SOL32
黒石に言われたとおり、目を皿のようにして空を睨んだ。薄暗い機内から見上げた青が目に染みた。
「うーん……」
俺もリクも見つけることができなくて、ヒナのカメラアイも解像度の限界だった。落胆していた頃、光学望遠鏡で確認したと連絡が入った。
空気抵抗でカプセルの速度は下がりつつあるみたいだったけれど、モニターの推定値の表示はまだ時速1万キロメートルは越えていた。ヘリやVTOLではとうてい追いつけない速さだ。
E+120――。推定高度は33キロ。もうすぐ加速度センサーと連動したタイマーでドラッグシュートが自動展開される頃だった。黒石が事前に説明してくれたときのメモを見返す。ドラッグシュートは空力ブレーキ用の小さなパラシュート。ここから4分間で時速300キロまでカプセルは急減速するらしい。高度も7000メートルまで一気に落ちてくる。
俺たちはそのほぼ真下で待機していた。ヘリに乗っている網野たちもみな空の高いところに全神経を集中している頃だろう。メインパラシュートが開けばカプセルは時速100キロ以下まで遅くなる。こうなればヘリやVTOLで追いかけていって捕まえられる。網野の計画では、高度3000メートルまで降下してきたところで、パラシュートにフックを引っ掛けて捕捉することになっていた。
「見いつけたっ!」
操縦席のヒナが機体を微調整しカプセルの姿を前方に捉えた。
彼女の肩越し、真正面の空高くに大きなドラッグシュートが見えた。白地に蛍光オレンジのストライプ柄。青空に映えた。頼りなさそうぶら下がっている黒っぽく汚れたカプセルも確認した。
「あれが、カプセル!?」
という俺の声に、ヒナも心配そうに叫んだ。
『網野ぉ! メインシュート、開いてないみたい! まだぁ?』
『えっ?』
『
黒石の怒声が飛ぶ。
話に聞いたNASAジェネシス計画の失敗が脳裏によぎった。送られてきた望遠鏡写真を拡大してヒナに見せる。やっぱりドラッグシュートしか開いていない。メインのパラシュートが開かなければカプセルのスピードが予定より速いままだから、落下地点が進行方向にずれていってしまうはずだ。
「ヒナ、どうする? もう少し、様子見?」
早口でそう伝え、俺はすぐに予想地点の更新にとりかかった。
「もっと南東?」
ヒナは俺の計算を待たず、ほぼ直感でVTOLを急加速させた。その衝撃で俺もリクも座席に押し付けられた。
「ちょっ、ヒナぁ!」
「ゴメンゴメン」
「いま、軌道計算やり直して
「わかった。でもやっぱとりあえず追いかける!」
相変わらずじっとしていられない様子のヒナ。
こうしている間にも、カプセルは1秒間に100メートルは進んでしまう。網野も黒石も無言のままだ。誰にも予想外の事態だったが、もう一刻の猶予もないことは明らかだった。
メインのパラシュートが開いてないとはいえ、ドラッグシュートのおかげで姿勢は安定しているみたいだった。予定よりもだいぶゆるやかだったけれど、モニターで見る限り少しずつ速度は落ちてきていた。このままVTOLの最大速度で追いかければ、やがて並走できるんじゃないか――。
粗っぽいヒナの操縦にリクがお経をあげ始めた頃、ヒナはついにカプセルをVTOLの真正面に捉えることに成功した。操縦席のヒナの向こうに風に揺れるドラッグシュートがくっきりと見える。
(あれに火星の石が入ってる……)
背筋がぞくっとなるのを感じた。
ドラッグシュートからぴんと張ったベルトが銀色のカプセルに続く。そろばんのコマを大きくしたような形のカプセル。表面はススで黒ずみ、満身創痍という言葉がぴったり。なんとも頼りない。
『カプセルを目視確認! 網野、そっちに画像送るわ!』
『ヒナ! やったじゃん!』
網野の嬉しそうな声。すぐに黒石が遮る。
『高度3千を切ってる。2分で着水するぞ』
『もうこのままVTOLでキャッチしちゃえば?』
と網野はヒナに提案したが、ヒナはあまり気乗りしないのか生返事を返すのみ。迷ってる時間が惜しかった。
「――ドラッグシュートのキャッチは練習してない。もしフックで傷つけたら、それこそアウトじゃない?」
たしかに、ヒナに一理あった。ドラッグシュートはカプセルの姿勢を安定させるのに一役買っているように見えた。
『じゃあどうすんのよ?』
苛立ちを顕にする網野。
『いま考えてるって!』
ヒナはそう言うと後部座席を振り返り、じぃっと俺の目を見た。
「ソラ……」
「ん?」
「ゴメン。あたし、バカだよね。こんな方法しか思いつかなかった……」
そう言うと彼女はぱぱっとコンソールを操作したあと、後部座席に飛んできておもむろに扉を開けた。ちょっちょ、何してるの?
制止も間に合わず、すぐにキャビンの中を冷たい風が吹き荒れた。
「今まで、ありがと。今度はあたしがソラのために頑張る番」
「え?」
「次に会うときはさ、違う身体で違う顔だから、キミはあたしに気づいてもくれないかなぁ。でも、寂しくなんてないよ。だって、だって――」
オートパイロットにセットされたVTOLがわずかに速度を上げ、カプセルにじりじりと追いついた。
すぐそこに見える真っ黒のカプセル。俺が目をとられた瞬間、
「てえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっっっっっっ!!」
ヒナが大空に飛びだした。
「わ、待って! ヒナ!!」
俺が伸ばした手は、さっきまで彼女だった場所で虚しく空を切った。
そこにはもう、ただ青い空と青い海があるだけだった。
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