2-7

 《拡張戦線》の参戦日当日。土曜日の午後二時過ぎ。レミの暮らす寮の前で彼女と集合する蒼穹祢。

 レミは蒼穹祢の服装を気にかけ、


「あれ、制服なの? まさか休みの日でも制服着ちゃうタイプ?」

「まさか。課題で学校に寄ってたのよ。着替えるのも面倒だし、この格好のまま来たわ」

「蒼穹祢の私服を見たかったのになぁ」

「そう言うレミは今日もパーカー? いつもパーカー着てない?」


 身動きの取りやすい薄緑のパーカーのほか、下は紺の短パンに、太ももまで覆う黒のニーソックスを合わせているレミ。動きやすさ重視だが、レミなりのおしゃれは垣間見える。


「パーカーで悪い? ゲームしに行くだけだし問題ないわ」

「悪いとは言ってないわよ。あれ、そういえば後輩くんは?」

「あいつまだ来てないわね。ん? ちょうど連絡入ってる。うわっ、遅れるって」

「用事でもあったの?」


 研究部チームは蒼穹祢とレミに加えて、レミの後輩が一人参戦予定。しかし、


「蒼穹祢と同じで学校に行ってたみたいだけど、そのあとのラーメン屋で思ったよりも待たされたって」

「ラーメン屋? そう……」

「ごめん! 後輩が迷惑かけて。先に行こ。よっぽど間に合うみたいだから心配いらないと思うけど」

「仕方ないわよ。二人だけで戦うことも覚悟しておくわ」


 そうして蒼穹祢とレミの二人で《拡張戦線》の集合会場へと向かうことにした。

 ゲームの参加者はまず所定の会場に集められる。これは《拡張戦線》に限った話ではなく、プレイ中に健康状態に支障をきたした場合を考慮してだ。会場には医師と看護師が待機しており、プレイヤーは安心してゲームに臨める体制になっている。


 二人はビルに到着。会場の二十五階に向かうエレベーターの中で、レミはスマホで参加票に目を通しながら、


「さて、どれくらい参加してるやら」

「一階に高校生や大学生が多くなかった? 《拡張戦線》の待ち合わせ?」

「そんな感じの会話だったかも。人気があるゲームだと、次回以降は抽選になるかもしれないわ。できれば今日のプレイで目的は果たしておきたいわね」

「そうね。次はないくらいの気持ちで」


 エレベーターが到着して会場の『会議室C』に入り、無人受付でチェックインを済ませる。隣の会議室Dに入ると、リクライニングソファのような椅子が会場にびっしり並んでいた。その数、ざっと百台。すでに半分近い椅子に人が仰向けで座り、ヘルメット型のヘッドマウントディスプレイを頭に被って待機している。


「後輩はゲームで合流するって。さあて、そろそろ本番か。いや~緊張するわ」

「『53』は……ここね」


 受付で発行された番号の椅子に、レミと蒼穹祢は隣り合って座る。座り心地はリクライニングソファそのものだ。何時間でも座ってられるだろう。それぞれのくぼみに腕と足をセットする。多数の装置に囲まれている点が、ただのソファとの大きな違い。蛍光灯のようなものが目の前に掲げられていて、これで全身をスキャナのようにスキャンするのかもしれない。


 蒼穹祢は他の参加者たちにちらりと目を配らせて、


(遊びや賞金目的がほとんどだけど、私は違う。研究エリアの“天空の教会”だったわね。セリアが言うには、夏目さんはそこで待ってる。たどり着く前にゲームオーバーになったら終わり)


 隣のレミに視線をスライドさせた蒼穹祢は、


(さて、夏目さんの居場所については……どう説明したらいいかしら?)


 情報生命体セリアという概念から説明しなければならないが、うまく伝えられる自信がないまま、レミにはまだ話せていない。遅くともゲームの開始直後には伝えなければ。


「蒼穹祢」

「……?」


 蒼穹祢の悩みを表情から拾ったのか、レミは些細な笑みを漂わせ、


「蒼穹祢の目的は特別だけど、硬くならないようにね。サポートするから」

「そうね。サポートお願いします」


 レミにつられて頬の筋肉が緩んだ蒼穹祢。ヘッドマウントディスプレイを装着し、脱力して背もたれに身体を預ける。目を閉じ、気を落ち着かせた。

 そして定刻の午後三時になる。


『お待たせしました。―――それでは戦いの世界へ行ってらっしゃいませ』


 女性のアナウンスがスピーカーから流れ、ディスプレイに光が灯る。

 すると麻酔を打たれたかのように、意識がスゥと遠のいてゆく。しかし眠りに就く間もなく、意識はすぐに戻った。だが、目を開けて見えたものは、先までとは別。


「ここは……?」


 会議室の会場から一転、白一色の空間が360度に広がる。現実にはない、VRのような世界。波紋のような幾多の円模様が、天井と床に描かれている。


『ようこそ、《拡張戦線》へ』


 声が空間に響いた。今度は男性のアナウンス。空っぽの空間だから声が通る。


『こんにちは。私はこのチュートリアルの案内人だ。よろしく。この世界に飛ばされて戸惑っているとこ悪いが、さっそくチュートリアルを始めようか』


 遊園地のアトラクションを案内するキャストのようなフランクさだ。


『手の感覚は正常かな? 握って、開いてを三回繰り返してみよう。おっと、利き手でお願いしたい』


 蒼穹祢は左手の手のひらを見つめ、握って、開いてを三回繰り返した。感覚に問題ない。生身ではないのに、その感覚の精巧さに目を見張る。椅子の装置で全身をスキャンしたのだろうか。制服着だが、視線を落として見た体型はまるで本物。胸の膨らみや胴体の細さ、脚の肉質をはじめ、違和感はない。一年ほど前に似たVRゲームを体験したことがあるが、その頃に比べてもリアルさが増している。


『ありがとう、問題ないようだね。では、利き手とは逆の手首にブレスレットはあるかい?』


 たしかに赤いブレスレットが、普段着けているスマートウォッチの代わりに、右手首に装着されている。ボタン一つのシンプルなデザインだ。


『ボタンを押すとメニュー画面が表示されるはずだ。押してみてほしい』


 ボタンを押してみると、二〇インチほどの仮想ディスプレイがブレスレットに浮き上がる。


『右上のゲージはキミのヒットポイントだ。表示バーが潰えるとゲームオーバーになるから意識してくれ。その下にはキミとチームメンバーの名前、ステータスが表示されている』


 蒼穹祢の場合、プレイヤー名が『Sorane Kamishiro』『Remi Fukatsu』『Daichi Aisaka』の順で並び、全メンバーのステータスは待機を示す『Wait』となっている。


『確認できたみたいだね。ちなみに自分のヒットポイントは、エネミーの攻撃を受けたときにも見えるぞ。減り具合には常に気を配ってほしい。ゲージが赤くなったら要注意だ』


 HPゲージについて補足があったのち、


『じゃあ、キミが立ち向かう街を取り巻く状況について教えるとしよう。覚悟しとけよ? 怖気づいて逃げるなら今のうちだ』


 蒼穹祢の目の前に大きな仮想ウインドウが現れ、ある映像が流れる。


『これからキミが降り立つのはたくさんの敵手エネミーに支配された街だ。エネミーは侵略を企むためにどこかの惑星から降ってきて、あっという間に街を支配しちまったんだ』


 グルルルゥ!! 猛獣の声が轟く。見るからに狂暴そうな犬や猫、大きなウサギ、チーターにライオンが加速する科学の不夜城イマジナリーパートの路面をうろついている。獲物を今か今かと襲いそうに、鋭い目を光らせていた。


『奴らは狂暴で凶悪さ。並の人間には手も足も出ない。そこでキミたちの出番だ』


 剣を振るう男と、拳銃を構える女がヒーローのように颯爽と現れて、


『ハンターであるキミたちに課された任務はただ一つ。一体でも多くのエネミーを討伐して、エネミーから街を奪い返すことだ!』

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