「ハローサマー・グッド・バイ」
SOL12
ここのところ日課にしている早朝ジョギングから戻ると、ゲストハウスの中庭を望むおしゃれ縁側でヒナが手を振っていた。
「おはよう、ソラ。朝、早いんだね」
「そっちこそ。早いね」
「まぁね。あのさ、今日、時間ある? ちょっと付き合ってくれない?」
「えっ?」
土曜日はインターンはお休み――と思いきや、隕石の測定結果を確認しに研究室に来るように言われていたのだった。
「うーん。研究所行かなきゃ……」
「網野にはあたしからメールしとくよ。ね、だからいいでしょ? あたしの仕事についてくるのも、インターンの一部だよ」
「隕石ひろいってこと?」
「まぁ、そんなとこ」
朝だからなのか、やけに歯切れの悪いヒナ。でもクリーンルームにこもるより、天気もいいし外出のほうが気持ちよさそうだ。
「いいよ。オッケー。いくよ」
なんか俺らしくない、いきあたりばったり。思いつきでものを言う彼女のくせがうつったのかもしれない。
「ほんと!? やった! わぁい」
裸足のまま縁側から飛び降り、芝生の中庭を気持ちよさそうに駆けまわるヒナ。予測不能なのは今に始まったことじゃないが、それにしても、今まで見たことないくらいのはしゃぎっぷり。
アンドロイドの制御系か通信あたりに不具合でもあるんだろうか――。
毎日の食事はゲストハウス1階にある小さな食堂に用意されていた。おにぎり型のテーブルを3人で囲んで朝食をとりながら、俺はノゾミとリクに話をきり出した。
「わり。今日さ、ちょっとヒナと出かけてくる。隕石探しの手伝い」
細めのボーダーの半袖カットソーで夏らしい装いのノゾミ。ニヤニヤと笑みなんて浮かべながら「ふふふーん」と含みのある口調で始めた。
「2人で? いいよ。じゃあ、測定結果はわたしとリクで見とくね」
右どなりに座るリクが味噌汁をすすりながら横目でチラッと俺を見た。
「それはかまわんけどよォ……」
「――けど?」
けどなんだよ? 目線を返す。
「これってさぁ……。なぁノゾミ?」
リクはすかさずノゾミに目で合図した。彼女も待ってましたとばかりに相槌をうつ。
「ふふ。そうよね」
えっ何? 俺なんか、まずいことしてるのか? 2人して、なんか感じ悪いぞ。
「デートよ!」「デートだろ!」
左右からハモって言われたけど、なんかまだピンとこない。
「はっ? でぇえと? んなわけないだろ!」
ノゾミがいよいよ俺を憐れむような目で見た。やめて。
「ソラさ、気づかなかった? ヒナちゃんの今日の服装」
手を口に当てしばし考える。
「――きれいめのワンピだったかも」
「だから」
「……マジ? どういうこと? そういうこと?」
俺と大して経験値は違わないはずのリクがガハハと笑った。
「だいいちよォ、どこ行くんだよ?」
「え?
「やっぱデートじゃねぇか。それ動物園だろ! ガッハッハ」
「げっ、気づかなかった……。小学校んとき遠足で行ったとこ?」
「そーだよ。なに寝ぼけたこと言ってんだよ」
「どうしよ。もう行くって返事しちゃったよ……なぁ、2人も一緒に行こうぜ?」
なんて誘ってみるも、ノゾミもリクも申し合わせたように無言でニヤニヤするばかり。
「勘弁してくれよ。心の準備が……」
俺はいよいよ狼狽えた。ノゾミがぽんぽんと肩を叩いた。
「いーから。2人きりで楽しんできなよぉっ」
「ていうかさ、俺、こういうの初めてで……何話していいかわかんないし」
どうも覚悟が決まらない。さっきまで目を細めていたノゾミが、とうとう腕組みして説教モードに。姉みたいな口調になってきた。
「初めて!? 中学んとき『告られた!』って自慢してた彼女はどこいったのよ?」
「うっ。古傷を……。言ったろ『私と幼なじみとどっちがいいの?』って修羅場って、それで即フラれたって」
「ハハ。って、ちょっとソラァ! わたしのせいにする気?」
「いやいや、そういう意味じゃないって」
俺が必死で是正すると、彼女はぴっと人差し指を突き出し
「ソラ! こういうのはさ、やっぱナマに限るのよ!」
とだいぶ斜め上な励ましをもらった。俺はついに観念し、コーヒーをひとくちすすった。
「ミッチーこそ、そろそろカレシの一人でも……」
「もう、それこそソラとリクのせいなんだからねっ! 2人がねちねちと『面接』なんてするから!」
俺たちが通ってるのは工業高校で、そもそも男女比がおかしい。女子に比べて男子がとても多く、選び放題のはずなのに、高1の夏休みを過ぎてもなかなかノゾミに彼氏ができる気配はなかった。俺もリクも心配して、おせっかいにもノゾミの売り込み作戦に出たのだった。
飾り気のない明るい性格に、(黙ってさえいれば)可愛らしい見た目。そして、人情的でロマンチスト。これが、俺たちがない頭を捻って考えたノゾミの宣伝文句だった。
「あーそんなこともあったな。わりぃわりぃ。だってさぁ――」
「もう!」
ノゾミにジトッと睨まれ、リクはバツの悪そうな顔をした。
「先輩のことは、わるかったって!」
宣伝の甲斐もあり、ノゾミが密かに想いを寄せていた先輩からお声が掛かったのだが、俺らの『面接』で不合格だったのだ。
「最後の最後は、俺かソラから選べばいいだろ」
「もう! そんな売れ残りセールみたいのなのに、手ぇだしませんよーだ。わたし安い女じゃないんだからっ」
「アーッハッハ。それでこそノゾミだ! いいぞォ」
リクは大きな手でノゾミの頭をぽんぽんっとしてなだめた。そしてコップの麦茶を豪快に飲み干すと
「まぁ、ヒナちゃんも、ああいうキャラだし、そんな肩肘はる相手でもないだろ。行ってやれよ。2人、すでに仲良さそうじゃん?」
なんて言って、やけに真面目な顔を俺に見せた。
「怖いんだ――触れたら壊してしまいそうでさ」
俺の一番の心配は、これだった。パウリ病のせいで、ほんとうにアンドロイドを壊しかねない。思わず自分の両手を見つめた。
ノゾミが心配そうに俺を覗き込んできて、何かを手に握らされた。
「ソラ、これあげる」
手の中には黄緑色のお守りが入っていた。手縫いなのかな。キュートなカエルがあしらわれている。リクがガハハと笑って付け加える。
「ご利益は〈失せ物返る〉だ! ほれ、2人とも何かなくしものを探してるみたいだし、ちょうどいいだろ! 効果はうちの寺が保証する!」
「マジ?」
「ガッハッハ! 嘘だと思うなら、困ったときに中を開けてみな」
「――サンキュ」
まだ少し、乗り気じゃない自分がいた。でもいまさら行かないなんて言ったら残念がるだろうな、なんてヒナの顔を思い出し、覚悟をきめた。
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