第32話「取り越し苦労」

 話は少し遡って、スタンピードが終息した二日後のこと。

 拠点にいたレンヌに、代官のルーベンスから通信が入る。

「大事な話があるので、明日の朝のなるべく早い時間に冒険者ギルドのギルマスの部屋まで来てください。ゴランさんの許可は貰っています」

 レンヌは、了解と返事をして通信を切った。


 翌日の朝一番の鐘がなる頃、レンヌは領都の東門が開くのと同時に通過して冒険者ギルドに向かった。ギルドではエマが待っていた。レンヌを見かけるとすぐに声を掛けてゴランの執務室へと連れて行った。エマは扉をノックして告げた。

「ギルマス、レンヌさんをお連れしました」

「入ってもらえ」

「失礼します」と言ってレンヌは部屋に入った。


 ゴランは自分の机に座っていたが、ルーベンスはソファーでお茶を飲んでいた。エマの案内でレンヌもソファーに座ると、すぐにエマがお茶を用意してくれた。ルーベンスは、お茶のおかわりを要求した。


 二人が揃ったのを見て、ゴランがソファーまで移動してきた。ソファーに腰掛けてゴランは言う。

「用件と言うのは、先日のスタンピードの事だ」

『やっぱり、スタンピードの事か』とレンヌは思った。山を二つも消滅させたのだ何らかの咎めがあると思っていたのだ。

 ゴランの話をルーベンスが引き継ぐ。

「レンヌさんには、王都に行ってもらいます」


『えっ!』とレンヌは驚く。話が大きくなって王都にも伝わったのかと思ったからだ。レンヌは恐る恐る言う。

「王都にはどんな用で? やっぱり、山二つを消失させたのがマズかったのでしょうか?」

「なんだ、レンヌ。お前はそんな事を気にしていたのか」

 ゴランは呆れたように笑った。

「でも、鉱物資源とか一緒に消えたんですよ。森の木材とかの損失もあるじゃないですか」

「そんなもん、無い無い。魔物が怖くて手を出せなかった場所だぞ」

「そうですよ、レンヌさん。心配は無用です」

「そうですか?」と言ったが、レンヌは他に王都に行く理由が思いつかなかった。


「用件は二つあります。一つはスタンピードの事を王都の関係者に説明してもらいたい」

「もう一つは俺から言おう。王都にあるロワール王国冒険者ギルド本部にスタンピードの映像を見せて欲しい。あんなスタンピードの討伐は前代未聞だ。誰も信じやしない。お前のことだから、もちろん映像に残してあるんだろう?」


 レンヌが何も指示しなくても、学術調査に関する事はアルテミス1の権限で記録していいと許可している。とうぜん、戦艦アルテミスに搭載したメインコンピューターのデータベースに保存してあるので、いつでも取り出せる状態だ。


「滞在日数はどのくらいでしょう?」

「そうですね。王様の謁見も含めて凡そ一月というところですか?」

「王様との謁見があるんですか?」

 レンヌは思いっきり嫌な顔をした。


 レンヌは王都で王様に謁見する事もいやだったが、何よりも子供たちと一ヶ月も会えない事がいやだった。子供たちやアルテミス1と相談したいと考えたレンヌは返事を待ってもらう事にした。

「返事は明日でもいいですか?」

「もちろん、構いませんよ。返事は通信機で結構です」


「話は終わったようだな。ところで、代官殿に聞きたい事があるんだが」

「何でしょう? ギルマス」

「ご領主からのレンヌへの報奨は、どうなったのかと思って」

「その件も含めて、王都で関係者と話をする必要があるのですよ」

「そうか! 関係者の驚く顔が想像できるぜ」とゴランは豪快に笑った。


 拠点に帰ったレンヌはアルテミス1の知恵を借りる事にした。

「一ヶ月もここを留守にできない、というより子供たちと離れたくない。アルテミス1、いい考えはないか?」

「艦長、考えるまでもありません。子供たちと一緒に行けば良いのですよ。子供たちも王都見物ができて喜ぶと思います」

「そうか、そうだな。子供たちに王都見物をさせてあげられる。でも一ヶ月も滞在するとなると、宿で子供たちの世話をする人の手配が要るだろうな。まさか家事ロボットを連れて行く訳にはいかないぞ」

「王都に居るアイシス伯爵の所に泊めてもらえ無いのですか?」

 レンヌはすぐに通信機を取り出した。アイシスは快く了解してくれた。

「アルテミス1、アイシス伯爵の了解を貰った。王国の用事で王都に滞在するのなら、その間はアイシス伯爵が一切の世話をしてくれるそうだ。お金の必要も無いと言ってくれた」

「良かったですね、艦長。では、その事を子供たちに教えてあげてください」

 レンヌは、子供たちに説明した。

「国の用事で王都に一ヶ月ほど滞在する事になった。その間は王都見物ができるぞ。王都で美味しい物を食べて、珍しい物を見ような」

「わーい。王都だ」

「王都に行くの?」

「王都ってどこ?」

「王都って何?」


「とりあえずは、深く考えなくていい。美味しい物を食べて、面白いものが見られるならいいさ。みんなで、いっぱい遊ぶぞ」

 子供たちは大喜びで歓声をあげていた。レンヌはすぐにルーベンスに連絡した。そして、子供たちの同行と、王都での滞在はアイシス伯爵に許可を貰ったので伯爵邸になると伝えた。


「艦長、子供たちが王都で着る服の製作許可をください」

「当然だ、可愛い服を作ってくれ。他にも必要な物があれば作ってくれ。子供たちが王都で不自由しないようにしてあげたい。ベッドとか寝具も要るかな?」

「もちろんです。私が設計したベッドと寝具を使ったら他の物は使えませんよ。」

「それなら、アイシス伯爵へのお礼はアルテミス1が設計して作らせたベッドと寝具にするか」

「お任せください、館長。二度と手放せないような製品を作ってみせます」

「これ無しでは生きていけない、と言うくらいの物を作ってくれ」

 悪のりするレンヌであった。


「ところで、艦長。一ヶ月も拠点を留守になさるのなら、ご報告したい事があります」

唐突に言い出した、アルテミス1にレンヌは少し不安を覚えた。

「なんだ?」

「危険は無いと推測されたので、様子を見ていた案件があります」

「どんな案件だ?」

「ここ十日間、拠点を見張っている組織があります」

「見張っている組織だって?」

「はい、毎日人を替えて見張っているので小型ドローンを使って調べました」

「それで、何者だ?」

「暗殺等の犯罪を行う組織で、一般的には『闇組織』と呼ばれているようです。母体は王都にあります」

「何を見張っているんだろう?」

「艦長の事を調べていました」

「俺の事を?」

「はい、依頼人はトリニスタン辺境伯爵の分家の子爵でした」

「ああ! エルフ族の件を逆恨みしたのか?」

「それなら、尚のこと、子供たちを王都に連れていかなくては」

「この惑星の者では、拠点に侵入する事は不可能だ。放置していい」



『一ヶ月もここを留守にする』と考えた時にレンヌはふと思いついた。

「アルテミス1。そう言えば、鉱物資源の方はどうなっている?」

「はい、艦長。工作用ナノマシンを総動員して建設中です」

「総動員って? 戦艦アルテミスの修理は?」

「艦長、如何に工作用ナノマシンが優秀でも資材が無ければ修理は不可能です」

「ああ、それで建設に全力を注いでいるのか。なるほど、了解した」


 レンヌは建設現場の進捗状況が気になった。

「それなら、一度現地を視察してみたいな。進捗状況はどうだ?」

「外壁は既に完成しています。対空と対物の兵器も設置済みなので、例えAランクの魔物が来ても全然問題無い状態です。工場の方は金属抽出や精錬などの工程は完成済みですが、金属加工工場の方がまだ建造中です」

「ほう! かなり早いな。流石はアルテミス1と工作用ナノマシンだ。その調子で頼む」

「お任せください、艦長」

 アルテミス1の張り切っている声を聞き、少しだけ不安になるレンヌだった。








 

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