SOL17

 膝を抱えて遠目に海を眺めるヒナ。急にアンドロイドを返却するだなんての話がでたんだ、無理もない。

「ヒナ、大丈夫?」

「……うん。だいじょぶ。ありがと」

「……」

「……」

 予想よりだいぶ元気ない。心配だ。

「――――ゴメン」

「えっ?」

 目を点にするヒナ。首を傾げ、黙って俺の顔をじっとみつめた。

「実はさ、一緒に海に行くって知って、有頂天になってた……かも」

「フフッ。なにそれ? アハハハハ」

「え? あれ? 俺なんか変なこと言った?」

「うん、言った」

 まあいいや。ようやく笑い声が聞けた。

 パーカーのポケットにつっこんだままになっていた手で、おもわず後ろ頭をポリポリかく。恥ずかしいというか、照れくさい。目を遠く海のほうに向けると、ノゾミとリクが手をふって笑ってるのに気づいた。

「はいはい。いまいくー」

 と照れ隠しに立ち上がると、ヒナが俺のパーカーの裾を引いた。

「ソラ、ありがと」

「あ、いや。俺さ――なんか昨日もよく眠れずに、自分ばっかり緊張してさ。それでヒナに何かひどいことでもしちゃたんじゃないかって、すごく気になってた」

 ヒナは緊張とかしてないのかな。アンドロイドの身体が間に入っているせいで、いまいちわからない。なのに俺だけこんなに緊張しているのがバレバレで、悔しい。

「もうこの際だからさ、正直に言うよ」

 驚いた表情で顔を上げるヒナ。

「俺さ、ヒナに嫌われたらどうしようって不安になって、おびえてた」

 そう明かすと、ヒナは柔らかい表情で俺の目をじっと見つめてきた。ひゅうっと潮風が優しく流れ、彼女のライムグリーンの髪をさらさらゆらした。

「――ソラのせいじゃないよ」

「ん?」

「あたしが、初めてのことに臆病すぎるだけ。泳ぐのもそう。回収の話だってそう。いつか来るって分かってたことなのに、いざその時が来てみると、どうすればいいか分からないの」

 向かうところ敵無しで、いつも自信満々でいる彼女が、今は背中を丸め、自信なさげに小さく縮こまっている。生きることに臆病でぎこちなく、不器用。でも精一杯生きてる。ときおり垣間見えるアンドロイドの向こう側のヒナに、俺はいつのまにか目が離せなくなってしまった。

「フフ。いつかさ、キミに会ってみたいな。それで、ほんとうにそのままかどうか、確かめたい」

「ええっ? シュミわる……」

「――だって。なんかさ、ヒナ。初めて会ったとき? 全然そんな感じじゃなかったよね?」

「そうかな? あたし、元からこうだよ?」

「なんかもっと、『ここはあたしの宇宙だ、従え!』みたいな感じじゃなかった?」

「声もいじってないし、キャラ作ってるとかないんだけどナ。アハハ〜」

 ヒナが髪をゆらして明るく笑う。つられて俺も頬がゆるんだ。

「ハハ。そうかもね。でもさ、キミはロボットじゃないだろ。嬉しいことも悲しいことも、好きも嫌いもある、普通の女の子。でしょ?」

「そ、そうだけどさぁ……。なんか、恥ずかしい……」

 こんどはヒナのほうがぽりぽりと後頭をかいた。

「やだ、あたし、変なこと、言ってたら、教えてよねっ? アハハハ」

 そう言って器用に手首からとったシュシュで髪を1本にまとめ、彼女はすくっと立ち上がった。

「さぁて、ビーチバレーでもやろっか? あたし、けっこう上手いよ?」

 冷静さを取り戻した様子に、ひと安心した。


 俺たち4人は砂浜にある備え付けのビーチバレーコートに集まった。青い夏空にぷかぷかと浮かぶ白い雲。じりじりと照りつける太陽。コートを示す青いテープが白い砂浜でひときわ目立っていた。

 グーパーによるチーム分けの結果、俺はノゾミと組むことになった。相手はリク・ヒナのペアだ。ネットの向こうのヒナは腕をぐるぐると回し、気合い充分だ。

「これ、もしかして楽勝じゃない?」

 とヒナ。

「ガッハッハ。よーし。ソラ、なんか賭けようぜ?」

 とリクがネットまでやってきて言い放った。

「いいけど、何を賭ける? アイスとか?」

「んーそうだなァ……」

 こうやって何でもかんでも『賭けよう』と言い出すのは、決まってリクだった。

「もう、男子ってなんでいつもこうなの?」

 やや呆れ顔のヒナ。

 でもって、ここに無茶を突っ込んでくるのは、ノゾミと決まっていた。

「負けたチームはさぁ――」

 なんて言って何か企んでる顔のノゾミが割り込んできた。

「勝ったチームの言うことを1個聞く、てのはどう? ひひひ」

「ちょっ、オイオイ、ミッチー」

「ガハハ。いいぞ。そうしよう!」

 ノゾミは、敵が強ければ強いほど燃えるタイプなのだ。高機能アンドロイドを駆るヒナに、坊さんのくせしてガチガチに鍛えてるリク。うん、相手に不足はないね。こっちは運動音痴ではない程度の、ふつうの高校生2名。運動部所属ですらない。不安しかない。

「大丈夫よ。勝てば、負けないんだから!」

 ノゾミは自信たっぷりに意味の分からない笑みをふりまいていた。そうだよな、勝てば、負けない……。

 もちろん、俺らには作戦があった。

 2対2のビーチバレーでは、相手2人のうちアタック能力の低いほうにむかって打つのが鉄則だ。例えば、リクに初球を打ちこめば、それをレシーブしてヒナがトス、そして再びボールはリクに戻ってアタックとなる。どう考えてもこれはまずい。だから逆算で、ヒナに初球をレシーブさせるように球を集めればよいということになる。ちょっとした頭脳戦だ。

「そおれっ!」

 開始直後、俺たちは阿吽の呼吸でヒナにボールを集めた。しかも、誤ってリクに向かってしまったボールにも、ヒナが隕石の落下予想よろしく軌道を完璧に追跡トレースして飛びつくものだから、なおさら俺らの作戦通りになっていった。

 そんなことにはたぶん気づいてないだろうヒナは真剣な表情でボールを追っていた。通信タイムラグまで織り込み済みの、無駄のない動き。うまいな。敵ながらあっぱれだ。

「よしっ。見える! ほい、リクお願い!」

「ほいきたっ!」

 リクが大きな体をゆらして2メートルほど前方にセットし、ヒナがスパイク。華奢な身体に似つかず、受けてみると彼女の球はとても重かった。これはノゾミにとっても予想外だったみたい。

「やるなぁ……」

「ソラァ! ちゃんと踏ん張って!」

 毎回毎回、俺がヘマするとノゾミの激が飛ぶ。

「まてよミッチー。もしかして、ヒナのほうがリクより重いんじゃない? だから本当にアタック能力があるのは――」

「もうっ、変態! 女の子の体重のこと、考えんな!」

 いやいや、作戦だってば! おまえが考えたことだろ。

「さぁ、次とるよ!」

 俺とノゾミはああでもないこうでもないと言いながらも、最初にきめた作戦どおりヒナにボールを集めていた。確かに、ヒナのスパイクは勢いはあった。けれどコントロールはイマイチだったので、トータルでみると、 アタックの『得点力』はリクの方が上だったからだ。

 しばらく1点を巡る一進一退の攻防がつづき、時折ヒナの返しが甘くなったところを、ノゾミが首尾よく速攻で強襲して得点につなげ俺たちはリードしていった。

 対するリクとヒナのおきらくペアは声を掛け合いながらのチームプレーを発揮したものの、2人のどちらが拾うか微妙な位置にボールがきたときの『お見合い』も多発。俺らのほうがアイコンタクトも阿吽の呼吸(俺がノゾミの意図通りに動くこと)もうまかった。このときばかりは幼馴染で良かったと心の底から感じた。

 そうして点差が5点に開き、俺とノゾミがハイタッチして喜びはじめた頃には、さすがにリクも首を傾げるようになった。

「――猪口才な! そういうことか! おいちょっと、ヒナ。耳かせ!」

「なになに。秘密の作戦? アハハ。そういうの好き!」

 なにやらヒナに耳打ちするリク。この直後、2人の動きは俄然良くなった。どうやら2人しか分からないサインを決めたようだった。ヒナに向かうボールを無理やりリクが拾いながらの強烈バックアタック、トス位置を微妙に変えてのヒナのクイック攻撃。あっという間に点差は詰まった。

「ち、ちょっとやばいかも……」

 基礎的な身体能力で勝る2人を波に乗せてしまったと後悔した頃には、俺たちは逆に5点差をつけられていた。さらさらの砂に足を取られるせいか、コートがやけに広く感じられた。

「これなら、どーだ?」

 そうして俺は太陽に重なるような高いボールを打ってみたり、風で落下位置が読みにくいような山なりのボールを打ってみたりしたものの、ヒナに冷酷なまでにつぶされた。

 結局、俺たちは15点から伸ばすことができないまま、ヒナ・リク組の勝利となった。

「ガッハッハ〜。勝利! さぁ、ヒナ。なんでも好きに命令していいぞ!」

 砂まみれのリクが高らかに笑った。昔から、こういうのは気前よく誰かに譲る。その横でヒナは俺とノゾミの顔を交互に眺めては、イヒヒと何か企むような笑い声をあげた。

「迷うなぁ。何にしようかなぁ……。あ! そうだ!」

「何々? キスしてとかえっちなのはだめだよー!」

 心配な様子のノゾミ。

「質問に正直に答えて、っていう命令でもいいかな?」

「ハッハッハ。なかなか斬新だな。よし、それにしよう!」

 リクがすぐに賛同した。

「じゃあ、2人とも正直に答えてね」

 ヒナの口から何が飛び出してくるのか。ごくりと唾を飲んで構えた。

「あ、あのさ……2人は、付き合ってんの?」

「え?」

 全く予想もしていなかった質問に、俺もノゾミもきょとんと目を丸くして顔を見合わせてしまった。

「「まさか!」」

 2人の声が重なる。

「ガッハッハ。そんなふうに見えるか?」

 とリク。

「見えるけど……」

 ヒナがばつの悪そうな顔で言うと、リクが日焼けした太い腕でヒナの肩をポンポンたたいた。

「見えるよなぁ。わっはっは。でも、安心しろ。そういうんじゃねえよ」

 俺もノゾミも笑った。

「そ、そうだよね。幼なじみだもんね。ゴメン、変なこと聞いて。アハハ」

 誰に謝っているのか分からないヒナのその言葉を遮るように、リクが話しかけた。

「今は、な。でも、これから先はわからんぞ。隕石の軌道予想みたいにはいかないからさ――あ! 俺いま上手いこと言った? よし、これ次の法話につかうわ。ハッハ」

 4人横一列に並び、海の家に戻った。見上げた青空には真っ白な入道雲。合図もなく誰かが走り始めると、いつしか海の家までの競争になった。リクの「何か賭けようぜ」にヒナが「いいねえ!」と笑い、俺たち4人はずっと昔からの友達みたいになった。

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