3-2

 薄笑いのレミは、蒼穹祢を一瞥して、


「こいつのセンス結構ヤバイでしょ。いつの時代の不良かっつーの」

「ハァ? そんなにセンス悪いか? あいにく男どもには好評なんだよなあ。ふふ、女にはわからんで結構」


 ファッションに自信ありの大地に苦笑いした蒼穹祢だが、彼女は服装から連想して、


「ちょっと、私も制服のままじゃない! ゲームだから衣装は選べるんじゃないの!?」

「あ、ほんとね。パンツ見えるんじゃないの?」

「いやっ!」


 蒼穹祢は即座にスカートを押さえ、男子の大地を睨んだ。


「ひっ!!」


 蒼穹祢の殺気に、大地は背筋を震わせる。

 学業優秀で、凛とした風紀委員のような雰囲気もあって勘違いされやすいが、蒼穹祢は別に優等生思考の持ち主ではない。『スカート丈は膝下』が校則で推奨されているものの、かわいくないというこだわりで、普段のスカート丈は膝より少し上。


「み、見えそうになったら謎の光とかで隠されるんじゃないっすか? レミ、確認してみろよ。オレは後ろ向いてるからさ」

「そうね。ちょっと失礼するわ」


 大地は背を向き、レミはしゃがんで蒼穹祢のスカートをつまみ上げた。


「……、どう?」


 銭湯で裸を見られても平気だが、これは恥ずかしさがある。羞恥を堪えてレミに尋ねたら、


「今日は黒いの穿いてるんだ。案外エロいのが好み?」

「マジか!?」

「色は言わなくていい! 逢坂くんも反応しない! ……はぁ、見えるのね」


 際どい光景を隠す機能はないようだ。《拡張戦線》の運営に改善を要求せねば。


「まあいいわ……。逢坂くん、見ても許すわ。ただしプレイに集中して、なおかつ仕方がない状況っていう前提だから。いい?」

「も、もちろんっす」


 と、三人が打ち解けたところに、レミがカチャリと拳銃を構えて、


「チュートリアルで見たエネミーがお出ましね」


 ウサギ型のエネミー〈ラビット〉が三体、蒼穹祢たちにおもむろに近づいてくる。


「オレたちの武器は〈ストライク〉に〈ソード〉、それに〈ショット〉か。しまったな、〈マジック〉を選べばよかったか? 近距離の武器だったら〈ソード〉で十分だし」


 ちょうど近くのプレイヤーが魔法の杖〈マジック〉を振り、氷の弾丸を放っていた。続いて炎のカーテンを作り、雷撃を直線状に飛ばしている。


「すげぇ面白そう……。ああ! 〈マジック〉にすりゃあよかったーッ!」

「三人バラけただけよかったじゃない。たしかに面白そうだけど、あんたに魔法使いは似合わないし」


 ぐぬぬと歯ぎしりしながらエネミーに拳を構える大地を他所に、レミが周囲に目を配り、


「とはいえ道路だと敵に囲まれやすいわ……。さて、どうする?」


 しかし頭の回転が早い彼女は、


「作戦よ。近くに駅ビルがあるから入らない? 建物の通路なら、少なくとも四方八方からの襲撃を意識する必要がなくなるわ」

「前後に絞られるってわけね。ええ、問題ないわ」

「オレも賛成だ」


 レミの案に、蒼穹祢と大地は了承する。こうして研究部チームはエネミーと戦わず、約200メートル先に建つ十五階建ての駅ビルに突入することを選択した。


「あの! 二人に伝えたいことが……あるんだけど」


 先に向けて駆けてゆく中で、蒼穹祢はレミと大地に問いかける。


「ん?」

「はい?」

「夏目さんの手がかりのことよ」

「え、知ってるの?」


「研究エリアにある“天空の教会”に……手がかりがあるの」

「“天空の教会”? どこでそれを知ったの? 誰かから聞いた?」

「いや、あの……」

「?」


 言い淀む蒼穹祢に、レミと大地は不思議そうに顔を見合う。


(その“誰か”を伝えるのに苦労するのよ)


 蒼穹祢は困った。“誰か”とは、情報生命体のセリアのこと。とはいえ、情報生命体という概念を信じてもらえるだろうか。ネットワークの世界に生きること、加速する科学の不夜城イマジナリーパートという街自体をコンピュータ化させる鍵であることなど、にわかに信じがたいだろう。

 三人は駅前のロータリーを横切り、


「なに、話しにくいこと?」

「話しにくいというか、信じてもらえないというか……」


 蒼穹祢が困ったように唇を甘噛みしたら、レミはニヤッと笑った。


「じゃあ話してみてよ。だいたいは信じてあげるから」

「オレも聞きます。神代の人の話を聞けてワクワクですって」

「それは神代を過大評価してない?」


 蒼穹祢は首を傾げたが、心がほぐれたのも事実だった。


「夏目さんのことは聞いたのよ。で、話をした人物が、信じられないとは思うけど――……」


 蒼穹祢は移動しながら隠さず伝えた。セリアと情報生命体のこと、街が広大なネットワークと情報生命体セリアの力でコンピュータ化していること。そして先日セリアから、“天空の教会”で夏目を待機させると電話があったことを。


 駅ビルに突入した研究部チーム。周囲にプレイヤーはいない。〈ドッグ〉と〈ラビット〉に挟み撃ちされるが、洋服店のショーケースの前のため、目論見どおりエネミーは前後に絞られる。蒼穹祢と大地が接近するエネミーを相手し、レミが補佐する形で銃の引き金を引く。


「情報生命体ってマジ? そんな超科学、実現は何十年も先と思ってたわ。コンピュータに意思が宿るみたいなもんだけど、技術的特異点シンギュラリティは大丈夫なの?」


 技術的特異点シンギュラリティとは、自我を持つほどに発達したコンピュータにより、人類主導で送られていた文明が占領される瞬間と、それにより人々の生活に大きな影響を及ぼすことを指す。意思を有したコンピュータはヒトの脳を上回るため、コンピュータが優れた発明をするかもしれない。人の仕事を肩代わりしてくれるかもしれない。そして人を支配するかもしれない。


「コンピュータが意思を宿したわけじゃなくて、人がコンピュータ化してるの。セリアが温厚な性格なら人類が支配される恐れは薄いわ。ただ、科学技術の発展が加速度的に起きているのは事実。技術的特異点シンギュラリティは……近いのかもしれない」

加速する科学の不夜城イマジナリーパートといえども、蒼穹祢の話には驚きね。ちなみに今の私たちがなってる仮想体とは違うの? ある意味で情報生命体なのかなって」

「大きな括りでは一緒だけど、厳密には違うそうよ。補助してるコンピュータの質の違いだけど。セリアは高級品で、私たちは安物といったところかしら」

「なるほど。演算能力に大きな違いがありそうだわ」


 IT技術に詳しいレミは当然として、大地も驚きは隠せず、


「〈.orion〉の仕組みが街のコンピュータ化ってことにも驚きだな。同級生から聞いた話じゃ、〈オリオンタワー〉の地下にあるらしいスパコンがその役割だって話だったし」


 蒼穹祢が〈ドッグ〉に斬りかかり、大地が後ろの〈ラビット〉に拳を振るう。二人の間に立つレミがエネミーを交互に撃つ。


「やっぱり信じられないかしら?」


 伝え終え、蒼穹祢は不安を抱いたが、


「いや、信じてみるわ」

「ほんとに?」


 エネミーを撃破した三人は、モダンなデザインの通路を駆けてゆく。円盤型の掃除用ロボットにアームが伸びる産業用ロボット、人間と間違えてしまいそうなアンドロイドまでが展示されるショールームの前。レミは飛びかかってきた〈キャット〉の爪を辛うじて避け、


「うわっと! 蒼穹祢が嘘をつけるほど器用には見えないし。仮に嘘でも、そんな?をつくメリットはないでしょ」

「レミ……」

「それと大地じゃないけど、神代って点も考慮してね。信じる根拠はそれで十分よ」

「オレも信じます」


 二人の偽りない言葉に蒼穹祢は感謝する。まだゲームの序盤だが、二人に協力してもらえてよかったと、そう思えた。

 大地は真っすぐピンと指を差すと、


「じゃあレミ、あれで研究エリアまで乗って行こうぜ!」

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