君のなくした火星

嶌田あき

「未知との遭遇」

SOL1

 皆、何かをなくして、何かを探してる。

 どこから来て、どこへ行くのか――。

 そんなふうに、自分の進路の悩みを全人類に押し付けながら、俺はぼんやりと空を眺めていた。

 高校2年の夏休み前、最後の登校日。

「終業式の日だってのに、また進路指導室かよ……」

 なんてボヤきながら校門を抜け、一人校舎へと向かう。

 朝の空気が冷たくて気持ちいい。しんと静まり返った校舎の窓に映る青い空が涼しげだ。四角くタイル状に切り取られた青に、きれいな一筋の飛行機雲――じゃないかも!

 目で追っているうちに徐々に太くなり、その先端は太陽よりも明るく輝きだした。

「うげっ、こっち来る!」

 当たりゃしないのは分かってるんだけど、思わず頭を守るように抱え、屈んでしまう。真上でパーンという乾いた破裂音がして空を見上げると、さっきの明るいのは白煙に包まれ、すぐに2つ3つの破片が飛び出した。

(何? 花火!?)

 破片は小さく煙を上げ、校庭の方へと飛んでいった。

 校舎の脇を抜け、校庭に向かう。もう進路指導室なんてどうでもいいや。こっちのほうが断然楽しそう。

 階段を降りた先には赤茶けた砂の校庭が広がっていて、昨夜の雨で小さな川の跡がいくつもできていた。そのひとつを目でたどるうち、なんだか母さんから送られてきた火星の写真を思い出した。

 マクローリン・クレーター。

 母さんが最期を迎えた場所――いや、正確にはよく知らない。2年前、火星の地に降り立った彼女がどんな空を見たんだろう。遠い地球は夜空に青い点としてでも輝いていたのかな。

 足跡の消えた校庭にそれっぽい石が落ちているのを見つけるのに、そう時間はかからなかった。さっきのは隕石だったのだ。たぶん。

 クレーターというほどではなかったけれど、空から降ってきたと思しき跡が見つかった。その小さなくぼみの真ん中に、見慣れない黒い小石がひとつ。

 どれどれ、とつまみだそうとした次の瞬間

「だめっ! それ、あたしの!」

 突然、どこからか女の子の声。あたりをぐるりと見回して声の主を探すが、やっぱり人っ子一人見当たらない。なんで?

 ――次の瞬間、足元に映る影。ああ空か、と見上げると目に飛び込んできたのは、翼長1メートルもあろうかという大きな鳥。

「ぎゃああーっ!」

 太陽に重なった逆光のシルエットが余計に怖い。

(さっきのはこいつの声? しゃべる鳥!?)

 腰が抜け、そのまま後ずさりすることしかできない。

(いやいやいや、おちつけ――俺!)

 どうやら鷹みたいだ。って種類が分かったところで、何の役にも立たなねぇ。鷹は隕石を挟んで俺の向かい側にふわりと降り立った。なんか余裕さえ感じる。うろこ状の足の先に光るかぎ爪はナイフのように鋭く、こんなのと争っても勝ち目はない。ああ分かったよ、石ころ一つくらいくれてやるよ。

 やつは翼を大きく広げ「動くなよ」と俺に睨みをきかせながら、隕石にじりじりと近づいていった。すると

「ハハハ。ごめんごめん。驚かせて」

 という声とともに今度は活発そうな少女が駆けてきて、笑みを浮かべ俺の顔を覗き込んだ。さっきの声は彼女か。鷹なわけないよな、ハハハ。これまでの緊張が一気に解けたせいで変な笑いが止まらない。

 彼女をじっと見てみれば、人懐こい瞳に幼さの残るあごのライン。ライムグリーンの髪をさらりとまとめたポニーテールが元気よく揺れていた。黒のタンクトップにカーゴパンツというラフな出で立ちで、鷹を手なづけながらニッと八重歯を見せた。

「キミ、ここの学校のコ?」

 彼女が俺に手を伸ばす。

「は? そ、そうだけど?」

 何事もなかった感じ? え?

 俺は差し出された手を「いいよ。大丈夫」と丁重に断り、すっと立ち上がってズボンの砂をはらう。

「ふーん」

 彼女は長めの前髪を耳にかけ、また八重歯を見せて笑った。

「ていうか、俺とそんなに歳離れてないよね?」

 タンクトップからのぞく彼女の細い二の腕を見つめた。日焼けしてない白い肩に、薄ピンクの肘。素直に伸びる腕の先の、ぐーの握りこぶしに鷹が行儀よくとまった。

 ああ、よく訓練されてるのか。彼女と鷹を交互に眺めてみる。

「何年? その鳥、何?」

 制服を着ていない時点で、うちの生徒じゃないのは明らかだけど。

「あたし、ヒナ。隕石ハンター。こっちはファル子。まぁあたしの師匠って感じかな。アハハ」

「は? 何だよそれ。隕石ハンター? 師匠?」

 ハテナマークがいくつも浮かんでるだろう俺の顔を興味深そうに眺め、また彼女は笑った。鷹のほうは彼女の手から餌をもらいご機嫌の様子。よく見ると、頭に小型のVRゴーグルとアクションカメラを着けている。

「動画アップしてるからさぁ。〈隕石ハンター・ヒナ〉で検索、フォローよろしく! ふふっ」

 ああそれで、と妙な納得感があった。鷹は撮影係というわけだ。

「いや、いい。ていうか、俺、スマホ使えない」

「使ないじゃなくて? まぁ、いいや。キミ、なかなか面白いね!」

 彼女はちょっとぎこちなくウインクすると、校庭の隕石をピンセットでひょいとつまみ上げ、透明な袋に大事そうにしまい込んだ。それからカーゴパンツのポケットに手を突っ込んだかと思ったら別の黒っぽい石を取り出し、さっきの隕石の代わりに穴に戻した。

 何してんだよ、と思った瞬間、彼女が急に顔を近づけてきて

「2人だけのヒ・ミ・ツ」

 なんていたずらっぽく耳元でささやいた。

「アハハッ」

 ふわっと漂うシトラスのように爽やかで、少し切ない香り。

「えっ? どういうこと?」

 と声をかけたものの、彼女は既に鷹とともに颯爽と校庭を走り去り、どんどん小さくなる背中をただただ呆然と眺めることしかできなかった。

「――何なんだよ、一体……」

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