SOL5

 ゲストハウスで俺たちに割り当てられたのは、ベッドが2つ並ぶ小ぎれいなツインルーム。リクとの相部屋なのだけど、急な法事が入ったとかで、まだ顔を出していなかった。

 ベッドの上に、再起動中のヒナが横たわっていた。どうやらキャリブレーションの真っ最中のよう。かれこれ1時間は寝ている。

「もう、ソラ! びっくりさせないでよね! わたし、てっきり――」

 部屋の扉がバンと音を立てて開き、ノゾミが現れた。一体どこから仕入れたのか大量の氷枕を抱えている。

「だから、話せば分かるって何度も言ったでしょ」

「アンドロイドならそう言ってくれればよかったのにぃ」

「おまえな……」

 ヤレヤレと両肩をすくめる俺を横目に、ノゾミは手際よく氷枕をヒナの脇の下や太ももの下に忍ばせていった。ちょうど冷却用のヒートシンクがあるあたりだ。

「ソラ、このコのこと、知ってたの?」

「ああ。前に一度、学校で会った」

「学校?」

「校庭で、隕石を見つけたんだ。彼女に取られちゃったけど……」

 すやすやと眠っているみたいなヒナの顔を眺めた。黙っていればわりと可愛いのにな――って、いやいや。だから目の前のこれはアンドロイドなんだってば。俺は何を考えてるんだろ。アンドロイドの向こうにいる本人には絶対に言えないようなことを思ってしまい、背中がむずむずする。顔がニヤけてないか心配でもある。

「ていうかさぁ、ソラ、触っちゃって大丈夫だったの? そのコ、電子機器じゃん?」

 彼女はまだ動き出さない。

「えっ? ――あっ!」

「忘れてたの?」

 完全に忘れてた。俺が無言でコクコクうなずくと、ノゾミは

「はぁ。あきれた」

 なんて言って笑った。

「相変わらず、ソラはロボットとかコンピューターとかに優しいね。もうちょい人にも優しくすれば、モテると思うんだけどなぁ。ハハハ」

「何の話だ」

 しかしマズいことしたかな、と今更心配になってきた。〈パウリ病〉の俺が触ってしまったせいで故障して、今頃、むこうではアンドロイドに接続できなくて困ってたりするのかもしれない。窓の外に目を向けると、鷹のファル子も心配そうにこちらの様子を伺っていた。

 ベッドのヒナに視線を戻すと、急に彼女はむくっと上体を起こし、左右に首を振ってあたりを見回した。

「どこ?」

 それを見たノゾミが「よかった! 意識が戻って!」なんて彼女のもとへ駆け寄る。

「フフ。ミッチー。アンドロイドだってば」

「ん? ……ああそうか。そうだよね。えーと、通信が戻った、かな?」

「あはは。まぁ、そんな感じだな」

 ヒナはぐーぱーと動かしながら左右の手を眺めキャリブレーションの結果を確かめていた。

「あーびっくりした。キミがいてくれて助かったよ。サンキュっ」

 とヒナ。

「大丈夫? もう少し横になってたほうが良いんじゃない?」

「ん、大丈夫。サーボ温度もパラメータもぜんぶ正常値よん!」

 彼女はぴょんっと跳ね起き、俺の鼻の先にピースサインをつきだして「えへへへ」とあの日と同じように八重歯を出して笑った。そして、すたすたと部屋の入り口近くに歩いていっては、姿見の前でくるくるとボディの外見チェックを始めた。二足歩行機能にも不具合はなさそう。

 ヒナは肘についたすり傷を鏡で確認すると

「――そういえば、まだ、名前聞いてなかったね?」

 とつぶやいた。

「俺はソラ。富田とみた湊良そら

「富田くん、ね。オーケー」

「ソラ、でいいよ。あ、こっちは――」

「三石希海です。はじめまして。わたしも、ノゾミでいいよ」

「ノゾミちゃん、か。すてきな名前!」

 ヒナが

「あたしはヒナ。隕石ハンター。よろしくね」

 と手をさしだすと、ノゾミは少し照れながら握手に応じた。

「わたし、ロボットの友達は初めてー」

「ハハハ。遠隔操縦だってば。あたし、このまま海でも泳げるよ?」

「アハハハッ。何それー」

「太らないし、日焼けも肌荒れもなし。便利だよ?」

「マジで!? うらやましいかも!」

 女子トークは無限につづく。

 隕石ハンターつっても普通の高校生なんだな、なんてしみじみ思っていたのもつかの間。

「――でさ、しばらく、匿ってくれない? あたし、追われてるんだ……」

 なんてヒナが言い出したから大変だ。

「ええっ? 誰に? どっちが?」

 俺が詰め寄ると、ヒナはモジモジとなんだか恥ずかしそうにした。

「ど、どっち、って?」

「追われてるのはアンドロイド? それとも、その奥のキミ?」

 彼女の透き通るようなカメラアイをじっと見つめ、その向こう側にいるヒナに「おーい」と手をふった。

「――どっちも、かな……」

 というまったく埒が明かないヒナの答えに、俺ら3人の間には短い沈黙が流れた。

「っダメだ、意味わかんね。ミッチー、どう思う?」

「ヒナちゃん。もしかして家出、とか? アハハ。そんなわけないか」

「……」

 通信途絶か電池切れかと思うぐらい、ヒナは完全に沈黙した。

「ヒナ、あのさ。俺らインターンで来てるだけだからさ。余計なことして悪目立ちしたくないし」

「うん、分かってる」

「それに、どうせ俺たちも1週間で出ていくんだけど?」

「それでもいいよ。それまで、この部屋に泊まらせて」

「は?」

「いいじゃーん。あ、そうだ! ソラ、慣れないベッド、一人で寝れる? あたし夜は休止状態スリープだから、添い寝してあげてもいいよ?」

「ば、ばか。余計、眠れなくなるだろ……。って、そうじゃなくて!」

 ヒナはヒヒヒと声を上げて笑い、この上なく楽しそうである。ライムグリーンの髪をかけた耳元でピアスが光った。

「不具合おきてもソラが助けてくれるし、それにもうあたしたち、秘密を共有した仲じゃん?」

「ば、おま、言葉を選べって……」

 背中にいやーな気配を感じ振り向いた。そこには予想通りノゾミの軽蔑の眼差しがジトーッと投げかけられていた。

「ちょっとお。ソラ、何考えてんのよ! なの?」

「だああ、ミッチー。違うって。隕石のことだってば!」

「えっち! 不潔! ソラの完全変態!!」

「ああもう落ち着けって。つーか、それ意味がちがうだろ!」

 俺の叫びが耳に届いているのかもわからないまま、ノゾミは勝手に一人で納得した様子。

「よーし、わかった! ヒナちゃん。わたしの部屋においで」

「うそ!? 本当!? いいの?」

「いいよ。ベッドも1つ余ってるし」

「ありがとう!!」

 ヒナがむぎゅっとノゾミに抱きついた。

 そうして2人は、「キャンプみたーい!」なんてキャッキャと騒ぎながら女子部屋に消えた。隣の部屋から時々漏れ聞こえる黄色い声に、俺もリクも眠れぬ夜を過ごすことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る