとアイリーンの会話を聞いていたアイシスが、出番が来たとばかりに妻に話しかける。


「そうかしら、これでも足りないと思っているくらいよ」

「君は、国中の魔法書を買い集めるつもりなのかね?」

「ええ、お金が足りるならそうしたいわ」

「はいはい、もっと稼ぎますよ。馬車馬みたいに働いて」

「いえ、貴方。その必要は無いわ。高額な魔法書は王国軍魔術師団の経費で買うから」

「分かったよ、奥さん。せめて、財務院から苦情がこない程度でお願いするよ」

「了解しました。ビシッ!」

 右手で敬礼しながら口で「ビシッ!」と言ったアイリーンに、思わず吹き出すレンヌだった。

『キャラが違うぞ、アイリーン』とレンヌは笑いながら思った。


 王城から使いの者が返事を持って帰ってきた。

「明日の朝、鐘二つの頃で謁見予約が取れたぞ」

 従僕から封書を受け取ったアイシスが教えてくれた。

「ありがとう、アイシス」

 お礼を言うレンヌに、アイシスは軽く右手を挙げて応えた。


翌朝、約束通りにブロッケン宰相に報告を済ませたレンヌは、飛空艇で工業都市に向かった。アルテミス1から、ヴァリトラの死骸を回収したと連絡が来ていたからだ。


「アルテミス1、ヴァリトラの損壊状況を報告してくれ」

「はい、艦長。ヴァリトラは外皮が金属で構成されているため、電撃による放電が起こり皮下組織が焼けました。筋肉組織も一部損傷しています」

「わかった」

『問題は魔石が無事かどうかだな』

 レンヌは国宝級と予想される邪竜ヴァリトラの魔石が気になっていた。




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