SOL21
インターンの締めくくりに、俺たちは成果報告会という名目で所長室に集められた。俺はノゾミとヒナに手伝ってもらい動画からの軌道推定と隕石の発見、そしてその分析結果についてまとめたレポートを提出していた。リクはヒナにそそのかされて実家の庭の〈幻の隕石〉の顛末を書いたようだ。なんでも隕石ハンター御用達のウェブサイトがあって、そこのブログに投稿したら話題になったらしい。
網野も加わって、所長室の大きな茶色のテーブルに5人で並ぶ。部屋の壁にかけられたカラフルに色分けされた火星の地図を眺めながら、静かに所長の登場を待った。オンラインではすでに会っていたが、リアルでは初めてだ。ノゾミとリクはかなり緊張しているようだった。
しばらくして木製の扉から現れたのは、やっぱりTシャツに短パン、ビーチサンダルの男。この人、いつもこの格好なのか?
「ミンナ、ここのインターン。どうダッタ?」
「楽しかったです! もっと生命のこと、知りたくなりました!」
ノゾミが満面の笑みで言うと、ロッドは満足そうに
「ファンタスティック! いいね!」
とウインクして応えた。
「あなた、ナマエは?」
「ノゾミです――ミツイシ・ノゾミ」
「ヒュウ。ステキなナマエだネ。日本でサイショの火星探査機とオナジです」
「え? へへへ。あー、サンキュー」
いくつもの探査機のプラモデルに真っ赤な火星儀。よく見ると部屋は火星にまつわる小物で溢れていた。以前、網野が「火星探査のことは所長に聞くのがベスト」と言っていたのもうなずけた。
さっそく始まった成果報告を、ロッドはニコニコ顔で興味深そうに聞いた。ときおり繰り出される質問はユーモアに富み、生命の起源と進化への愛さえ感じられる。彼はどこまでもフランクで偉ぶらず、親しみやすい。でも、ヒナが言うには「惑星地質学の分野で名前を知らなきゃモグリ」なくらい有名な研究者なのだそうだ。
発表会の終わりに、ロッドにインターンの感想を求められた。不意をつかれ、うまくまとまらない。俺は頭をかきながら、思いついたことから、どんどん言葉にしていった。
「あの、とにかく来てよかったです! なんていうか、俺、根無し草みたいで、何のために勉強するかとか、大学に行くのかとか、わかんなくなっちゃって」
「ウン」
ひげをさわるロッド。
「それで、友達に誘われるままに参加したんですけど……。でも、ほんと来てよかった」
「ソレはヨカッタ」
「それに、火星の石も見られて、なんかスッキリしたっていうか……ほんとにあるんだって分かったんで……」
俺が意図せず繰り返す「来てよかった」を、ロッドはその青い瞳でじっと目を見つめて聞いていた。そして、ときおり手元の火星儀を飼い猫のように撫でては目を細めた。
最後に
「なんか、上手く言えずにスミマセン。母が亡くなって。それで――」
と加えると、ロッドは急に目を丸くして立ち上がった。
「アレ? ――――キミ? アリカの息子?」
その言葉に、今度は俺のほうが驚いた。
「どうして母の名前を?」
「ワオ! マジ?」
なんだよ、どういうことだ。
「えっ? まさか――ロッドさんって……」
俺が茫然自失で立ち尽くすとヒナが肩を小突いてきた。
「ソラ、どういうこと?」
「――砂時計をくれた、母さんの同僚!」
こうして、砂時計を贈ってきてくれた人が目の前にいるとわかった。ずっと話してみたいと思っていた人だった。
「ああ……。残念なことになったネ。彼女は、ユタの砂漠でイッショに訓練してたとき、いつも、キミのことを話してくれてたヨ。太陽みたいに明るい、自慢の息子ダッテ。だからボクは、キミのことよく知ってるヨ!」
「あ……あの、会いたかったんです……あなたに……」
「ソラという名前の話もしてくれたヨ。スカイじゃない。ソラはSOLA――太陽ってイミだね?」
「……はい。そうです」
ロッドは火星探査の訓練施設での思い出のいくつかと、母さんが調査隊に選ばれたときの反応を教えてくれた。
漠然と、そして、一方的に思い慕っているだけだった彼が、自分のことをとても気にかけていてくれていたと知りほんとうに驚いた。
ロッドがゆっくり歩み寄ってきて、両手をひろげハグを求めた。俺は恥も見栄も脱ぎ捨てて、遠慮なくとびついた。
「ああキミは、立派ダヨ。いつだって、アリカを照らす太陽だった。いまもほら、こうしてキミに照らされて、輝いてる人がたくさんいるよネ?」
砂時計が壊れてしまってからは、なおさら彼に会いたい気持ちが募っていた。俺は流れに身を任せ、彼の胸で少しだけ泣いた。声をあげず、でもどうしても肩が小刻みゆれる。かまうもんか。背中にロッドが静かに腕をまわしてくれる。ノゾミが鼻をすするのが聞こえ、リクはわんわんと喚いていた。
「キミは根無し草というけど、そんなコトないと思うヨ。だって、こうして、キミはアリカのことを想って、導かれてここに来たんだもノ」
彼との不思議なつながりを感じずにはいられなかった。根を張るというのとは違ったけれど、時間と空間を越えて、確かにここに来られた。
ヒナが申し訳無さそうに砂時計を壊してしまったことを打ち明けると、ロッドは「ああ、そうだ!」とゴソゴソ引き出しをあさりはじめた。やがて紙につつまれた何かを大事そうに取り出し、俺の手に握らせた。
「アリカが訓練で使ってたサンプルチューブ」
涙を拭いながら受け取り、無言で会釈する。
「あ、ありがとうございます。これ、もらっていいんですか?」
「モチロン。キミのナマエが書いてある」
長さ15センチほどの細長いステンレス管。表面には手書きの文字で〈To SOLA〉と記されていた。ゆっくり振ってみたが音はしなかった。中には砂も石も入っていないようだ。
「空っぽ?」
砂漠の砂や石を入れたままにしておくこともできたはずだ。でも彼女がそうしなかったのには、きっとわけがある。何か伝えたいことがあったのかもしれない。なぜかそんな気がした。
「フシギだね。でも、このほうが、なんでも詰められる」
なかなかのポジティブ思考。嫌いじゃない。
「ホラ! キミらはサ、進路とか、なりたいショクギョウとかも、今はないかもしれナイ。でも、ダイジョウブ。サンプルと同じ。探すのが大事。探していればカナラズ何か見つかるカラ」
そう、母さんが言っているようだった。もちろん、彼女とロッドは見た目も口調もまるで違ったのだけど。
サンプルチューブを握りしめ、壁にかかる火星の地図を見つめた。何箇所かに銀色のピンがささってる。たぶん、このうちのどれかが有人基地――母さんが居た場所だろう。
夏の終りまでに自分の〈根っこ〉を探すという、自分自身に誓ったことをふと思い出す。ヒナが〈居場所〉を探す代わりにという言い訳も、ノゾミやリクの助けも、網野の計らいも、ぜんぶ感謝してる。でも気がつけば、手近なところで満足して、それ以上探すのを諦めようとしてないか。そんな自分にも気付かされる。
ヒナが
「よかったねぇ! ソラ!」
と後から抱きついてきた。いつもだったら「うわっ」と払い除けていただろう彼女の白い腕を、首にかけたまま静かに目を閉じた。
「うん。もう少しだけ探してみよう。母さんに何があったかも、ちゃんと調べなくちゃ」
インターンは今日で終わる。
夏はきっと、まだ終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます