第60話「結婚式」

レンヌが名付けた『東方経済圏』の事は、ミュウレ帝国も知る事になった。


「マズイ事になったな、宰相よ」

「御意にございます」

ミュウレ帝国のドンガ帝の言葉に宰相のマルタは同意するしか無かった。

「思い起こせば、三ヶ月前のリール王国の侵攻失敗もレンヌのせいではなかったのか?」

「その可能性が一番高いと考えます」

「しかし、東方三ヶ国が経済重視の政策を取るので有れば、今の内に宿敵のグランダム皇国を叩いておくべきだと進言いたします」


東中央地域を支配するミュウレ帝国と西中央地域を支配下に置くグランダム皇国は国力が均衡していた。

だが、東方三ヶ国がミュウレ帝国に侵攻しないのなら、全軍をグランダム皇国にぶつける事が出来る。特にロワール王国のレンヌ南部辺境伯爵さえ来なければ、問題は無い。

ロワール王国には侵攻する大義名分が無いので、ミュウレ帝国を攻める事は考えにくい。


「私が掴んだ情報によると、レンヌ南部辺境伯爵はエルフ族の嫁を貰うそうです」

「それは確かな情報なのか?」

「はい、それも絶世の美女を二人も」

「なんと! それは羨ましい、ゲフン! いや、好都合な事だ」

ドンガ帝は思わず本音を溢した。


「グランダム皇国はエルフ族やドワーフ族を奴隷にしているのでレンヌからすれば一族の敵になる訳です」

「そうだ! エルフ族が奴隷になっている事を、レンヌに教えてやれ」

「しかし、我が国の一部の貴族もエルフの奴隷を持つ者がおりますが、如何致しましょう?」

「レンヌは敵に回しとうはない。すぐに『奴隷所有禁止』の法令を出せ」

「その後で、レンヌに知らせれば宜しいですな?」

「それでいい」





三ヶ月後、レンヌの仕事が峠を越えて時間的な余裕ができた。

レンヌは、また忙しくなる前に結婚式を挙げる事にした。


エルフ族の招待客については最長老のネメシスが、特殊な風魔法で他のエルフ族に知らせると言うので任せる事にした。

全てのエルフ族は種族の固有魔法として風魔法が使える。最長老ともなると最上級の風魔法が使えると言う。



披露宴はグリーンウッドに作った特設会場でする事になった。 領民への御披露目は、後日に改めてすると告知した。レンヌはパレード形式で御披露目をするつもりだった。


 披露宴当日の早朝。

 グリーンウッドの宙港には送迎の輸送船がピストン輸送を繰り返していた。車輌では輸送が間に合わないと判断したアルテミス1は、宙港から披露宴会場までの間に『歩く歩道』を敷設した。せっかく『歩く歩道』を敷設しても渋滞しては意味がない。アルテミス1は片道の幅を50メートルにした。往復で100メートルの幅を持つ、歩く歩道である。埋設した大型モーターの数も多く設定した。


 続々と招待客が訪れる。

三ヶ国の王侯貴族と各職業のギルド関係者。それからエルフ族と、何故か土竜族の長まで来た。

「何でアースドラゴンが? しかも、お供を連れているし」

 イネスが驚いて言う。

「あっ! 俺がこの間会った時に話したんだ」

 レンヌが答えた。


 邪竜ヴァリトラが作ったトンネルには金属資源の他にも岩塩の鉱脈が見つかった。さらなる鉱物資源を求めて、トンネルを調査していた鉱物探査機が希少金属を発見した。超電磁界エンジンの修理に必要な添加剤『ガドリニウム』である。戦艦アルテミスの修理はほぼ終わっていたが、エンジンの修理に必要なレアアースの在庫が無かったのだ。

 ガドリニウム発見の報告を聞いたレンヌは、現地に飛んだ。その時に、様子を見に来ていた土竜族の長と出会った。


ちょっとした小山くらいの大きさがある土竜族の長の体は、流石に会場に入り切れないので特設会場の横に急遽、大型のテントを張った。

土竜族は酒が何よりのご馳走と言うので、大量の酒がテントに運びこまれた。


「アースドラゴンがいる」

 と、ちょっとした騒ぎになったが、披露宴の余興だと思えばいいとレンヌは開き直った。


 エルフ族の結婚式は『しきたり』通りにエルフの里にある大樹の前で行われた。集まったのは、大陸の各地に散らばるエルフ族と里の者だけだ。各地のエルフ族の長老たちが集まる中、結婚式を取り仕切るのは最長老のネメシスだ。エルフ族と人族が結婚するのは珍しいが、無い訳じゃない。過去にも何十例とあるので、反対意見は出なかった。


 

 エルフの里での結婚式が終わり、一同はグリーンウッドに移動した。お昼になり招待客が全員確認されたので披露宴が始まる。

 会場の後方にある入口から中央の通路を通り、花嫁のアニエスがネメシスに付き添われて壇上へと歩いていく。

「きれい」

「すてき」

 という声が、ため息を伴って通路の両脇から溢れ出す。特に女性の声が目立った。


 壇上ではレンヌが待っている。結婚式はエルフのしきたりに沿って行われたが、披露宴はストラスブール王国の形式で行われる。もともとエルフ族には披露宴という概念が無いので、こういう形を取った。


 壇上に新郎新婦が揃ったので、会場に案内放送が流れた。

「皆様、お食事をしながら二人を祝福してください」

「おめでとうございます」

「おめでとう」

「頑張れよ」

 会場中に祝福の言葉が広がっていく。レンヌとアニエスは揃って頭を下げる。そして、壇上にある新郎新婦の席に向った。着席する前に二人は来客にお礼を述べる。

「このたびは……」

 レンヌは所々で言葉を噛みながら言う。アニエスは、その透き通った声でお礼を言った。


 五千人を超える招待客だから、前もって注意事項が放送された。

「新郎新婦のいる壇上に上がることはお控えください」

「なるべく席は立たないで、その場で祝ってあげてください」


 披露宴が進み宴もたけなわの頃、会場の真ん中に立体ホログラムが投射される。アニエスのウエディングドレスのアップ映像だ。花束を持ったアニエスが笑顔で回っている。前もって録画していたものだ。


 会場の上空では何色ものレーザーが花や動物を描いている。ホログラムの投射が終わると花火の映像が映し出された。この惑星の文化には花火が無い。初めてみる花火に会場内で歓声が上がった。普通なら花嫁より綺麗な物を出さないが、どんな花火よりもアニエスの方が美しい。


披露宴は順調に進み新郎新婦が壇上で招待客に挨拶をしてから退場した。

「皆様のおかげを持ちまして宴は恙無く進みました。ありがとうございました。これにて披露宴はお開きとなります。皆様方にはお疲れ様でした。会場の後方の席の方から出口にお進みください」




盛大な宴が終わり、もの悲しさが漂うレンヌの居宅。

 精神的にも肉体的にも疲れているはずの二人は仲良くソファーに座っていた。現在、アニエスが「あなた」の練習中である。


「アニエス」

「あ、あ、あなた」

普段は族長として沈着冷静で顔色ひとつ変える事が無いアニエスだが、今は熟れたトマトみたいに真っ赤になっている。

レンヌはアニエスの肩に右手を回した。そして、そっと引き寄せる。

「あ、あなた!」

アニエスは驚いてレンヌの顔を見る。優しく微笑むその顔はアニエスの心に安心を届ける。

「あなた、私は幸せです」

アニエスがレンヌの胸に顔を埋めて囁く。

「俺もだよ、アニエス。とっても幸せだ」

アニエスはレンヌを見上げる。そして、近づいてくるレンヌの顔に気づき、そっと目を閉じた。


気を利かせたアルテミス1が、窓の防護シャッターを静かに降ろし、室内の灯りを小さくする。

レンヌは、アルテミス1に礼と命令を言う。


『アルテミス1、ありがとう。でも、覗くなよ。それと、録画は厳禁だ』

『チツ』

 という大きな舌打ちが、レンヌの耳の中にあるインカムに聞こえた。

擬似人格は有っても、肉体が無いアルテミス1に舌打ちは不可能である。

『アルテミス1、わざわざ音を合成したのか』

レンヌは呆れたが、そのまま新郎のお仕事を頑張った。


『録音は禁止されなかったわ』

とアルテミス1が命令を歪曲する事まで、流石のレンヌも読めなかった。



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