SOL7

 茨城県つくば市上空――。

 ヒナは操縦席に座ってはいるものの、離陸してからというもの、パネル操作はおろか操縦桿ひとつ握る様子さえない。どうやらヘリも遠隔操縦されているらしい。

 俺はヒナに招かれて副操縦席に座った。手伝えることは何もないし、むしろ計器に触れたら例の〈パウリ病〉で故障させてしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ヒナの明るい声がインカムから聞こえてきた。

「ラッキーだったね!」

「えっ?」

「インターンシップ初日に隕石って、めっちゃツイてるじゃない! もっと楽しそうにしなよお。そんな顔してたら、幸せがにげちゃうよ」

「あー、よく言われる」

 母さんと同じようなこと言うね。

 ていうか生物の研究所にインターンに来たつもりなんだけど、それがなんで隕石探しの手伝いなんてしてんだろ。「どうなってんのこれ」と後席のノゾミに視線を送る。

「ヒナちゃん隕石ハンターなの、ホントだったんだね」

「エヘヘへ」

 ぴーと上手に口笛なんて吹いてとぼけ顔。

「隕石を見つけて、研究所に買いとってもらうってわけ。けっこう割は良いのよ」

「ふーん。ていうか、そんなにたくさん落ちてくるもんなの?」

「地球全体ではね。今回みたく動画が撮られてて、軌道計算もできて、んでもって落下地点が陸地で、ってケースはなかなかレアかもね。しかも、今回は研究所から近い」

「なるほど」

 軌道から落下地点を予測して、そこを探しに行くというというやり方が気に入った。どうせ〈隕石ハンター〉なんてカッコいいこと言ってても、化石発掘みたいに地面を這いつくばって探すようなものだとばかり考えていた。

 彼女のやり方は、ずっとモダンで、効率の良い、理にかなった方法に思えた。彼女の荒っぽく感情的な振る舞いとは対照的に、やることはわりと冷静沈着なんだな。意外。

 もしかするとヒナの「中の人」はけっこう繊細なのかも。今頃どこで、どんな顔をしているのやら。あれこれ想像を巡らせながら隣に座るアンドロイドの整った顔を見つめた。

「そういえば、本で見たけど、日本って隕石保有数が世界2位なの?」

「どうしてそれを?」

「いや。この前、校庭で会ったときに、キミが〈隕石ハンター〉なんて名乗ってたから。なんとなく気になって――それで、ちょっと調べてみた」

「フフ。ソラって、結構マジメなんだね。――そういうとこ、好きよ」

 突然のことに何も反応できずにいると、すかさずノゾミが割り込んできた。

「あのぉー、お取り込み中スミマセン。インカムで丸聞こえなのに、前の席でイチャコラしないでもらえますかぁ」

「ノゾミちゃん! ちがうって! そういうんじゃないよ。アハハハ」

 照れる様子もなくひょうひょうとしているヒナに、リクが話しかける。

「いまのは、本当か? 日本は隕石が落ちやすいのか? ――まさか、あれか! 隕石を引き寄せる何かが地下に埋まってる?」

「アハハハ。そうじゃないよ。南極にね、いい感じで隕石が集まる穴場スポットがあって、そこで日本の調査隊がたくさん見つけたんだよ」

「ほぉ。そうなのか。おまえ意外と物知りだな!」

「ヘヘ――あ、データ来た。横浜からだ!」

 ヒナはしばらく黙りこんで、それから急に「これならいけそう!」とか騒ぎ始めた。計算結果が出たのかな。

「――網野、聞いてる?」

『はいはい。聞いてるわよ!』

「軌道を更新。落下予想は常総市からつくばみらい市にかけての5キロほど。これならファル子で探せるわ」

 さっそくヒナが指笛で合図すると、ノゾミの席の後ろのカゴからファル子が飛び出してきた。

「きゃあっ、鷹!?」

 わはは。まぁそれが普通の反応だよね。

「――かっこかわいいぃ!!」

 大の生き物好きのノゾミは、ファル子の鋭い瞳を興味深そうに覗き込んだ。

「〈ファル子〉っていうの。隕石探すのが得意なの。ちゃんと訓練されてるから、襲ったりしないわ」

 ヒナに促され、ノゾミはファル子の頭をそっとなでてやった。おまえ、怖くないのかよ。

「不思議ねぇ。あなた、どうして隕石の場所が分かるの?」

 ヒナが小型のVRヘッドセットのようなものをノゾミに手渡すと、彼女は指示どおりそれをファル子の頭に装着してやった。

「網野。最新の軌道データ送っとく。母天体とかはそっちで調べといて!」

「はいはーい。了解! ――あ、ヒナ? 高感度地震計のデータも来たけど、いる? ちゃんと隕石、落ちたみたいよ」

「いい。いま身体こっちの計算で手一杯」

 ヒナはおもむろにシートベルトを外し、俺のほうを見てにんまりと笑った――かと思ったら

「さぁ、行くわよ」

 なんて叫んだ。

 目の前を彼女のさらさらの髪が横切り、出会ったときと同じシトラスの香りがした。

「えっ? 行くって、どこに?」

 なんとも間抜けな俺の質問は、冷たい空気とともに入ってくる騒音でかき消された。ヒナがハッチを開けたんだ。

 バリバリというローターの轟音。さらに強烈な風がキャビン内に吹き込み、ヒナは「きゃあ」と制服のスカートを押さえた。いまさらかよ。

 そうして俺が肩をすくめてヤレヤレ顔をしている間に、彼女は

「あとよろしく!」

 なんて言い残し、少しのためらいもなくヘリから飛び降りていった。何がなんだかわからない。ああ、スパッツ履いてたのね。なんて、もはやどうでもいいことを確認してなんとか正気を保っている。すぐにあとを追って飛び出していったファル子を目で追うと、ほどなくしてヒナのパラシュートが開くのが見えた。

 ヘリに残された俺たちはぽかんと口を開けたまま、ただただ互いの顔を見つめた。

「ちょ、待て待て待て! ヒナ! 操縦、どうすんだよおお!!」

 叫び声は、扉の外の真っ青な夏空に消えていった。

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