SOL34
夏休みが終わり、2学期が始まった。
世界は火星の石のことなんてどうでもいいかのように平常運転。ヒナと過ごした夏は幻だったのではと思うほど、あまりにも全てがいつもどおりだった。連絡は、ずっと途絶えたまま。
「居場所はあるからいつでも戻っておいで」とか、少し気の利いたことを言っておけばよかった。後悔してももう遅いって分かってる。俺は一体何をなくしてしまったんだろう。いや、元々、何も得ていないのかもしれない。ただ一つの安心材料はポケットに。あの夏が嘘じゃなかったことは、このペンダントが証明していた。
土曜日の学校は午前中で終わり、ノゾミとリクと連れ立ってお好み焼き屋に立ち寄る。3人でいつものようにカウンター席に並んでみて、ノゾミがつい空けてしまったヒナのぶんの席を俺は黙って詰めた。
大切なものは失ってから気づく――。なんて、映画や小説では何度も見たけれど、ヒナがいた日常は、そんな一言では言い尽くせないほど、刺激的で、印象的だった。
それまで過ごしたどんな夏よりも。
「――ヒナちゃん。今頃どこで何してるんだろうね?」
うっすらと目に涙を浮かべるノゾミ。
「ミッチー」
肩に優しく触れ、ノゾミを席へと促した。
注文のお好み焼きが焼き上がり、リクが麦茶のコップを差し出す頃には、彼女はいつもどおりの青空みたいな顔になった。
「それで、お前、どうすることにした?」
リクは出来たてのお好み焼きをほふほふやりながら、何の話かわからなくてぽかんとしている俺の鼻に箸先を向けた。
「ガッハッハ。進路だよ、進路。どうすんだ。調査票、いいかげん提出しなきゃだろ?」
「え、あ……。おう。もうちょっとだけこのまま続けてみようかなって」
「ホワイトハッカー?」
「まあ、そんなとこ。あれから、黒石さんに相談してみたんだ。アンドロイドとか、そういうのも手広くやりたいなって思ってさ」
「いいぞいいぞ。もっとやれ! ガハハ。」
「それがあの人、ああ見えてクソ真面目でさぁ。普通に大学行けって言われた」
「アーッハハ。まぁ、そんなに急ぐな、ってことだろ」
ヒナだったら何と言うかな。
考えても仕方ないことが、無性に頭をよぎる。別に死んだわけじゃない。単にアンドロイドの身体がなくなっただけ――。そう、いくら自分に言い聞かせても、彼女が世界から消えてしまったようにしか思えなかった。
(ひとこと連絡くらいあってもいいのに)
俺は子供みたいに頬を膨らませた。
「お前、なんなら秋からロボット科にくるか?」
リクはお好み焼きを一切れ、俺の皿にのせて豪快に笑った。
「は?」
「いまちょうど転校生が来てすげー盛り上がってんだぞ。うちの科に珍しく、女子でな。ほれ〈恋の傷は恋で癒やす〉ってやつだ。ハーッハッハ!」
そう言ってリクは力いっぱい俺の肩をバンバンと叩いた。やめいっ。
「ってえな……お前こそ、どーすんだよ、大学」
誰が見てもリクのほうが進路の問題を抱えている。実家の寺を継ぎつつ大学に通い、ロボット工学の勉強はさておきバンドに勤しみ、いずれは武道館デビュー?
「ガッハッハ。よくぞ聞いてくれた!」
リクは麦茶でお好み焼きを流し込むと、腕組みして続けた。
「俺のプランはこうだ。まず、大学でロボットをやる。そうだなァ、音楽ロボットがいいだろう。それから、そこで得たロボット工学の知見をもって――」
「もって?」ノゾミも興味津々だ。
「寺を継ぐ――」
「はい?」
「まぁ聞け。ロボット供養を始めるんだ! ペットロボットとかアンドロイドとか、葬儀の依頼、意外と多いんだぞ」
「……お、おう」
彼の考えは妙案には違いなかったが、予想外に理路整然としていた。
ロボットの供養という強い言葉に、ズキズキと心の奥底に鈍い痛みを感じた。同時に、その滑稽にも思える行為が、ペットロボットやアンドロイドを失った人の心に、どれほど救いとなるのかも、今ならよく分かる気がした。
「ふふーん。関心関心! 2人とも、案外ちゃんと考えてるのねぇ」
目を丸くしたノゾミが俺たちの話に入ってくる。
「案外とは失礼な」
振り向いた先で、彼女は二つ結びの毛先をくるくると遊びながら上目づかいでこう言った。
「そういうの。なんていうかさぁ――」
「ああン?」
「かっこいいよ。2人とも。あはははっ」
ぽーと頬を赤らめながら、彼女は笑った。はにかんだその仕草に、思わず見とれてしまった。なんか、なんだろうな。こんなこと思うのははじめてなんだけど、男3人の幼馴染じゃなくて、ほんとに良かった。
「で、ミッチーはどうすることにしたの?」
「わたし? んー、ナマ煮え……」
「へぇ、珍しいな。何に悩んでんの?」
「――エンケラドスか、タイタンか」
これまた突拍子もない答え。なんじゃそれ。
「だからぁ〈推し惑星〉だってば」
「……ああ! 網野さんが言ってたやつか」
2つの土星の衛星。エンケラドスには探査機「エルサー」が、タイタンには探査機「ドラゴンフライ」が向かっている途中だった。どちらも〈生命の起源〉がらみの探査らしい。
「相変わらずだなー。ハハハ。あ、そういえば、ヒナが心配してたぞ」
「えっ? 本当? なんだろう?」
「いや、その、なんていうか……」
自分から振った話で、その先を言いあぐねてしまった。
まさか「少し変わってる子だから、注意して見ておいてほしい」なんてそのまま言うわけにもいかず――。
「もう、何? 早く言いなさい」
「ああ、そうだそうだ、彼氏早く作れって」
「むぅっ」
「ガッハッハ」
大笑いのリクをジト目で睨むノゾミ。
「そういうリクはどうなのよ?」
見事に返す刀がリクの喉元へ。そんな不意打ちに、リクはごぼっと麦茶を吹きだして慌てた。
「ぐほっ、ま、まぁ、その話はまた今度で」
「まぁ、分かるよ。あの人、手強そうだからな」
俺はニヤニヤ笑ってリクと肩をくんだ。
「いーや、お前なんも分かってない!」
「リクぅ。往生際悪いぞ。わたしも手伝うから。はやく想いを伝えちゃいなさい!」
「だーかーらぁ、ノゾミよ。お前も分かってないっ!」
そんな俺たちの様子を知ってか知らずか、ちょうどのタイミングで網野からメールが届いた。
〈研究所に来て〉の一文。火星の石の分析結果か、あるいは新型アンドロイドでも手に入ったか。情報がなさすぎるのが少し怖い。ヒナに会えるかもなんていう淡い期待も。ああ、俺って案外単純なのかもしれないな。
いつのまにか高鳴る胸の鼓動。もう1回、夏休みが始まるみたいだ。
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