SOL18

 やっぱりダイビングを体験させたいと網野が言うので、気分の切り替わったヒナをなだめてボートに乗った。ヒナはまだ少し不安そうな顔で縁に腰掛け、穏やかな海を見ていた。俺は大事なことを思い出し、彼女に声をかけた。

「ねぇ、これ」

「えっ? ああ! あのときの?」

「そうだよ。お守り――今度はヒナが持ってて。たしかご利益は……」

 例の隕石のカケラ入りのお守りを手に、うんうん思い出そうとしていると、リクが笑って肩をたたいてきた。

「ガハハ! 〈失せ物返る〉だ! 失くしてた勇気、戻ってくるといいな。ハーッハッハ」

「だからカエルなのか。かわいい!」

 明るく笑うヒナの様子を見て、ノゾミも目を細めた。

 俺がお守りをヒナに渡そうとしたその瞬間、お守りは彼女の手からするりとこぼれ落ち、運悪く海に落ちてしまった。

「ああっ!」

 俺の叫び声に何か気づいたのか、ボートの屋根で日向ぼっこをしていたファル子がすかさず水面めがけて急降下。しかしギリギリのところでキャッチに失敗し、勢いよく海にダイブしてしまった。

「ちょっとお! 泳げもしないのにっ!」

 ヒナがすぐさま心配の声を上げた。ファル子は水面を漂ってはときおり翼をばたつかせ、浮いてるのが精一杯の様子。どうやら羽が濡れ、飛び上がれないみたい。

 見かねたノゾミが飛び込んだ。バシャンと大きな水しぶきがあがり、収まるとファル子を抱えて立ち泳ぎする姿が見えた。ようやく一安心。すぐに俺とリクで手をのばし、ノゾミをボートに上げてやる。

「ミッチー、大丈夫? やるなー」

 ノゾミはけほっと咳払いしながら「サンキュ」と笑い、ボートの縁にぺたりと座り込んだ。ずぶぬれで申し訳無さそうな顔をしているファル子の頭をなると、ノゾミは心配そうに水面を振り返った。

「わたしは大丈夫。それより、お守り……」

 海はどこまでも透き通っていたが、もうボートの上からは、どこに沈んでいったのか、分からなくなってしまっていた。

「あれ〈幻の隕石〉のサンプルだったんでしょ? いいの?」

 一部始終を静観していた網野は、長い髪を耳にかけ冷静な顔でヒナに言った。ヒナはもう吹っ切れた様子でうなずいた。

「あたし、探しにいく!」

 彼女の目に迷いはない。覚悟を決めたのはカメラアイ越しでもよくわかった。網野がすぐさま水中スクーターを海におろすと、ヒナは脇目も振らず海に飛び込んだ。

 ボートから見る海は透きとおっていて、陽の光を浴びた青白い海底が遠くに揺れていた。お守りはもう海底に着いた頃だろうか。

 ヒナは俺たちに足の裏を見せ、スクーターで一直線に海底を目指していた。

 網野はモニターに示された水中スクーターの水深計の値を眉間にしわを寄せ見つめていた。今のところヒナの機体ボディとの通信は異常なしのようだ。

 水深3メートル、4メートル、5メートル――。

「ヒナ、大丈夫?」

 網野のラップトップでヒナに声をかける。なかなか返事がない。心配だ。ボートのデッキからは、するする音を立ててケーブルが海に吸い込まれていっていた。アンドロイドとの通信を中継するルーターでもある水中スクーターは、ボートとは太いケーブルで繋がれており、それが切れてしまわない限り物理的に見失うことはない。しかし、ヒナのほうはというと、スクーターを手で掴んでいるに過ぎなかった。もし機体ボディに何かトラブルが発生しヒナが手でも離そうものなら、制御のための通信も失われ、すぐに振り落とされてしまうだろう。

 水深計の読みが10メートルに達する頃、ケーブルの動きがピタリと止んだ。

「ヒナ、大丈夫?」

 呼びかけに、しばらく沈黙が続く。波の音の中、聞き耳を立てていると彼女の明るい声が入る。

「海底に到着ぅ! アハハ。びっくりした? こっちからも機体ボディちゃんと見えてるよ! 海の中に居るのって、なんか不思議な感じー。アハハハ」

「――おいおい。油断して、手離すなよ!」

 落ち着いていて、いつもどおりの余裕ありそうな彼女の声。

「目視で探すのは厳しいよ。網野ォ!」

「うむ、よかろう! いでよ、金属探知機メタルディテクターぁああ!」

 ヒナからのリクエストに中二病混じりに威勢よく応える網野。大きなコンテナボックスを開けると、中から姿を表したのはごついデッキブラシのような形の金属探知機。彼女は口笛なんぞ吹きながら、それを手際よく組み立てていった

「わたし持っていきます。いいですよね?」

 ノゾミはタンクを背負いフィンもつけ、準備万端で網野を振り返った。もう誰が止めても、彼女は海に飛び込むつもりのようだ。

「ノゾミちゃん。お願い!」

 そういって網野は金属探知機を手渡した。ノゾミはウインクひとつして、何のためらいもなく海に飛び込んでいった。かっこいい。

 それから10分もしないうちに、お守りは見つかった。海は穏やかで機材にもトラブルはなかったけれど、ずっと緊張していたのか、回収完了の連絡を受けた網野は「ふうぅ」と深く息を吐いた。水中にいるアンドロイドの遠隔操作は彼女にとっても初めてのことだったみたい。一本にまとめていたヘアゴムを取って長い銀髪を海風に預け、目を閉じリラックスした笑みを浮かべていた。

 水上スクーターとともに海面に浮上してきたヒナが「やっほー」と明るく手を振る。俺はリクと協力して身体をゆっくりとボートに引き上げてやった。続いてノゾミがボートにあがり、腰のポーチからびしょ濡れのお守りを取り出して手渡してきた。

「もう! ソラ。気をつけてよね」

「ご、ゴメン……ミッチー。ありがとう」

 ノゾミは濡れたツインテールをしぼりながら

「海きれいだったし、ヒナちゃんが潜れるようになったから、まあいっか!」

 と優しい目をした。ヒナはイヒヒと笑いながら「じゃあ、次は4人で潜ろう! 男子2人、初体験でしょ? あたしが、教えてあ・げ・る!」といつもの調子で俺らの肩をたたいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る