SOL14

 動物園を後にした俺たちがむかったのは、山の裏手にある古いお寺だった。江戸時代にこの地に落ちたとされながら長らく未発見だった隕石が庭石になってるらしい。どこでそんな情報仕入れてくるんだろう。隕石ハンター業界の人たちで、こういうマニアックな情報をやりとりしてるのか。

 ともかく、俺は内心ホッとしていた。今日は動物園デートじゃなく、やっぱり隕石さがしが目的だと分かったから。

 ヒナの話では、江戸末期「火鉢3つよりも大きい」と後世に伝わる大きな隕石が、寺の脇の麦畑に落下。当時の住職がすぐにそのカケラとともに届出書を江戸の代官に送ったそうだ。その後、幕府の天文方に調査命令が下ったところまでは記録に残されているのだが、結果どうなったかは伝わっていないという。

 届出書の原本も隕石のカケラとともに行方不明になっていて、写しだという古文書の信ぴょう性までも疑われ、最終的に隕石コレクターの間でも〈幻の隕石〉なんて呼ばれるありさまらしい。

 そんな岩が、今たしかに俺の目の前に――正確には、眼下に広がる枯山水の真ん中にどっかりと鎮座していた。表面はなめらかで、ところどころ赤茶けたところやくぼみがあり、ここ以外で見たことない岩だった。

「久しぶりに見ました。相変わらず見事ですね。……まず、須弥山しゅみせんの立石がいい」

「ハッハ……。ソラくん。若いのに、なかなか詳しいね。ガッハッハ」

 この寺の現住職・城間陸淳ろくじゅん――リクの父である。ここにくるのは何年ぶりだろうか。ヒナは何度も調査のお願いに来たらしいが、いつも禅問答になり、石に指一本触れさせてもらえなかったという。

 業を煮やした彼女が思いついたのが、この『ソラが正面から訪ねて住職の気を引いている隙に、あたしは庭に忍び込んで岩の一部を削りとるってのはどう?』というその場で思いついた感満載の野蛮な作戦だった。

(うわっ……そこじゃバレるってば――)

 視界のすみでヒナの青いワンピースの裾がチラチラと見えた。

 お、おいおいおっ。早く住職のほうを移動させないとまずい――。

「も、もう少し詳しく話を聞きたいので、奥にいきませんか? いやぁ、ここにくるのほんと久々で。小6のとき以来だから、5年ぶりですかね。あははは……」

「アッハッハ。庭を見ずに庭の話をするってのかい?」

 こんなふうに、彼の気をそらそうとするも、俺の話運びが稚拙なこともあってなかなか思い通りにはいかなかった。

 そうこうしているうちに「お茶がはいりましたよ」なんて居間から救いの手が差し伸べられたが、これ幸いなんて思った矢先、こんどは木陰で様子を伺っていたヒナがしびれを切らしてひょこっと顔を覗かせていた。

「ああっ、ちょっと、まった!」

 思わず声が出た。

「何がだね? ハッハッハ」

 庭を背にして茶の間に向かおうとしていた陸淳が立ち止まり、庭のほうをぐいっと振り返る――が、どうやらすんでのところでバレなかった。

 彼は目尻に皺をよせながらじっと庭を隅々まで眺め、それから何事もなかったように微笑んだ。

「――あそこに隠れてるの、キミの友達?」

「ひぃい」


 結局、ヒナはすぐ観念して庭から出てきて、最初からていねいに説明しなおした。袈裟がよく似合う陸淳はおだやな表情で話を聞き、ときおり肩をゆらしてはガハハと笑った。リクを丸坊主にして日焼けとシワを追加したらこうなるな、なんて小声でヒナに教えてやった。彼女はくくくと笑いをこらえながら、必死で説明した。

「――というわけで、どう考えてもあれがあたしたち隕石ハンターがおっかけてる〈幻の隕石〉だと思うんです」

「きみの言う通り、多分そうなんだろうね」

「だとしたら、世紀の大発見です! だから、削り取って中を分析させてもらえませんか?」

「うーん」

「……?」

「――やはり、それはできない」

「どっ、どうしてですか?」

 ヒナは露骨に不快そうな顔をした。俺が「どうしたものか」と眉をしかめるながらヒナを見ると、目があった。陸淳は湯呑をコトリと机に置き、俺たちを諭すような口調で始めた。

「――隕石なのかどうか、私だって興味あるよ。昔の文書は空襲で残らず焼けてしまい、あの岩がどこから来たのかは今となっては分からないからね。しかし、先代まで受け継がれてきた教えは守らねばならない」

 彼はなかなか首を縦に振らなかった。いくら話しても「石に近づくべからず」という教えで行き止まり、そこから先へ進めない。その意味もちゃんと理解できず、ヒナはだんだんとふくれ顔になってきた。

 彼はズズっとお茶を飲み干すと茶の間を出て、庭を臨む部屋に俺たちを案内してくれた。

「ここに座ってごらん」

「ここ?」

 ヒナは陸淳に言われた場所にぺたりと座り込んだ。

「そう。いいかい。あの庭はね、ここから見るために作られているんだよ。縁側から見るものでも、近づいて眺めるものじゃない」

「えっ?」

 庭師が作るのは庭ではない――。いつか小さい頃にここに来て、彼の口聞いた言葉をふと思い出す。この枯山水を作った庭師は、石の大きさや配置だけでなく、建物との位置関係から「どこから見るべきか」も設計していたというのだ。

 部屋に座ると、縁側に立ったときには見えていた建物近くの様子はまるで見えなくなった。そのかわり、石組は青々とした生け垣を背景にしていっそう立体的に浮かび上がって見えた。床と庇で切り取られ、情報が限られているからこそ広がる無限の宇宙。

「文書は焼けて残らなかったけれど、教えは残った。この景色とともにね」

 部屋から眺める庭園は、四角く切り取られた絵のように静かにそこに佇んでいた。中央にそびえるひときわ大きな石は厳格な顔をこちらに向け、人間を寄せ付けない凄みを感じさせる。周辺の低い石も偶然のようで必然の位置に収まっている。

 真剣な眼差しで、まっすぐ庭を見つめるヒナの横顔。

「ヒナ?」

「――ソラ、今日は付き合ってくれてありがと。もう帰ろう? これを見ちゃったら、石は諦めるしかないね……」

 陸淳は無言でヒナの肩をポンポンたたき、縁側まで歩いていってしまった。残されたヒナは庭から視線をそらさず、ただ静かに眺めていた。どこか寂しそうな顔。どうにかして彼女を励まそうと考えていたら、ふとポケットのお守りを思い出した。

(困ったときに開けてみろって、言ってたな……)

 取り出してつつみを解くと、黒っぽい小石が姿を表した。

「これだけ?」

 と袋をひっくり返してみるも、ほかには何も出てこない。隣で見ていたヒナが畳の上に転がった小石をつまみあげ、いつにない大声で叫んだ。

「ええええっ!? ちょっと、これ、どうしたの?」

「お守り。ノゾミとリクからもらったんだよ。効能は〈失せ物返る〉」

「なんで? もっと早く言ってよ!」

「どういうこと?」

「――これ、隕石よ!」

 何が起こったのか全く見当がつかない。でも、とにかく彼女はこれは京都で発見された隕石のカケラに違いないと言ってきかないのだ。

「んなわけないだろ」

「まちがいない! ――あ、そうだ、いいこと思いついた!」

 そういうとヒナは、ニヒヒという顔でSF映画のレーザー銃みたいなものをリュックから取り出し、

「触らなければ、いいんですよね?」

 と縁側で庭を眺める陸淳の背中にそれをつきつけた。

「おいおい、ヒナ! 隕石のためなら何でも、ってなにもそこまでしなくても!」

 止めに入ると、ヒナはくるっと振りかえり

「あ! そっか! こっちを先にしようか」

 なんて言って今度は俺に銃口をむけた。

「うわっ! アンドロイドが暴走した?」

「してないよ」

「マジでやめろって! 早まるな! 話せば分かる!」

「手、出して!」

「は?」

「手! 開いて!!」

 その瞬間、紫色のレーザーが発射された――手の中の小石にむかって。

 ああ、これ、ポータブルの3Dスキャナか。なんでこんなもん持ち歩いてんだ? 

 ヒナは手慣れた様子でカケラをスキャンし、縁側まで走っていって庭石も同じようにスキャンした。

「エヘヘ。これなら触ってませんよ」

「ハハァ。こりゃぁ一本取られたな。ガッハッハ」

 坊主頭をぺちぺちとやり、降参した様子。すっかり打ち解けた2人の背中を見て、俺はようやく息をつくことができた。

 ほどなくして、カケラと庭石は互いにぴたりとくっつく位置があるとわかった。目の前の庭石は、ほんとうに〈幻の隕石〉だったというわけだ。ヒナが器用にピースサインなんてしながら、俺にドッキングシミュレーションの結果を見せてくれた。石も傷つけないし、なかなか巧妙なやり方だ。やり方は荒っぽい割に、仕事は真面目。彼女の意外な一面をまたひとつ知ることになった。

「今日は、ありがとうございました。また、来てもいいですか?」

「おう。また、いつでもおいで。ヒナちゃん。この部屋は、開けておくから」

「はいっ。ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げ、ていねいにお辞儀してお寺を後にするヒナ。

「来てよかったね。ヒナ」

 ずっと探していた幻の隕石だけじゃなく、それを眺めるのにピッタリの、彼女の居場所も見つけたみたいだ。

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